フィデリオの告白
「旅から帰った後、魔女からラウラを追い出したと聞かされたとき、今まで感じたことのない感情が沸き上がったんだ。屋敷の者たちが君を探しに出たあと、僕も我を忘れて飛び出しそうになった。夕方になり、屋敷の窓から坂を歩いている君の姿を見つけた時……」
ラウラから視線をはずしていたフィデリオが振り返った。
彼は胸に手を当て、すうっと息を吸った。
「ラウラが自分にとってどれほど大切な存在なのか、はっきりと気づいたんだ」
ラウラはどうにかなってしまいそうだった。
頭の中が真っ白になり、心臓は激しく鼓動している。
さっきからフィデリオ様は本当に私のことを言ってるの?
私のことが大切? 聞き間違いじゃないよね?
思いがけずフィデリオの気持ちを知ったラウラは、ただその場に立ち尽くすことしかできない。
何かを返そうとしても、まったく言葉が出てこない。
「だから、ラウラから気持ちを聞いて戸惑いながらも嬉しく思ってしまっている。僕は君がどこかの誰かと結婚して、ここから出て行くことを想像していたからね」
フィデリオはいつものように首をかしげて笑顔を見せた。
その表情には優しさと不安が混ざり合っている。
「さっきも言ったように君はまだ若い、17歳だ」
「明日18歳になります」
「そうだね」
思わず答えるラウラに、フィデリオは微笑んだ。
「君がここに来た時はまだ15歳で、僕は君の一番近くにいた大人だったと思う。だから、君の僕への気持ちは、それを恋心だと勘違いしているのではないかと思っているんだ。気持ちを聞いて嬉しく思ってしまったけど、それを素直に受け入れるのは……とても、卑怯なことだと……」
フィデリオの視線は真剣そのもので、その言葉に嘘は感じられなかった。
ラウラへの返答をごまかすつもりはなく、美しい瞳にはラウラを思う気持ちが映し出されている。
フィデリオは自分の立場を利用することなく、ただ彼女の未来を心から考えているのがわかった。
その言葉に、ラウラは何度も首を横に振った。
フィデリオが彼女のことを真剣に思えば思うほど、ラウラの思いは強くなる。
彼の言葉一つひとつが、ラウラの気持ちを確かなものにしていった。
これは三年前に初めて出会った時から少しずつ育まれてきた感情で、ただの勘違いや思い込みではないと確信していた。
「18歳ともなれば、これからいろんな人と出会い、考え方も変わるだろう。僕への思いも、変わってしまうかもしれない」
「そんなっ! 私はずっとフィデリオ様が好きです!」
ラウラは思わず一歩前に踏み出した。
フィデリオの優しい声にじっとしていられなかった。
こんなに完璧なのに、フィデリオ様は自己評価が低すぎる!
私は毎日お話しできるだけで、これ以上のことがないって思っていたのに。
こうなったらもっと気持ちを伝えたい!
「私も一緒に本を読んだり、薬草についてお話ししたりするのが本当に楽しいです! ここで暮らす人たちをいつも考えていることも知っています。私がここで働くことが決まった時、街の人たちにとても喜ばれました。それにお屋敷の全員がフィデリオ様のことを自慢しています! フィデリオ様はみんなに愛されてます!」
ラウラの言葉にフィデリオは少し目を丸くして、驚いた表情を見せた。
すぐに頬を緩め、優しい笑顔を浮かべる。
「私が憧れてるのはもちろんです。だってとてもフィデリオ様は素敵なんです! それでも、もっとたくさん知りたいしずっと一緒にいたいんです。こんなのじゃ言い足りないくらい好きなんです。絶対にずっとずっと好きです! 」
地下牢の壁にラウラの声が響いた。
告白したことで緊張が解けたのか、青紫の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「本当に好きなんですぅぅ……」
ぽろぽろと大粒の涙がラウラの頬をつたう。
今まで抑えていた感情が、堰を切ったように溢れ出していた。
ラウラの涙を見たフィデリオは、少し躊躇いながらもゆっくりと手を伸ばす。
フィデリオの指が僅かにラウラの頬に触れ、優しく涙を拭った。
その手は暖かく、指先はかすかに震えていた。
「ありがとうラウラ。僕も君と同じ気持ちだよ。君を失いたくないと思ってしまうんだ……」
彼の声は静かで、ラウラだけに向けられたものだった。
「ゔぅ……フィデリオ様」
「ラウラのことが大好きだよ」
「うぅっ!!」
ラウラは突然のことに思わず両手で顔を覆う。
今まで見たことのない少し照れたようなフィデリオの笑顔、そしていつもの首を傾げる仕草に、ラウラの呼吸は止まりそうになっていた。
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