第三章 ラウラと魔女
北の塔
――二日後
この中に、魔女ロクセラーナが幽閉されている……。
ラウラは北の塔の前に立っていた。
昨日フィデリオに、彼女に会わせてもらいたいとお願いをした。
どうして自分だけを追い出したのかという疑問と、やはり魔女と話す機会なんてそうそうないという好奇心からだ。
ランプロスとはもう会うことはないだろうが、何か役立つことがあればという気持ちも少なからずあった。
目の前にそびえる古い塔は、地下牢のある建物だった。
石造りの様式から見て、1000年以上も前に建てられたものだろう。
入り口には大きな鍵が掛けられ、純銀で作られたその鍵にも、聖者の封印呪文が細かく彫り込まれている。
扉の枠には、アイオンという灰色の香木が使われていた。
浄化作用のある貴重な素材で、今ではほとんど手に入らない。
その枠にまで、何らかの呪文が刻まれているのが見えた。
こんなに素晴らしい塔がここにあったなんて!
久々に見る古代語の呪文に、ラウラの胸は高鳴っていた。
扉の横には看守が一人立っていた。
バルウィン家の紋章をつけているところを見ると、フィデリオが配置したのだろう。
「おはようございます、ラウラ=ストラールです」
「おはようございます。バルウィン侯爵からうかがっております」
看守は穏やかな表情で頭を下げ、腰に下げた袋から鍵を取り出した。
「ではさっそくご案内いたします」
「よろしくお願いします」
「塔に入ってすぐに入り口のカギを内側から閉めます。廊下を進んだ階段を降りた先に、第二の扉があります。その扉にラウラさんが入った後、外側から鍵を閉めますが、わたくしは待機しておりますのでご安心を」
「はい……」
これほどの魔法の封印があるのに、さらにこんなに厳重だなんて。
ロクセラーナに会いたいと言った時、フィデリオはいい顔をしなかった。
それでも『どうしても聞きたいことがある、精霊の石を持っているし女性なので、惑わされる心配はない。危険を感じたらすぐに外に出る』という約束で、しぶしぶ許可をもらった。
昨日、フィデリオ本人がロクセラーナに会いに行ったとき、二度と来ないでくれとまた癇癪を起されたらしい。
しかし、ラウラが会いたいと伝えると「あの子ならいいわよ、私も話したい」と良い返事をもらえたそうだ。
ただし、必ず一人で来ることが条件。
フィデリオが一緒だと追い出すと言われたため、今は部屋で待っている。
「何もしない……というより出来ないはずだ。でも油断はしないで」
そうフィデリオから念を押され、ラウラはひとりで北の塔へやってきた。
看守が大きな鍵を開けている。
何か細工が施されているようで、開け方にも手順があるようだ。
古い様式の鍵は珍しく、色々尋ねたい衝動に駆られるが今は我慢するしかなかった。
「では、参りましょう」
塔の扉が開いた。
少しだけ冷たい空気が流れてくる。
ラウラは無意識にイヤリングをぎゅっと握りしめた。
塔の中は浄化の香が炊かれているのか、空気は澱んでいない。
廊下の壁には至るところに封印が施されており、魔術を発動すること自体が難しいのではないかと思われた。
想像以上の凄さに、ラウラの口が自然と開いている。
ここに、あのロクセラーナががいるの?
ラウラは、美しく自信に満ちた彼女の姿を思い出す。
しかし、周囲には彼女の気配が全くない。
フィデリオ様は、魔女の処遇をまだ決めかねていた。
それは、あの魅惑の力を防ぐ方法がわからないからだ。
ここトーア国には、魔女に関しての資料ががほとんどない。
ロクセラーナについては、『一目見た男性は虜になる魔女がいるらしい』という、おとぎ話しか残されていない。
私が師から貰った本のロクセラーナの記述は、かなり貴重なもののようだ。
グレイスたちを避難させた後で調べようと思っていたけれど、もしフィデリオ様も惑わされていたなら、きっと助けることはできなかった……。
それを考えるだけでもぞっとする。
勢いで首飾りを渡してしまったけれど、結果的には良かったんだ。
うん、私偉い!
ラウラは看守の後にぴったりとつき、まっすぐな廊下を進んでいく。
地下に続く階段を降りると、目の前に一枚の扉が現れた。
地下牢という雰囲気はなく、普通の部屋の扉に見える。
「ここを開けると広い部屋があります。その半分を分断するように鉄格子がはめられています。地下牢と呼ばれていますが、どちらかというと要人を匿っていた部屋ですね」
ラウラが考えていることを察したのか、看守はそう説明しながら鍵を開けた。
あの大量の封印や呪文は、外部からの魔力を避けるためのものだったのね。
逆に考えると、魔力を持つ者が中に入ると外には出られなくなる。
なるほど、とラウラは納得しながら、部屋に一歩足を踏み入れた。
目の前には真っ赤な絨毯が広がっていた。
「では、わたくしは中に入れませんので」
「あっはい、ありがとうございます」
「何かありましたら、この鐘を鳴らしてください。緊急の場合は扉を叩いても構いません」
「はい」
「では」
看守はちらりと部屋の奥に目をやり、笑顔で扉を閉めた。
ガチャリと鍵が閉まる音が響く。
自分から会いたいと言っておいて、ラウラの心臓はうるさく打ち始めた。
「こっちよー」
無邪気な子供の声が聞こえた。
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