生徒会


 昨日は丸一日調べものに時間を費やした。

 だからだろうか。精神的な面でも肉体的な面でも疲労が大きく、俺はいつもより少しだけ早く眠りについた。そして、いつもと同じ桜小道の夢に降り立つ。

 状態は……昨日と変わらなかった。自力で目覚める事は出来ず、現実のそれと変わらない感触が身体に伝わった。仕方が無いので昨日と同じように桜小道を進んでいく。

「……あ、おはよ! 今日は早いんだねっ」

 そこには見知った顔があった。シオンだ。彼女は昨日出会った曲がり角の傍でぼーっと桜を眺めていたらしい。こちらに気付くと元気そうに手を振られ、俺はその様子に若干戸惑いながらも近付いた。

「俺のこと、覚えてるのか?」

「ええっ? わたし、そんな忘れっぽくみえる? モミジくん」

「ああ、いや」

 驚いた。どうやら今回の夢は昨日の続きらしい。嬉しいことのはずだが……素直に喜べない。もしかして、俺がこうして夢でシオン達と関わることで現実の作品が改変されてしまったんじゃないか。そんなありもしない妄想が浮かぶ。

 ……いや、まさかな。

「ところで、こんな場所で何してたんだ?」

「なにって……待ってたんだよ! モミジくんのこと。昨日は急に帰っちゃったし」

「俺を? なんで?」

「だって初めて出来たお友達だもん。ここに居ればまた会える気がして、わたしも早起きしちゃった! お揃いだねっ」

 そう言ってシオンは微笑んだ。心臓すら止められそうな天使の笑顔。こんなファンサしてもらっていいのか? もしかして俺って前世でめちゃくちゃ徳を積んだとかじゃないだろうか? ありがとう、前世の俺……。

「ど、どうしたの!? 脱水症状が心配になるくらい涙が出てるけど」

「いや、いいんだ……行こう」

「う、うん。なんだかモミジくんって、おもしろい生態してるよね」

 こうして俺たちは昨日と同じ道を再び歩き出した。それは現実での出来事を忘れるくらい幸せな時間だったのは言うまでもない……。


 ――だが、幸せな時間というのは長くは続かないものだ。

「いぃろはぁ、もみじぃー!」

 昇降口、靴箱前。俺たちの目の前に一人の少女が立ちはだかっていた。

 首もとでカールした金色の髪に特徴的な白カチューシャ。シオンよりも更に一回り小柄な体躯。怒りの籠った空色の瞳。……平戸ツツジ。

「しまった……」

 完全に油断していた。これが昨日の夢の続きならこうなることは予想できただろうに。しかも、昨日想像していた通りにまだご怒りの様子だった。彼女は俺の姿を見つけるとずんずんと近付いてくる。その形相に思わず後ずさり。

「あんたね、昨日急にいなくなるから随分と探したじゃないっ」

「ああ、急に具合が悪くなってな」

「あの状況で逃げ出しておいて、そんな言い訳が通用すると思わないことね!」

「……悪かったよ。反省してる」

 素直に頭を下げる。

「……もう。最初からそう言えばいいのよ」

 これだけでツツジの方も少し落ち着いてくれたようだ。なんだかんだで甘いというか、優しい。これもまた原作通りか。

「ねぇモミジくん。この子だれ?」

 ちょいちょいと俺の制服の裾を引っ張りながらシオンが疑問を呈した。

 誰って……原作では絶対に聞けない台詞に驚いたが、そうか。俺のせいでこの二人はまだ知り合ってすらいないんだよな。ふむ。

 ……これは何とも奇妙かつおもしろい状況だ。よし、ここは俺の方からユニークな方法で二人の縁を結んでやろうじゃないか。

「こいつはシスコンだ。言動はちょいとキツいが、家では姉にべったり甘えて毎晩一緒の布団に入ってる」

「そうなんだ! よろしくね、シスコンさん!」

「……伊呂波モミジ。あんた一回死になさい?」

 まずい。ツツジの背後に釘バットを構えた般若の姿が浮かんでいる。ここは話題をすり替えることで事なきを得よう。

「な、なあ。お前まで、どこで俺の名前を知ったんだ?」

「名前? 先生に聞き回ったのよ。まったく、余計な手間を取らせてくれたわね!」

「そこまでするか……」

 よっぽど怒らせてしまっていたようだ。今度から同じ轍を踏まないよう注意していこう。

 ……まだ話を続けていたかったが、ちょうど予鈴が鳴ってしまう。昇降口にたむろしていた生徒たちも続々と教室に向かい始めた。俺たちもそろそろ急がねばなるまい。

「はぁ。あんたにはね、これを返しておきたかったのよ」

 そう言ってツツジから手渡されたのはいくらかの小銭。

「これは……昨日のパンの分か。まさかこのために?」

「そうよ! ストーカーに借りなんて作っておきたくなかったもの」

 なるほど、そういうことか。理解できたところで財布にしまう。

「用も済んだし、あたしは行くから。あんたたちも急ぎなさいよ」

「ああ。またな」

「……できればもうあんまり関わってほしくないわ」

 そう言うとツツジは去って行ってしまった。俺の隣でシオンが小さく手を振っている。クラスが同じならこの二人が並んで登校するところも見られただろうに、ちょっと寂しい。

「なんだかおもしろい人だったね。モミジくんにちょっと似てるかも」

「それ、あいつに言ったら絶対怒られるからな」

「そうかなあ? でも羨ましいな。二人ともすっごく仲良さそうだったもん!」

 それは気のせいだろう。頬を膨らませて全力否定するツツジの姿は想像に難くない。

 それにしても、漫画ではよくシオンがからかって、ツツジが怒るという構図が鉄板だったものだ。それでも何だかんだ仲が良い二人はいつも一緒だった。この世界ではまだ顔見知り程度の関係だが……。

 まあいいか。シオンが生徒会に入れば二人のそういった絡みも増えるはずだ。今の俺の楽しみはそこにある。漫画通りの流れならきっと、今日にでもシオンは生徒会に入るだろう――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る