誕生会の後


「皆さん本当にありがとうございます。もう嬉しくてたまらないです! 最高の気分です! これからもよろしくお願いします」


ラウラは両頬を紅潮させ、大きな声で挨拶をして頭を下げた。

グレイスに結ってもらったハーフアップの髪。

少しだけ巻いた麦穂色の髪が、肩でふわりと揺れる。


バルウィン家の応接間サロンには、屋敷の使用人や薬草園で働く人々で賑わっていた。

テーブルの上には花瓶に生けられた大きな花束が置かれ、皿には少しだけデザートが残っている。

皆が帰宅を始める中、応接間を出ようとする一人一人に、ラウラは小さな紙袋を渡していた。


「これは何?」

「魔よけのブレスレットです」

「まあ素敵」


女性たちは喜びの声をあげ、男性たちは少し俯いて複雑な表情を浮かべていた。


「ブレスレットが苦手な人はベルトループに通したり、ポケットに入れておくだけでも大丈夫です」

「ありがとう」


皆はラウラにお礼を言いながら、手を振って次々と帰宅していく。

バルウィン家のすぐ近くに住むエルノとリーアム兄弟は引き続き残り、グレイスはお茶の用意をするために席を外した。

別館に住む薬師長のオリヴァーも「ちょっと忘れ物が……」と言って立ち上がった。


フィデリオはソファに座ったまま、静かに皆の様子を眺めていた。

その美しい青色の瞳は、どこか落ち着きがなく見えた。


「どうかしたんですか、フィデリオ様?」


リーアムが首を傾げながら声をかける。


「あ、いや……別に何でもないんだ」


フィデリオは軽く首を振って否定したが、その視線はまだ何かを追っているように感じる。


「どうしたんです? 気になるじゃないですか」

「へへへ、俺はわかるよー」


リーアムが身を乗り出すと、エルノは金色の巻き毛を揺らしながらその前に立った。


「教えてエルノ」

「うんそれはね、フィデリオ様もブレスレットが欲しいってこと! ね、フィデリオ様?」


エルノはラウラからもらった袋を開け、薬草のブレスレットを取り出した。

手首につけながら、ちらちらとフィデリオに見せている。

リーアムは首を横に振りながらフフッと笑った。


「エルノそれは違うよ。ね、フィデリオ様?」

「うーん……」


予想外の曖昧な返事にリーアムは驚き、エルノは「当たった!」とばかりにぴょんっと跳ねる。


「ほらね!」

「え?」


この会話を聞いていたラウラが声をあげた。


「いや違うよラウラ。どんなものなのか気になっただけだよ、気にしないでくれ」

「よろしければ、まだたくさんありますけど……」

「本当かい?」


フィデリオの瞳が一瞬で輝きを増した。

まるで少年のような表情に、ラウラは思わず笑ってしまう。

そこに、グレイスが銀のトレイを持ってサロンに戻ってきた。


「おまたせー」


トレーの上にはガラスポットにたっぷりのベリーが入ったお茶と、焼きたてのマフィンが並んでいる。

部屋全体が甘酸っぱい果実の香りに包まれた。


「なんて良い香りなの」


ラウラは思わず深く息を吸い込んだ。


「このマフィン食べていい?」

「最高だ」


目を輝かせてマフィンに手を伸ばすエルノとリーアムの手を、グレイスは軽くはらってポットを差し出す。


「はい。これ重いから、エルノが皆に注いでちょうだい。リーアムはお皿並べて」

「「はーい」」


兄弟は返事をすると、素直に動き始めた。

グレイスは満足そうに微笑み、エプロンを直しながらラウラに向き直る。


「このベリーは、フィデリオ様がヴェル国のお土産で持って帰ってくれたものなの」

「わあ素敵! 果実が大きくて香りも強いのね」


ポットに浮かぶベリーを見つめながら、ラウラは思わず目を細めた。

その様子を、フィデリオは嬉しそうに見つめている。


「ヴェル国は準高冷地だから果実が良く育つんだ」

「そうなんですね」

「あっそうだ! 皆に伝えるのを忘れていたよ」


フィデリオは急に思い出したように身を乗り出した。


「ヴェル国でモウルの群生を見つけてね」

「モウル! 樹一本でも貴重なのに!」

「「すごいっ」」


ラウラの声が高くなった。

エルノとリーアムも興奮した声を上げている。


「たくさん手に入るように手続きをしたから、楽しみにしておいてくれ」

「やったー」


フィデリオの言葉にラウラは立ち上がった。

エルノとリーアムもすぐに反応し、三人の手がパチンという気持ちの良い音を立てた。


そんな三人を見ていたグレイスは、ふと視線をフィデリオに向けた。

シャツの胸元に、青紫色の小さな石が揺れている。

フィデリオが旅に出る前、ラウラがお守りとしてイヤリングの片方を渡したことは、バルウィン家の使用人たちの間では周知の事実だった。

それでもまだ返していないなんて意外だった。

目の前でエルノやリーアムと盛り上がるラウラに目を移すと、ラウラがイヤリングをつけていないことに気付く。

代わりに首元には、いまままで見たことのないネックレスのチェーンが光っていた。


「わ!」


グレイスが思わず声をあげると、三人が振り返った。

慌てたグレイスは、両手で口を押さえる。


「どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

「気になるなあ」

「なんでもないってばー」

「えー本当?」


エルノがグレイスの顔を覗き込んだ時、応接間サロンの扉が開いてオリヴァーが戻ってきた。

彼の手には大きな鉢植えが抱えられている。


「最高にいい香りがするじゃないか」


オリヴァーはそう言ってテーブルの上に鉢植えを置き、辺りの空気を吸い込んだ。

エルノはオリヴァーのためにもお茶を注ぎ、リーアムはマフィンを取り分けている。

その間ラウラは、オリヴァーが持ってきた鉢植えに釘付けになっていた。

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