ラウラの想い


「ロクセラーナは私からフィデリオ様の話を聞いて、それを糧に魔力を回復したと思うんです」

「僕の話が? どうしてだろう……」


フィデリオは魔女の手紙を見ながら、考えるように目を細めた。

ランプの明かりに照らされた頬に、長い睫毛の影が落ちている。


「えっと、ここに書かれている『あいつ』というのは、フィデリオ様のことで……」

「うん……そうかなと思って聞いていたよ」

「でもっ! 身分差とかそういう話を私はしてなくて、ロクセラーナが勝手に、あの……」


動揺するラウラに、フィデリオは静かに目を向けた。

その問いかけるような視線に、ラウラは何度も首を横に振る。


「ロクセラーナは私がフィデリオ様に渡した首飾りと、イヤリングの石がお揃いだったからと、二人の仲を誤解して……」

「ああ、そういうことか……ん?」


フィデリオは納得したように頷いたが、すぐに首を傾げた。


「僕とラウラのことを誤解したから、魔女の魔力が復活した?」

「それは、あの……ちょっとだけ違ってて……」


ああもう、ロクセラーナ。 

どうしてこんなメッセージを残していったの……。

私のこの想いは、いつかフィデリオ様が結婚する日が来れば、自然に諦められると思ってた。

告白したいなんて考えたことすらなかったのに…。


ラウラは気持ちを落ち着かせようと、胸に手を当てた。

手のひらに心臓の鼓動が伝わってくる。


幸いここは地下、顔は見えるけど薄暗い。

それに、これはロクセラーナの魔力が戻った原因に関わること。

フィデリオ様は告白なんて数えきれないくらい受けているはず!

こんな一人の薬師の気持ちなんて、さらりと聞きながしてくれる。

うん、きっと大丈夫!


「あの……」

「うん?」

「ロクセラーナの魔力回復には、人の大きな感情が鍵になるのではと思ったんです」

「大きな感情……」

「はい。怒りや悲しみ、そして……誰かを深く想う気持ち……」


ラウラは自分の手が震えるのがわかった。

全身が熱いのか冷たいのか、よくわからない。

恥ずかしいというより、この告白で自分の今までの想いすべてが終わってしまうことに胸が痛くなる。


「フィデリオ様はお気づきだと思いますが……私、フィデリオ様のことが好きです!」

「えっ……」

「こんなこと絶対に言うつもりはなかったんです……でも、私のこの気持ちがロクセラーナの魔力回復の原因だと思うので……」

「……」

「ロクセラーナは、フィデリオ様が婚約者と一緒に狩りや乗馬を楽しんでいたかのように、私に話してきました。彼女の言葉を聞いて、胸が痛くて苦しくて。その感情を彼女の前で隠せずにいました……」


ラウラは、ほうっと息を吐く。

言ってしまった……でもこれでいい、あとはしっかり謝るだけ。


「今思えば、それを聞くロクセラーナはすごく楽しそうで、最後に『ありがとう』って言われて……相手は魔女なのにうかつでした。本当に馬鹿なことを……申し訳ございませんっ!」


ラウラが頭を下げようとした瞬間、フィデリオが素早く手を伸ばしその肩を掴んだ。

その力強い手に、ラウラは驚いて顔を上げる。

二人の視線が静かに重なった。


「ラウラ、謝らないでくれ」

「でも、あのっ、こんな場所で急に告白とか、これも本当に申し訳なくて……でも付き合いたいとか全然そういうのじゃなくて、あの……ごめんなさい」


上手く言葉が出てこない。

こんなところで泣いてはいけない、フィデリオ様を困らせてはいけない。

ラウラは精一杯、笑顔を作った。


「迷惑なんかじゃないよ」


無理に笑おうとするラウラの目を、フィデリオの青い瞳がしっかりと捉えた。

薄暗い部屋の中でも、その瞳は海のように美しい。

フィデリオの優しさにラウラは一瞬喉を詰まらせる。

言葉にならない感情が胸に広がり、小さく息を吸った。


「……お気遣いありがとうございます」


ようやく言葉を絞り出したラウラは、フィデリオのまっすぐな視線を避けるように目を逸らした。


これからフィデリオ様と顔を合わせづらい。

それより、魔女を逃がした責任で解雇されてしまうかも。

明日は18歳の誕生日なのに……。


視線を逸らしたまま、ラウラは静かにこれからのことを考えていた。


「ラウラ、こっちを見て」


肩を掴むフィデリオの手が、ラウラを強く引き寄せた。

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