第24話 覚悟の衝突
突然リビングの戸が開いた。ソファに座っていたわたしはびっくりして顔を上げる。
そこには恐い顔をした姉が立っていた。
「みち!あんた何考えてるの!?」
その目は怒りと、なにか…戸惑いのようなものも混ざっていた。
「え……なに、どうしたの……?」
「志人くん、来たのよ。家まで!あなたを海外に連れて行くって、大学中退させますって!あの子何言ってるの!?」
一瞬、頭が真っ白になった。志人さんが――? まさか、そんなこと……?
「……そんなこと、勝手に……」
「勝手じゃないわよ!本気だった!堂々と宣言してったわよ!何様のつもりなの!? で、あんたも行く気なの?」
姉の口元は鋭く、怒りを露わにしている。
「大学やめて、あの人について行くの? せっかくここまで頑張ってきたのに、全部捨てるの? そんないい加減な気持ちで大学辞めて、うまくいくはずないでしょ!どうしてそんなこと――」
"いい加減な気持ち“と言う言葉がわたしの胸をえぐる。
「どうしてって……わたしが、行きたいからだよ!」
わたしは自分の声に驚いた。たぶん大声だったのだろう。気づいたら、立ち上がっていた。
「お姉ちゃんは、いつもそう。ちゃんとしなさい、頑張りなさいって。でも、わたしは……わたしはもう、自分の気持ちを押し込めて生きたくない!」
「はぁ⁈何言ってるのよ、みち!」
「彼のそばにいたいって思うのは、ただの恋じゃないの。わたしは……あの人と生きていきたいの。わたしの言葉も想いも、全部受け止めてくれる。わたしが“わたし”のままでいられる場所なの!」
目の前の景色が滲む。涙が、止まらなかった。
「お母さんとお父さんがいなくなって……お姉ちゃんが全部背負ってくれたの、知ってる。感謝してる。でも……」
きっと泣いて声が震えていたと思う。
「もう、わたしの人生は、わたしが選びたいの。失敗しても、後悔しても。……だから、お願い、止めないで……」
姉の顔から一瞬寂しさのような色が見えた気がした。姉は何も言わず、踵を返してリビングを飛び出していった。
扉が閉まる振動が胸の奥にずしんと響いた。
わたしはしばらくその場に立ち尽くしていた。
呼吸が浅くなって、膝がガクガクと震えて、涙だけが止まらなかった。
“本当は怖いんだよ…”
“本当は、今の全部を壊してしまうのが怖くてたまらないのに。”
でも、あのときの彼の言葉が、頭の中をよぎる。
—「みちは、俺にとっての“未来”だから。」
その言葉を信じたい。
彼のそばで、これからを生きていきたい。
それがわたしの“夢”になっていた。
気がつくと仏壇の前に座り込んでいた。
…お母さん、お父さん
…どうしたらいいの?
***
遥香さんの家の前に立った時、俺の心臓は静かに、でもしっかりと鳴っていた。
覚悟はある。でも、緊張もしている――当たり前だ。彼女の大切な妹を、夢半ばで連れていこうとしているのだから。
呼び鈴を押すと、少しして遥香さんが出てきた。
「あ、志人くん…?あれ一人?」
「あの…突然すみません。少しだけ、お時間いただけますか」
「何よ…笑 かしこまっちゃって。
さあ、どうぞあがって」
中に通されると、リビングに忠司さんもいた。
「おう!いらっしゃい、志人くん」
「ども」
「……」
緊張しているのが伝わったのか、忠司さんの表情が曇る。3人テーブルにつくと、俺は深呼吸して、一言一言、はっきりと言った。
「俺、大学を卒業して、この春から海外赴任になります」
「うん、みちから聞いたわよ」
「……その先にある話です」
「……」
緊張が一気にその場の空気を重くする。
「どうしたんだよ、志人くん。な、なんかちょっと変だぞ」
「俺、みちさんを――連れていこうと思ってます。中退させることになるけど、それでも一緒に来てほしいって思ってます」
数秒の沈黙のあと、遥香さんの声が跳ねた。
「はぁ⁈ なに勝手なこと!? みちは大学生よ?中退って…あなた何言ってるのかわかってるの?」
予想通りだった。いや、予想以上だった。遥香さんは怒りをあらわにして立ち上がる。
「あなたにみちの人生を勝手に決める権利なんてないわ!何考えてるの!?」
