第3話 大災厄2
「その必要はありません。自分が説明いたしましょう。場合によっては事態の解決法をご覧いただいてもかまわない」
突然声をかけたのは通称制服組、自衛隊の制服を着用した実戦を担当する士官だった。
「自分は明石二佐。本作戦の指揮をとらせていただきます。ついては武井代表と取引をしたい。国連に話をつないでいただきたく」
続けざまに言葉をつながれたが武井も素早く反応した。
「私に交渉や取引の権限はない。ましてや、突然出てきた案件に即対応できるほど、国連は緩やかな組織でない。それくらいは日本政府もおわかりだろう」
武井は強弁したが明石二佐は全く動じなかった。
「いいえ、応じざるを得ないのです。なぜなら月から来る石ころの一つはニューヨークを直撃するコースに入っています。これを阻止できるのは今現在日本だけです」
武井は一瞬沈黙したが、すぐに反論した。
「仮に月が落ちてくるとして破片程度なら核ミサイルで破壊できる可能性がある。少なくともアメリカ、ロシア、中国にはその力がある」
「おおかたは宇宙空間で核兵器で破壊はできるでしょう。しかし、大気圏内に侵入した隕石に核を使用すれば何が起こるかおわかりでしょう。EMP効果で、コンピュータをはじめとした電子機器が大量に破壊される。その結果が何を導くか火を見るより明らかでしょう。それを防ぐには核を使わずに破壊すればよい。それを我が国のリニアモーターカー、東京名古屋線なら可能です」
明石の強弁に武井は反論した。
「EMP効果に科学的根拠はない。一部のものが騒いでいるだけだ」
明石は冷静に続ける。
「1962年にアメリカが行ったスターフィッシュ・プライムでは実際に被害が起きていますよ。この時代にもう一度試してみますか?どこの国も怖じ気づくと思いますが」
武井は沈黙せざるを得なかった。「スターフィッシュプライム」と呼ばれるアメリカが行った高高度核爆発実験とその結果は武井も知っている。ゆえに明石の言葉を否定することはできなかった。
「取引とは何だ?」
そう言わざるを得なかった。
「正式には政府から申し出があるでしょうが、国連および国連加盟国が我が国が本兵器を所有することを認めること、そして一発の発射に対して日本円で200億円を支払うこと、です。細かいことはさておき、大きな要求はこの二つです。200億で一つの都市を守れれば安いものでしょう」
考えれば確かに200億で都市を守れれば安いものである。しかし、日本がここまで強圧的な態度に出るとは武井の予想の遙か外で会った。
明石は武井の心中を察してなお続けた。
「窮鼠が猫を噛んだのですよ。さあ、急ぎ国連本部と連絡を取った方が良い。時間は有るようで少ないですよ」
明石の言うとおり国連も日本の周辺国家も日本に冷たかった。それをここに来て反撃に出たのである。その気持ちはわからないでもなかった。
「その前に聞くが、リニアモーターカーで、どうやって落下する月を破壊することができるのか?」
明石はにこりと笑みを浮かべて答えた。
「リニアモーターカーもレールガンもマスドライバーも原理は同じと言うことです」
武井は一瞬沈黙した後、国連本部へと連絡を入れた。
そして10時間後、リニアモーターカーの司令室は自衛官がその指揮権を握りJRの社員はその姿を消していた。正確に言えばJRの社員が自衛隊の制服に着替えていた。
JR社員を装って業務に従事していたものが、本来の自衛官の姿に戻っただけであった。
モニターに向かうオペレーターから指揮官の明石に次々と情報が入る。武井は明石のそばに立ち、その報告に耳を澄ませていた。
「リニアモーターカー、全車両格納を確認、ホーム及び各駅、各施設の無人を確認」
「マスドライバー砲、太宰府とリンク完了、以後発射のタイミングは太宰府がコントロールします。二佐承認をお願いします」
報告を聞いた明石はコントロールパネルで指紋と声紋を確認し、量子コンピュータ「太宰府」に射撃一任の許可を与えた。
「D1,A3,B2射程に入りました。射撃開始。10.9.8・・・3.着弾今」
「D2、D3破壊に成功。地上への隕石の落下はありません」
「D1,A3,B2破壊。列島絶対防衛圏への落着はありません。ただし海面水位に変化が起きる可能性ありです」
明石は報告を聞き、次から次へと判断を下し指示を出していく。
「NORADより通信、支援要請です。A1を打ち漏らしたとのことです。ニューヨークに直撃するコースです」
「よりによってか!太宰府、A1を最優先で破壊せよ!」
明石は量子コンピュータに優先順位を指示し、コンピュータは即座に対応する。
「A1落下シミュレーション結果が出ました。細かな隕石がいくつか市内に落ちます」
「防げないのか?」
「巡航ミサイルの攻撃で隕石自体がもろくなっています。マスドライバー砲では威力がありすぎ、細かくなりすぎます。防ぎようがありません」
オペレーターと明石の間で緊迫したやりとりが続いていた。
「続いてB1、C2が対象です。この二つで最後です」
オペレーターが報告した瞬間、別のオペレーターが悲鳴を上げた。
「マスドライバー砲反応しません。電源供給が絶たれました!」
「何が起きた?」
「EMP反応があります。何者かが高高度で核兵器を使用した模様。送電設備に障害が発生しています。電源復帰まで12分を要す見込み。間に合いません・・・」
オペレーターは絶望的な声を上げた。
明石はそれでも冷静さを失わない。
「落着予測はどこか?」
「武漢とブエノスアイレスです」
沈んだ声でオペレーターが答えた。
「政府に連絡、両国に避難勧告を出すよう伝えてもらえ。武井さんも手を打ってもらいたい」
明石に言われるまでもなく武井は国連本部へと連絡を試みた。
しかし、EMPは通常の電話回線も汚染し、携帯電話をはじめとした無線の電波も阻害した。結果として日本政府にも国連へも連絡は取れず、月の欠片は地球へと落着した。
二つの欠片の落着と付随する災害による被害者は、武漢、ブエノスアイレス併せて死者行方不明者854万人を数えた。
隕石の落着によって粉塵が巻き上げられ、こののち数年太陽光の不足による作物の不作、生物の減少が起こり、犠牲者はこの人数の数倍に及ぶことになる。
武井はその現場にいたことを思い出していた。今でも悪夢として見る苦すぎる思い出である。
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