魔女の思惑
ラウラはおそるおそる部屋の中へ足を進めた。
大きな広間の中央には、仕切りのように鉄格子が嵌められている。
鉄格子の向こうには、ゆったりとしたソファとテーブル。
美しい茶器のセットが置かれ、壁際にはベッドまで備え付けられていた。
小さな照明と塔の中央から差し込む光のおかげで、部屋は地下とは思えないほど明るかった。
大きなソファの真ん中に、一人の少女が座っているのが見えた。
肩につくくらいのプラチナブロンドの髪、透き通るようなピンク色の瞳。
そう言えば誰かが、天使みたいな子がいたって言ってたっけ……。
本当にこれがロクセラーナなの?
「あなたの名前、ラウラって言うのね
戸惑うラウラに、少女は愛らしい声で話しかけてきた。
唇の端が微かに歪み、意味ありげな笑みを浮かべている。
天使のような顔立ちをしているが、それはまちがいなくロクセラーナの仕草だ。
ラウラはぎゅっと眉をひそめた。
「ええ、ラウラよ。あなたはロクセラーナよね?」
「そうよ、あいつのせいでこんな姿になっちゃってるけどね」
「あいつって、あなたフィデリオ様のこ……」
「あーもう! 名前出さないで! 本当にムカついてるんだから!」
ロクセラーナは露骨に顔をしかめ、ソファのクッションを叩いた。
「あんたでしょ! あいつに『精霊の石』渡したの!」
「精霊の石のこと知ってるの?」
「どうでもいいでしょ!」
悪態をつくたびに歪む小さな唇。
それでも天使のような容姿のせいで、ラウラの頭は混乱しそうになる。
ラウラはふと、師から譲り受けた本の内容を思い出した。
ロクセラーナの経歴にあった、本人なのかただの同名なのか不明と記された一文。
その記録は、ラウラの故郷に隣接する国の王妃としてのものだった。
精霊の石を知ってるってことは、やっぱりロクセラーナなの?
そう思いラウラが顔をあげると、ロクセラーナはこちらを睨みつけたまま、膝に抱えたクッションを強く握りしめていた。
ラウラは精一杯笑顔を作った。
「ねえロクセラーナ。私、アダンクという村の出身なんだけど」
「アダンク? はあーパドゥレか、だからあんたそんな石持ってんのね」
「やっぱり知ってるのね! じゃあムンテ国は?」
「……そんな山ばっかの田舎知らないわよ! ねえ、あんた何しに来たの? そんな話しに来たなら帰ってくれる?」
ロクセラーナがわざと話を逸らしたことは明らかだった。
200年代に同名の王妃がいたという記述は、このロクセラーナで間違いないのだろう。
でも、これ以上聞いても教えてくれそうにない。
明らかに機嫌が悪く、強く握りしめているクッションが今にも裂けそうだ。
「ごめんなさい。じゃあ、何故そんな姿になってるの?」
「それは、あいつがあたしの髪を切ったからでしょ!」
「髪を切ると子供になるの?」
「はぁ? 魔力溜めるために体が小さいほうがいいからに決まってんでしょ。あんた本当に何も知らないのね」
ロクセラーナはあきれたような顔で鼻で笑う。
子供の姿が魔力を溜めるためだとは思ってもみなかった。
「だって私、魔力ないから……」
「ふぅーん」
ソファから立ち上がったロクセラーナが、何か言いたげな顔で近づいて来た。
ラウラは思わず後ずさりする。
「何もしやしないわよ、って今は出来ないのよ!」
ロクセラーナが悔しそうな顔でラウラを指さす。
感情を隠すことができない彼女を見て、ラウラは『今は何もできない』という言葉が本当だと感じていた。
でもその言葉が意味する通り、この状況が長く続くはずがないのも確かだった。
「ねえ、これからどうするつもり?」
「力が戻ったらすぐにここを出るに決まってるじゃない! あたしは素敵な男性に愛されて幸せになるんだもん」
天使のような少女が、うっとりとした表情を見せる。
幸せになりたいと言っているが、本に書かれている限りどの家も破滅しか遂げていない。
魔女にとっての幸せとは一体何なのだろう。
「でも、あなたいくつも家を滅ぼしてるでしょ……どんな魔法を使うの?」
「はぁ? あたしが何かしたと思ってんの? 違うわよ」
「違うの?」
「だってあたし魔法使えないもん」
「え? でも、皆があなたに夢中で言いなりになってたじゃない」
「それはあたしの魅力でしょ♡ 魔法なんて使ったことないわ」
「じゃあ魔力は……?」
「生きていくために必要な物よ。無くなったら、身体が動かなくなっちゃう」
思いもよらない答えにラウラは困惑した。
あれほど人を惑わす香りを漂わせているのに、魔法が使えないなんて。
しかし、嘘をついているようには思えない。
眉をひそめるラウラに、ロクセラーナはクッションを胸に抱いて微笑んだ。
「あたしはね、愛する人と一緒にいられればいいの。だからずっと離れずにいるの」
「離れずに……」
「そう! そうしたら、どんどんお金が無くなっちゃうの。あたしのせいじゃないでしょ」
「んー……」
それは明らかにロクセラーナのせいでは? とラウラは思ったが、また機嫌を損ねるのも嫌だったので曖昧に頷いてみせた。
「ねえ、こっちから質問だけど、あたしなんで魔女って呼ばれてんの?」
「それは、いままでいくつかの家や国を崩壊させてるから……」
「さっきも言ったけど、あたし魔法使えないし何もしてないわよ。ただ愛する人と一緒にいただけよ?」
宝石のように輝くピンク色の瞳で、ロクセラーナはラウラを見つめた。
彼女が魔女だとわかっているのに、あまりの儚さに思わず手を差し伸べたくなってしまう。
『愛する人と一緒にいただけ』という言葉に、ラウラはどう答えていいかわからなかった。
「でも今回は失敗したわー。あいつがあんな乱暴な男だと思わなかった!」
「フィデリオ様は乱暴なんかじゃ……」
「ちょっと! あいつの名前二度と聞きたくないって言ったでしょ! あーもう、あんたの彼氏むかつくけど美形すぎなのよ!」
「……か、彼氏!?」
「お揃いの『精霊の石』つけてんじゃん。あーそれ見たら余計にムカつくーー」
「ちっ、違います! これは違うんです!」
焦るラウラを見て、魔女はふんっと鼻を鳴らした。
「ふうーん、まあいいわ。ねえ、あたしがどうやってあいつのこと知ったと思う?」
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