3
「聖女ちゃん、じゃあまた明日」
「はいオリヴァーさん、プレゼントありがとうございました!」
オリヴァーは笑顔で何度も頷きながら、手を振って部屋を出て行った。
続いてエルノとリーアムも立ち上がる。
二人は綺麗に包まれたマフィンを手にしていた。
「「じゃあね聖女ちゃん」」
「はい、また明日ね」
「わたし、見送ってくるわね」
グレイスが慌てたように立ち上がり、二人と一緒に
部屋にはフィデリオとラウラだけが残された。
「えっと……私も戻りますね」
ラウラはセレスティアナイトの鉢を両手でそっと抱え上げた。
急に二人きりになってしまい緊張したが、それでも自然に話せたことに内心ほっとしていた。
フィデリオに笑顔を見せ、ぺこりと頭を下げる。
「ラウラ、ちょっと待って」
フィデリオが呼び止めた。
「なんですか、フィデリオ様?」
「皆の前では渡すタイミングが無くて……」
フィデリオはポケットから小さな箱を取り出した。
その箱には、薄い青紫色のリボンがかかっている。
突然のことにラウラの心臓が跳ね上がる。
「ヴェル国に行ったときに見つけたんだ」
「これを私に?」
「君がイヤリングを片方貸してくれただろう、だから何かしたいと思って……」
そう言ってフィデリオは胸元に手を当てた。
揺れる青紫色の石は、まるで何年も前からそこにあったかのように自然に見えた。
「ありがとうございます!」
ラウラは迷うことなく、フィデリオから小さな箱を受け取った。
フィデリオはラウラの反応にほっとしたように微笑んでいる。
長い睫毛を伏せたフィデリオの表情はやはり美しく、「こんな人が私のことを好きだなんて」という思いがラウラの胸に広がった。
心臓の鼓動は、意識しないでおこうとするほど速くなった。
「あの……開けていいですか?」
「もちろんだよ」
ラウラは緊張しながら、リボンをほどき箱を開いた。
小さな箱の中には、ガラス細工のようなイヤリングが入っていた。
青みがかった虹色の羽根が、光を受けると夜空の星のようにチラチラと瞬いている。
「わあ、なんて綺麗なの!」
「よかった、気に入ってくれたかい?」
「はい、すっごく素敵です! これはガラスですか?」
ラウラはイヤリングを箱から取り出し、光に透かした。
「それが違うんだ。これは、霜虹鳥という魔物の羽根だよ。霜虹鳥は近づくだけで一気に体温を奪われ、触れると凍えてしまう。でも、向こうから攻撃してくるわけじゃない。危害を加えなければ、ただの美しい鳥なんだ」
「霜虹鳥……魔物は怖いけど、見てみたいです」
「うん。本当に夢のように美しいんだ。でもね、霜虹鳥は死ぬと、蒸発して消えてしまうんだよ。それが、ある条件が揃うと、爪や羽、稀に目なんかが結晶として残ることがある。この条件がまだわかっていないんだよね。それが貴重な宝石として扱われているんだ」
フィデリオの話を聞きながら、ラウラはイヤリングを目を凝らして見つめた。
小さな羽毛の一つ一つが細かく密集し、少しの光を吸収して虹色に輝いている。
人間の手では絶対に作ることができないだろう。
これが魔物の羽根だなんて。
あれ、さっき貴重な宝石って……。
もしかして凄く高価なのでは!?
「見た瞬間にラウラに似合うと思ったんだ。でも、気持ち悪いと思われたらと考えてしまって……」
フィデリオはいつものように眉を下げて笑っている。
「気持ち悪くなんてっ! 嬉しいです! いや、でももったいない!」
「気にしないでくれ。僕が君にあげたいと思ったんだ」
「でもフィデリオ様っ」
「いいんだ、もらってほしい。僕は君と話して勇気が出たから……」
フィデリオにまっすぐ見つめられ、ラウラは何も言えなくなる。
昨日、北の塔でフィデリオから告白されたことが鮮明に甦ってくる。
心臓がドキドキと鳴るのを感じながら、ラウラはゆっくりと頷いた。
「よかった」
嬉しそうに微笑むフィデリオに、ラウラの胸の奥から好きという思いがあふれそうになってしまう。
くうーフィデリオ様は笑顔が美人すぎる!
駄目だ、落ち着かなきゃ。
ラウラは小さく息を吸い、イヤリングを自分の耳につけた。
すると、ほんの少しだけ周りの音が鮮明になった気がした。
ブラウスの擦れる音や靴の音が、普段よりクリアに聞こえる。
辺りを見回していると、フィデリオと視線が合った。
「うん、ラウラの瞳と髪の色にぴったりだ。想像していた何倍も似合っているよ」
「ありがとうございます……うぅ」
「今日の髪型はイヤリングが映えるね」
「これは、誕生日だからってグレイスが……」
イヤリングのせいか、いつも以上にフィデリオの低い声が胸に響く。
ラウラは自分の髪に触れた。
グレイスが整えてくれた髪型は、いつもと違うためどこか落ち着かない。
そのうえフィデリオから似合っていると言われ、更にそわそわしてしまう。
「そうなんだね。二人は仲が良いだけあってラウラの良さをわかってる。とても似合っているよ」
「ありがとうございますぅぅ……」
駄目だ、褒められるのにはまだ慣れない!
