自分の役割


 次に目を開けた時、俺の身体はやはり現実のベッドの上にあった。傍には妹から借りた雑誌が転がっている。

 所々折り目が付いてしまっているが、そんなことは後で謝ればいい。

 夢から覚めたんだ……そう理解したあとの俺の行動は早かった。

 真っ先に確認するのは本棚だ。前に現実で見た出来事は全て夢で、本当は何もかも変わってないんじゃないか、という期待。本棚いっぱいに埋められた単行本への渇望。

「……ああ」

 しかしそれは簡単に裏切られた。あるべき場所にはただ使わなくなった教科書類が散乱し、本棚なんてものはない。

「まあ、なんとなく分かっていた気がするな……」

 都合の良い現実なんて無いことをありありと見せつけられてなお、あまりショックを受けていない様子の自分に驚く。ひどい喪失感こそ変わらないが、夢で築き上げた偽物の思い出が少しは俺を支えてくれているのかもしれない。

「ん?」

 そこである違和感に気付く。ベッドの上にある雑誌……確かに同じ月のもののはずなのに、表紙が変わっている。以前は新連載の文字と共にシオンが大きく中央に描かれていたはずだが、今は別作品のキャラクターが表紙となっていた。

「なんだ、これ……」

 昨日は眠る直前まで雑誌を確認していたから、状態が変わっているのに間違いはない。おそるおそるページを捲っていく。

 そして――目的の『ゆるかいっ!』の連載ページ。

 第二話と銘打たれたそれは、シオンが様々な部活動の体験活動を行うといった内容で締められている。そしてもちろん、本来の『ゆるかいっ!』にそんな話は存在しない。なにより冒頭にはまたもや伊呂波モミジが出演していて、既視感のある会話を繰り広げている。と、いうことは……。

「……そうか」

 これは前回の続きで間違いない。俺の見た夢の内容が、というより俺の夢に登場するシオンが体験したであろう内容が白黒の世界に記されていた。

 ……薄々感じていた悪い予感。あの夢で起きた内容が現実の作品を書き換えてしまう――ありえない事だと思っていたが、現に今こうしてそんな現象が起きている。

 何がどうしてそうなっているのかは分からない。もちろんこれから調べていくつもりだ。けれど、今はそれよりもっと気になる事があった。

「もし、シオンがこのまま生徒会に入らなかったら……どうなるんだ?」

 この作品は主人公であるシオンの生徒会活動とそれに纏わる騒動を描いたものだ。しかし、その前提条件がひっくり返ってしまったとしたら。ここ最近いやによくあたる予感が、俺にこう警告しているように思えてならない。


 もし。彼女たちを取り巻く環境が全て置き換わってしまったら、俺の知る『ゆるかいっ!』の世界は……本来存在していた彼女たちの友情は――永遠に失われてしまうんじゃないか? と。


 ……たぶん、俺はまた夢を見るだろう。

 いつもの桜小道で目覚め、シオンと共に登校して。そして、その時は今度こそ彼女を生徒会に入れるんだ。そうやってシオンと少女たちの縁を結ばせる。

 それがきっと、ひどく歪に形を変えてしまったこの漫画を俺の知っている『ゆるかいっ!』を元に戻す唯一の方法となるはずだから。

 俺があの世界でやるべき事は見つけた。どうしてこんな事が起きているのか見当もつかないが、とにかく今はやれるだけやってみるしかないだろうな……。

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