「聖女ちゃん、じゃあまた明日」

「はいオリヴァーさん、プレゼントありがとうございました!」


オリヴァーは笑顔で何度も頷きながら、手を振って部屋を出て行った。

続いてエルノとリーアムも立ち上がる。

二人は綺麗に包まれたマフィンを手にしていた。


「「じゃあね聖女ちゃん」」

「はい、また明日ね」

「わたし、見送ってくるわね」


グレイスが慌てたように立ち上がり、二人と一緒に応接間サロンを出ていった。

部屋にはフィデリオとラウラだけが残された。


「えっと……私も戻りますね」


ラウラはセレスティアナイトの鉢を両手でそっと抱え上げた。

急に二人きりになってしまい緊張したが、それでも自然に話せたことに内心ほっとしていた。

フィデリオに笑顔を見せ、ぺこりと頭を下げる。


「ラウラ、ちょっと待って」


フィデリオが呼び止めた。


「なんですか、フィデリオ様?」

「皆の前では渡すタイミングが無くて……」


フィデリオはポケットから小さな箱を取り出した。

その箱には、薄い青紫色のリボンがかかっている。

突然のことにラウラの心臓が跳ね上がる。


「ヴェル国に行ったときに見つけたんだ」

「これを私に?」

「君がイヤリングを片方貸してくれただろう、だから何かしたいと思って……」


そう言ってフィデリオは胸元に手を当てた。

揺れる青紫色の石は、まるで何年も前からそこにあったかのように自然に見えた。


「ありがとうございます!」


ラウラは迷うことなく、フィデリオから小さな箱を受け取った。

フィデリオはラウラの反応にほっとしたように微笑んでいる。


長い睫毛を伏せたフィデリオの表情はやはり美しく、「こんな人が私のことを好きだなんて」という思いがラウラの胸に広がった。

心臓の鼓動は、意識しないでおこうとするほど速くなった。


「あの……開けていいですか?」

「もちろんだよ」


ラウラは緊張しながら、リボンをほどき箱を開いた。

小さな箱の中には、ガラス細工のようなイヤリングが入っていた。

青みがかった虹色の羽根が、光を受けると夜空の星のようにチラチラと瞬いている。


「わあ、なんて綺麗なの!」

「よかった、気に入ってくれたかい?」

「はい、すっごく素敵です! これはガラスですか?」


ラウラはイヤリングを箱から取り出し、光に透かした。


「それが違うんだ。これは、霜虹鳥という魔物の羽根だよ。霜虹鳥は近づくだけで一気に体温を奪われ、触れると凍えてしまう。でも、向こうから攻撃してくるわけじゃない。危害を加えなければ、ただの美しい鳥なんだ」

「霜虹鳥……魔物は怖いけど、見てみたいです」

「うん。本当に夢のように美しいんだ。でもね、霜虹鳥は死ぬと、蒸発して消えてしまうんだよ。それが、ある条件が揃うと、爪や羽、稀に目なんかが結晶として残ることがある。この条件がまだわかっていないんだよね。それが貴重な宝石として扱われているんだ」


フィデリオの話を聞きながら、ラウラはイヤリングを目を凝らして見つめた。

小さな羽毛の一つ一つが細かく密集し、少しの光を吸収して虹色に輝いている。

人間の手では絶対に作ることができないだろう。


これが魔物の羽根だなんて。

あれ、さっき貴重な宝石って……。

もしかして凄く高価なのでは!?


「見た瞬間にラウラに似合うと思ったんだ。でも、気持ち悪いと思われたらと考えてしまって……」


フィデリオはいつものように眉を下げて笑っている。


「気持ち悪くなんてっ! 嬉しいです!  いや、でももったいない!」

「気にしないでくれ。僕が君にあげたいと思ったんだ」

「でもフィデリオ様っ」

「いいんだ、もらってほしい。僕は君と話して勇気が出たから……」


フィデリオにまっすぐ見つめられ、ラウラは何も言えなくなる。

昨日、北の塔でフィデリオから告白されたことが鮮明に甦ってくる。

心臓がドキドキと鳴るのを感じながら、ラウラはゆっくりと頷いた。


「よかった」


嬉しそうに微笑むフィデリオに、ラウラの胸の奥から好きという思いがあふれそうになってしまう。


くうーフィデリオ様は笑顔が美人すぎる!

駄目だ、落ち着かなきゃ。


ラウラは小さく息を吸い、イヤリングを自分の耳につけた。

すると、ほんの少しだけ周りの音が鮮明になった気がした。

ブラウスの擦れる音や靴の音が、普段よりクリアに聞こえる。

辺りを見回していると、フィデリオと視線が合った。


「うん、ラウラの瞳と髪の色にぴったりだ。想像していた何倍も似合っているよ」

「ありがとうございます……うぅ」

「今日の髪型はイヤリングが映えるね」

「これは、誕生日だからってグレイスが……」


イヤリングのせいか、いつも以上にフィデリオの低い声が胸に響く。

ラウラは自分の髪に触れた。

グレイスが整えてくれた髪型は、いつもと違うためどこか落ち着かない。

そのうえフィデリオから似合っていると言われ、更にそわそわしてしまう。


「そうなんだね。二人は仲が良いだけあってラウラの良さをわかってる。とても似合っているよ」

「ありがとうございますぅぅ……」


駄目だ、褒められるのにはまだ慣れない!

