第十一話 父に砂糖を、友には塩を

 金なんて持ってても碌なことがない。

 友人が見ているのは結局財布だし、言い寄ってくる女も大概だ。


 高橋 慶事、17歳。砂糖王子でも、名前負けでも、なんとでも呼んでくれ。

 俺は自称「高橋財閥をつぶす男」だ。


「高橋、今帰り? コンビニ付き合ってー」


 こいつは酒井 徹。中学からの付き合いだ。

 普段なら、「コンビニ行こう」は「奢ってくれ」の隠語だと思ってるけど、こいつといると不思議と気にせずにいられる。

 噂では母親が病気で、高校の学費を稼ぐためにバイトしてるとか……。素直に尊敬している。

 しかも、財布に小銭しか入ってないのに、酒井は俺に物をねだった事がない。

 今まで俺の周りにいなかったタイプだ。


「なぁ高橋。今度俺さ、お前んちの治験バイトする事になったわ」


 だからこう切り出された時は心底焦った。


「はぁ!? さてはお前、馬鹿野郎だろ! 金で健康は買えないぞ」


 むっとした表情で酒井が黙り込む。でも、止めないと酒井は——。


 俺は酒井がバイトと呼ぶ治験実験が何かを知っていた。

 それは高橋財閥の膿を濾して、潰して、丸めたような……。高橋財閥が”新世界の覇権”を握る方法とでもいうような、悪夢の計画だった。


 大企業の意思なんてものは、そもそも一人では動かせない。それが社長であってもCEOであっても。親父が書類に判を押す頃には、もうほぼ決定事項として、紙一枚の上に億単位の事業が載っかっている。親父は世襲組だからか、戦時中に落ち込んだ高橋の名を盛り上げる事業には余念がなかったから余計だ。

 今回の実験も、そう。


 きっと親父はヒーローになりたいのだ。

 世界を救う、唯一無二の存在に——。

 高校生に人体実験なんて、わが父ながら倫理観を疑う。

 狂った偽善者には、賢い為政者が必要だ。それが息子である俺でなく、誰だっていうんだ。


 手始めに俺は、息のかかった個人メイドを数人、実験の場へと送り込んだ。

 そこで情報を得られた俺は、適当な胡麻をすりつつ、Xデーに備えればいいはずだった。


 メイドはただの一人も帰ってこなかった。


 酒井はどうなる?


 あの注射を打ってしまったが最後、


 この世界にはもう、いられない——。

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