布団と、ダンスと、天下無双。夢追う君と、残る私と。

ペーンネームはまだ無い

第01話:布団と、ダンスと、天下無双。夢追う君と、残る私と。

「なあ、桜子。俺、高校を卒業したらこの町を出るよ」


 学校からの帰り道、公太が真剣な顔をして言った。

 公太は幼馴染で子供の頃からずっと一緒だった。これからもずっと一緒だと思っていた。だから私の心は強く揺さぶられた。


「……出てくって何処に?」

「本格的にダンスを学べるところ。俺、ダンサーになりたいんだ」

「ふぅん、そうなんだ」できるだけ何でもない風を装った。「でも実家のお店はどうするの? お父さん、布団屋を継いでほしいんじゃないの?」


 心の中は必死だった。

 公太と離れたくない。その一心で公太を引き留める材料を探す。


「親父は『好きにしろ』ってさ」

「そう、なんだ。でも公太はそれで良いの? 公太が継がなかったら布団屋なくなっちゃうよ?」

「そりゃ実家の店が潰れるのは寂しいけどさ」


 公太が目を伏せる。一呼吸置いた後、顔を上げるとその瞳は熱を帯びていた。


「俺、世界で一番ダンスが上手くなりたい。ダンスしている時が一番自分らしくいられるんだ」


 ……ずるいな。そんな顔されたらもう引き留められないじゃん。


「公太、行ってきなよ」

「うん。桜子、ありがとう」


 胸が張り裂けそうだ。でも私は笑った。泣きそうなのをごまかすために。


「ダンス頑張りなよ。いつか公太がトリの降臨したようなダンスを踊れるようになったら絶対に見に行ってあげるから」

「何だよそれ」公太もどこかぎこちなく笑った。


 言いたいことは沢山あるのに何て言えばいいか分からない。

 ほんの数秒のはずなのに永遠のように感じられる静寂。

 それを破ったのは公太だった。


「トリの降臨したようなダンスが踊れるようになるかは分かんないし、何年かかるかも分かんないけど、俺、絶対に帰ってくるから。だから、なんていうか、その……」公太がしどろもどろになりながら続ける。「そのときは、桜子、その、俺と……」


 顔を朱色に染めておどおどとした様子の公太を見ていたら思わず笑いがこみ上げた。なんだ。何も心配いらないじゃん。

 気持ち、十分に伝わったよ。布団でもなくダンスでもなく、私こそが公太にとっての天下無双だったんだね。私にとっての公太と一緒だ。

 離れてしまうのは寂しいけれど、今はただ幸せな気持ちに浸っていたかった。

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