「……それでも、言いに来なきゃと思いました」
俺の声は、思った以上に冷静だった。
忠司さんが慌てて止めに入るが、遥香さんの怒りはおさまらない。
「みちがどうしてもって言ったならまだしも、あの子、夢を追って今の大学に入ったのよ?それを――」
「みちは…大学辞めてもいいかなって言ってますよ。なら、いいんじゃないですか?」
「……みちが⁈……うそ…そんなわけ…」
「……みちちゃんが…そんなことを…」
二人は言葉を失った。
「で、俺は聞きたいんすよ。遥香さんと忠司さんが、どう思うのか。みちが、そう言ったことに対して…」
その言葉に、遥香さんが一瞬動きを止めた。
「……は?」
「本音、聞かせてくださいよ。俺は…もしみちが、それでも一緒に行きたいって思ってくれるなら、俺は…どんな覚悟でも持ちます。彼女を守り続ける覚悟を」
「……」
リビングが静まり返る。
俺は立ち上がり、深く頭を下げた。
「お願いします…」
遥香さんはバンッ!とテーブルを叩いたかと思うと立ち上がってリビングを飛び出していった。
「おい!遥香!ちょっと…」
忠司さんが後を追う…玄関のドアが大きな音を立てて閉まったのが聞こえた。
***
玄関の音が遠くで鳴り止んだあと、しばらくの静寂がリビングを満たしていた。
俺はまだ、頭を下げたままだった。
「……顔、上げなさい。志人くん」
忠司さんの落ち着いた声に、俺はゆっくりと顔を上げた。
「びっくりしたよ、本当に。まさかそんなこと言いに来るとは思わなかったから」
「……すみません。でも、ちゃんと話さなきゃいけないって、思ったんです」
忠司さんは少しだけ笑って、そして真剣な目で俺を見た。
「君、遥香がみちちゃんをどれだけ想ってるか、分かってるか?」
「……はい」
「遥香はね、親代わりとして、あの子のことをずっと守ってきたんだ。強くて、優しくて、でも不器用で…いつも心配ばかりしてる。もちろん俺もさ」
忠司さんはソファにもたれかかり、天井を見上げながら続けた。
「俺たちにとってみちちゃんは、娘のような存在なんだよ。特に遥香は親を亡くしたあの日からずっと、責任も愛情も、全部背負って生きてきた。その遥香が今日、初めて…声を荒げたんだ。君に対してじゃない。たぶん、“怖かった”んだよ」
「……怖い?」
「うん。みちちゃんが、遠くに行ってしまうことも。大学を辞めてしまうことも。
そして…君が、本当に信頼できる相手なのかどうかも。
――全部が、怖かったんだよ」
忠司さんの声は穏やかだったけれど、俺の胸には痛いほど響いた。
「……正直、俺も怖いです。でも、それでもみちと一緒に生きていきたい。夢に巻き込むことになるかもしれないけど、それでも“ふたりで”未来を作りたいんです」
「ふむ……」
忠司さんはしばらく黙ってから、静かに言った。
「遥香は…今は感情のほうが先に出ちゃってる。でも、きっと冷静になれば、君の言葉を思い返すはずだよ。あいつは頑固だけど、ちゃんと人の真っ直ぐさを見抜く目は持ってるから」
俺は、小さくうなずいた。
「君の“覚悟”、俺には伝わったよ。でも、正直に言うと――俺は、卒業してからでも遅くないと思ってる」
「俺も、そう思ってますよ」
忠司さんが少し意外そうにこちらを見る。
「……みちには、今やってることを全うして欲しいんです。やり切って…自信に変えてほしい。だからって、夢を後回しにするって意味じゃないんですけど」
そして、少し目を伏せながら続けた。
「それに……遥香さんと、ちゃんと向き合ってほしいんすよ。お互い、本音を伝えあってほしい。だって、どっちも本気で大事に想い合ってるから――衝突するんだと思うし」
忠司さんの目がふっと和らいだ。
「……志人くん」
「はい」
「君ってやつは…大した男だよ 笑」
その一言が、じんわり胸に沁みた。
忠司さんは冷蔵庫に向かうと缶ビールを2本取り出し、俺の目の前に1本差し出した。
「いいだろ?1本だけ付き合えよ」
「…じゃあ、遠慮なく」
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