普通に返事したいのに、変な声になってしまう。
恥ずかしくて下を向くラウラに、フィデリオは優しく声をかけた。
「少しだけ、イヤリングが曲がっているんだけど……直してもいいかな?」
「あっ、はい!」
とっさに顔をあげたラウラは、なぜか目を閉じてしまった。
フィデリオはその姿を見てくすっと笑い、そうっとラウラの耳元に手を近づけた。
そのとき、
「もーエルノ達ったら自転車忘れて帰っちゃったのよ、明日どうす...」
話しながら部屋に入ってきたグレイスが、ラウラたちの様子を見て立ち止まり、「きゃっ」と両手に口を当てた。
その声に、ラウラがグレイスを見る。
フィデリオも伸ばした手を止め、グレイスの方を振り返った。
「違うんだ、グレイス!」
フィデリオが慌てて声を上げると、ラウラも同時に「違うの!」と、叫んだ。
グレイスは両手を口に当てたまま、目を細めて笑い、何度も頷いている。
「だから違うの!」
ラウラが必死に否定するのを見て、グレイスは手を下ろしてにっこり微笑んだ。
「何が違うの? わたし何も言ってないわよ?」
「あ……」
「確かにそうだ……」
いたずらっぽく首を傾げるグレイスに、ラウラの頬が赤くなる。
フィデリオは冷静を装いながら、小さく頷いている。
「いいんですいいんです。わたし誰にも言いませんから」
「もう、グレイスったら!」
「そうしてくれると助かるよ」
長い睫毛を伏せて、フィデリオはグレイスに目配せをした。
「!!」
グレイスは声にならない声をあげ、また両手を口にあてた。
「フィデリオ様っ!」
あたふたするラウラを見て、フィデリオは笑っている。
そんな中、グレイスは両手で頬を押さえたまま、後ずさりするように扉に向かう。
「じゃあ、わたし部屋に戻るわね」
「待ってグレイス、私も!」
ラウラは慌てて机の上の鉢植えと、イヤリングの箱を手に取った。
「おやすみ」
フィデリオは穏やかな微笑みを浮かべながら二人に手を振った。
その表情は落ち着いているように見えたが、少しだけ耳が赤くなっていた。
「フィデリオ様、失礼いたします」
「おやすみなさいませ」
二人は頭を下げ、グレイスはラウラの為に扉を開けた。
廊下に出たラウラは、大きく息を吐いた。
グレイスは嬉しそうに肩をすくめ、まるでエルノののように小さく飛び跳ねた。
「ねえ、このあとラウラの部屋に行ってもいい?」
「いいわよ」
「やった! じゃあお茶の用意してくるから、先に戻ってて」
グレイスはラウラにウインクをして、早足で厨房に向かって行った。
ドキドキする胸を押さえながら、ラウラは自分の部屋に向かう。
部屋に入るとすぐに、セレスティアナイトの鉢を窓際に置いた。
ジャスミンに似た甘い香りが部屋の中に広がっていく。
僅かな月の光に、瑠璃色の花が銀色に輝いている。
今日の誕生日はとても特別だわ。
なんだか胸がいっぱいで、落ち着かない。
ポケットからイヤリングの箱を取り出し、リボンを綺麗にまとめてキャビネットに飾った。
横に置かれた鏡に、イヤリングをつけた自分が映っていた。
頬はピンク色で瞳が潤んでいる。
私、こんなに幸せそうな顔をしてたんだ……。
サロンでのフィデリオを思い出し、自然と口元が緩んでいく。
「ああもう」
ラウラは鏡から離れベッドに座った。
三年前、聖女になれなかった私は、運命に導かれるようにこの屋敷に来た。
魔力がないと告げられたあの日、世界が終わったくらいに感じていた。
でも今は違う。
あの日があったから皆に会えた。
初めて好きな人が出来た……。
ラウラは頬を両手で覆いながら、小さなため息をついた。
今日やっと18歳になったばかりなのに、もう次の誕生日が待ち遠しくてしょうがなかった。
窓の外を見上げると、星空が美しく広がっていた。
三年前もこんな風に空を見上げたことを思い出す。
ラウラは静かに目を閉じ、星に向かって小さな願いを込めた。
この幸せが、ずっとずっと続きますように……。
完
°˖✧.。.:*・・:*+.°˖✧☆°。⋆
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
実はこのお話、結構先の方まで続きを考えています。
フィデリオと一緒にラウラの故郷への里帰り
魔女の謎や、ラウラの出生に関することなどなど。
コンテスト応募のため、ひとまずこの物語はここで完結とさせていただきますが
また続きを書ける機会がありましたら、そのときはぜひお付き合いいただけると嬉しいです。
ではでは、ありがとうございました。
群青こちか
聖女ちゃんと優しい領主様 ~突然現れた聖女?に「偽物!」と、追い出されてしまいました~ 群青こちか @gunjo_cat
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