フィデリオの想い



「ラウラ、こっちを見て」


肩を掴むフィデリオの手に力が入った。

細い指先の感覚が伝わってくる。

ラウラはそれでも顔を上げられなかった。


フィデリオ様の顔を見るなんて、今の私には無理だ。

はじめて自分の気持ちを口に出した事で、胸の奥でいろんな感情がめちゃくちゃになってる。

それに、フィデリオ様の目を見たら、私の想いに対する答えがわかってしまう……。


ラウラはその事実に向き合うことが怖くて、うつむいたまま口を開いた。


「フィデリオ様……あの、私のさっきの告白は……お気になさらないでください」

「……」

「でも、こうなったのは私のせいです! これからもっともっと魔女のこと調べます!」

「ラウラのせいじゃない。あの魔女がどんな能力か誰にもわからなかった。この塔を過信しすぎていた僕の責任だよ」

「謹慎でも、お給料無しでも、何でも受けます!」

「そんなことしないよ」

「でも、原因は私です! 何でもやります! だから、だから……ここでずっと働かせてください……」

「ラウラ!」


フィデリオはラウラの肩から静かに手を離した。

そして片膝をつき、俯いているラウラを優しく覗き込んだ。


「顔を上げて」


フィデリオの声に、ラウラはようやく顔を上げた。

涙を堪えようと必死に耐えていたせいで、目の周りは赤く染まっている。

潤んだ瞳には不安が浮かび、睫毛が僅かに濡れていた。


「ラウラ、僕の話も聞いてくれるかい?」


フィデリオの穏やかな表情には、いつもと違う真剣さが見える。

ラウラは小さく頷いた。


「まず、君をクビにだなんて考えてもいなかった。魔女の件は完全に僕の責任だからね」

「でも……」

「しー」


フィデリオが白く長い指を薄い唇に当てた。

静かに囁くその声に、ラウラは開きかけた口を慌てて閉じる。


「今度『でも』って言ったら、本当にクビにするよ」

「でっ……」


ラウラは慌てて口を押さえ、何度も首を横に振った。

フィデリオはその仕草を見て、優しく微笑む。


「うん。じゃあ僕の話も聞いてくれるかい?」


優しく頷くフィデリオに、ラウラは黙ったまま頷いた。

薄暗い部屋に、ほんの少しの沈黙が広がる。

フィデリオが小さく咳払いをし、話し始めた。


「さっきも言ったように、魔女のことは僕の責任だ。このことは後でしっかり考えたいと思ってる」


そう言ってフィデリオは、机の上にある魔女からの手紙を軽く叩いた。

続けてまた小さく咳払いをする。


「僕は……父から侯爵の爵位とこの領地を譲り受けた時から、まず領主として皆が幸せに幸せに暮らせるようにと考えたんだ。幸いこの地はとても恵まれていて、薬草の生育に最適な土地だった。もともと僕も薬草には興味があったから、この領地の可能性を生かすことにしたんだ」


フィデリオの口から家族の話を聞くのは初めてだった。

この三年、ラウラはこんな風に個人的な話を聞いたことはなかった。


「もちろん領主となったからには、仕事だけじゃなく社交もしなくてはいけない。でも、あまり社交的ではないしパーティもダンスも得意じゃない。仕事ならば話もできるけど、誰かと歌劇を観に行ったりするのは性に合わない。だから、僕みたいな奴と一緒にいても、女の子は退屈だろうと思ってる」


目の前の美しい人は何を言っているのだろう?

ラウラはつい口を挟みたくなるのをぐっと堪えた。

フィデリオは視線を逸らし、ラウラの前からゆっくりと立ち上がる。


「ラウラがここに来た時、三年前かな……」


フィデリオの声は、いつも以上に低く響いた。


「君は他の誰とも違う印象を与える子だった。年齢より少し大人びていて、エルノたちが『聖女ちゃん』と呼ぶのも納得できたよ。薬草に詳しいうえに礼儀正しい。自分の意見も持っていて、誰からも好かれている。僕はそんな君と、仕事やそれ以外の話をするたびに、とても楽しいと感じていたんだ……」


思いがけない言葉にラウラは顔を上げた。

それに気づいたのか、フィデリオは素早く背中を向け視線を逸らした。

また小さな咳払いが聞こえる。


「仕事が終わった後に君と話すと……君が部屋に戻った後も、楽しい気持ちが残っていることに気づいたんだ。でも、その感情が良くないことは分かっていた。僕は君の雇い主でもう28歳だ。君とは10歳以上も年齢が離れている。そんな女の子にこんな感情を持ってはいけないってね……」

「!!」


えっ私の話? 

ラウラは思わず自分の耳を疑った。

心臓が高鳴り、耳の奥で鼓動が響いている。

フィデリオは一瞬だけラウラを見たが、またすぐに視線を逸らした。


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