第十二話 深淵を覗く

 かなえに餞別をお見舞いし、防空壕を出る。

 先ほどの話の通り、入り口のこんもりと盛り上がった土の近くにはケシの花が咲いている。気味が悪く思いながらも、俺は停めてあったバイクの所まで急いだ。


 もうすぐ夕方、祖母の言う「逢う魔時」だ。


 ゾンビアポカリプスが起きてから、夕方にはゾンビが活発に襲ってくるのもあり、俺は特に行動に気を付けていた。

 少しでも気取られたら、そしてそのゾンビが男性であったら、その時は応戦しなければならない。中には高橋のような殺意のない例外や、女性のゾンビが襲ってくる事もたまにある。

 どちらにせよ、連中が活発になる、夕方は気が抜けない時間帯だ。


 しばらく海辺を走らせていると、岩礁が続く防波堤が見えた。

 近くに点在する海の家らしき建物は、オフシーズンという事もあり、こんな事態でなくとも寂しく建ち並んでいる。


「ここなら見付からないんじゃないか……」


 比較的新しめの一軒に目星をつけ、まず食べ物を探す。乾麺の類が棚に、氷菓が冷凍庫に冷えていた。しめしめ、と思い、やかんに水を注いでから、俺ははたと動きを止めた。

 前にも疑問に思っていたんだ。何故、ライフラインが生きていて、交通網だけが止まっているのか。何故、かなえは健康体であるはずの俺にキュアを打とうとしたのか。

 そして高橋の存在も謎だ。

 治験実験を行っていたのが高橋財閥だったとしたらなおの事、何故その御曹司が守られていない——?


 やかんに注がれる水は真水で、溢れだした水が排水溝に流れる音が響く。

 俺はやかんの水を覗き込むが、そこには困惑した一人の男が映っているばかりだった。



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