普通に返事したいのに、変な声になってしまう。


恥ずかしくて下を向くラウラに、フィデリオは優しく声をかけた。


「少しだけ、イヤリングが曲がっているんだけど……直してもいいかな?」

「あっ、はい!」


とっさに顔をあげたラウラは、なぜか目を閉じてしまった。

フィデリオはその姿を見てくすっと笑い、そうっとラウラの耳元に手を近づけた。

そのとき、応接間サロンの扉が開く音が響いた。


「もーエルノ達ったら自転車忘れて帰っちゃったのよ、明日どうす...」


話しながら部屋に入ってきたグレイスが、ラウラたちの様子を見て立ち止まり、「きゃっ」と両手に口を当てた。

その声に、ラウラがグレイスを見る。

フィデリオも伸ばした手を止め、グレイスの方を振り返った。


「違うんだ、グレイス!」


フィデリオが慌てて声を上げると、ラウラも同時に「違うの!」と、叫んだ。

グレイスは両手を口に当てたまま、目を細めて笑い、何度も頷いている。


「だから違うの!」


ラウラが必死に否定するのを見て、グレイスは手を下ろしてにっこり微笑んだ。


「何が違うの? わたし何も言ってないわよ?」

「あ……」

「確かにそうだ……」


いたずらっぽく首を傾げるグレイスに、ラウラの頬が赤くなる。

フィデリオは冷静を装いながら、小さく頷いている。


「いいんですいいんです。わたし誰にも言いませんから」

「もう、グレイスったら!」

「そうしてくれると助かるよ」


長い睫毛を伏せて、フィデリオはグレイスに目配せをした。


「!!」


グレイスは声にならない声をあげ、また両手を口にあてた。


「フィデリオ様っ!」


あたふたするラウラを見て、フィデリオは笑っている。

そんな中、グレイスは両手で頬を押さえたまま、後ずさりするように扉に向かう。


「じゃあ、わたし部屋に戻るわね」

「待ってグレイス、私も!」


ラウラは慌てて机の上の鉢植えと、イヤリングの箱を手に取った。


「おやすみ」


フィデリオは穏やかな微笑みを浮かべながら二人に手を振った。

その表情は落ち着いているように見えたが、少しだけ耳が赤くなっていた。


「フィデリオ様、失礼いたします」

「おやすみなさいませ」


二人は頭を下げ、グレイスはラウラの為に扉を開けた。

廊下に出たラウラは、大きく息を吐いた。

グレイスは嬉しそうに肩をすくめ、まるでエルノののように小さく飛び跳ねた。


「ねえ、このあとラウラの部屋に行ってもいい?」

「いいわよ」

「やった! じゃあお茶の用意してくるから、先に戻ってて」


グレイスはラウラにウインクをして、早足で厨房に向かって行った。


ドキドキする胸を押さえながら、ラウラは自分の部屋に向かう。

部屋に入るとすぐに、セレスティアナイトの鉢を窓際に置いた。

ジャスミンに似た甘い香りが部屋の中に広がっていく。

僅かな月の光に、瑠璃色の花が銀色に輝いている。


今日の誕生日はとても特別だわ。

なんだか胸がいっぱいで、落ち着かない。


ポケットからイヤリングの箱を取り出し、リボンを綺麗にまとめてキャビネットに飾った。

横に置かれた鏡に、イヤリングをつけた自分が映っていた。

頬はピンク色で瞳が潤んでいる。


私、こんなに幸せそうな顔をしてたんだ……。


サロンでのフィデリオを思い出し、自然と口元が緩んでいく。


「ああもう」


ラウラは鏡から離れベッドに座った。


三年前、聖女になれなかった私は、運命に導かれるようにこの屋敷に来た。

魔力がないと告げられたあの日、世界が終わったくらいに感じていた。

でも今は違う。

あの日があったから皆に会えた。

初めて好きな人が出来た……。


ラウラは頬を両手で覆いながら、小さなため息をついた。

今日やっと18歳になったばかりなのに、もう次の誕生日が待ち遠しくてしょうがなかった。


窓の外を見上げると、星空が美しく広がっていた。

三年前もこんな風に空を見上げたことを思い出す。

ラウラは静かに目を閉じ、星に向かって小さな願いを込めた。


この幸せが、ずっとずっと続きますように……。



°˖✧.。.:*・・:*+.°˖✧☆°。⋆


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


実はこのお話、結構先の方まで続きを考えています。

フィデリオと一緒にラウラの故郷への里帰り

魔女の謎や、ラウラの出生に関することなどなど。


コンテスト応募のため、ひとまずこの物語はここで完結とさせていただきますが

また続きを書ける機会がありましたら、そのときはぜひお付き合いいただけると嬉しいです。

ではでは、ありがとうございました。


群青こちか

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聖女ちゃんと優しい領主様 ~突然現れた聖女?に「偽物!」と、追い出されてしまいました~ 群青こちか @gunjo_cat

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