第12話 八尾比丘尼が呼んでいる
部室で、残路と小鳩は並んで座っていた。
残路が、周波数分析装置のFFTアナライザーに映し出された画面を睨みつけ、舌打ちする。
「パターンはあるはずなのに、ノイズが多すぎて判別できん……」
小鳩は隣でデータを覗き込みながら、腕を組んだ。
「うーん……。残路、土壌の電位は時間ごとに変化してるって言ったよね?それって、振動の波形も一定じゃないってことだよね」
「そうだ。ランダムな変動が多すぎる。一定の周期があるようにも見えるが、整合性が取れん」
残路はディスプレイの波形を指しながら、早口で言う。
「通常、振動データを解析するときはバックグラウンドノイズを取り除くんだが、今回は何をノイズと定義すればいいのかがわからん。これでは解析が進まん」
小鳩は画面をじっと見つめながら、指でリズムを取るように机をトントンと叩いた。
音。リズム。何かの信号。何かを発している。埋まっているのが本当に八尾比丘尼だとしたら。
(何かをうったえてる?)
「なあ、残路。もしこの振動が "声" だったとしたら?」
「……何?」
「例えばさ、俺たちが話すとき、声って常に同じ高さやリズムじゃないだろ? 速くなったり、遅くなったり、強くなったり弱くなったりする。でも、それが何かの言葉なら、パターンの中に “アクセント” があるはずだよな」
残路の眉が動いた。
「……つまり?」
「人間の声も、結局は波の形を持った振動だ。もしこの波形がただの振動じゃなくて、何かの "音" に変換できるものだとしたら……」
残路はハッとした顔をして、モニター画面に視線を移した。彼は素早く測定データをノートパソコンに転送し、FFT解析ソフトを立ち上げた。
FFTと略される高速フーリエ変換は、複雑な振動データを周波数ごとに分解して、可聴域の音に変換できる技術だ。
残路は、波形データをFFTにかけ、20Hzから20kHzの可聴域にフィルタリングを適用した。
「これで、人間の耳で聞き取れる音だけを抽出できるはずだ」
小鳩はゴクリと唾を飲んだ。ブーンとパソコンが唸る音が微かにして、解析が始まる。
画面上の波形が一瞬ノイズ混じりに変化し、やがてデータが整えられていく。
スピーカーを通じて、地中の振動が音に変換されて、意味を成す言葉として、紡がれはじめた。
『……ト……モ……ノ……ス……ケ……』
「っ!?」
スピーカーから発せられる音は、不気味に高く、歪んでいた。
残路と小鳩が肩を寄せ合って、その音に聴き入る。
小鳩の心臓が、ドクンと心臓が音を立てた。
もう一度、音声が再生される。機械的なノイズが混じりながらも、確かに「ト・モ・ノ・ス・ケ」という音節が聞き取れた。
小鳩と残路は、思わず顔を見合わせた。小鳩が烏丸に尋ねる。
「今の……聞こえた残路!?」
残路も顔色を変え、ディスプレイの波形を見つめる。
「……間違いない。これは、ただの振動じゃない……"言葉のリズム" だ」
小鳩の手が震えた。ぎゅっと、両手で制服のズボンを掴む。
「じゃあ……これ、本当に"友之助"って言ってるのか……?」
残路は、しばし沈黙した後、小さくため息をついた。
「正確には……これは "音" ではなく、振動のパターン だ。八尾比丘尼の骨が発する電位が、地中の物質を通じて一定の周期で揺れている。そして、その周期が、"ト・モ・ノ・ス・ケ" というリズムと一致している」
信じられない面持ちで、小鳩は残路を見上げる。残路が顎を撫で付けながら、頷く。小鳩は、目を輝かせて校庭の桜をに目を移した。
「すげえ……友之助桜の伝説って本当だっかも知れないんだ……」
「ふん……」
残路が鼻で笑う。
「本当に八尾比丘尼かは知らんが、人骨があるとは面白い。せいぜい、AIが喰う電力の足しになってもらおうじゃないか」
すごいな。と小鳩は思った。残路は八尾比丘尼を物ともせず逆に利用しようとしている。
(食えない人、ってやつ……?)
残路が解析ソフトの音声再生を止める。窓の外では風が吹いていて、空を雲が速足で流れていく。部室には、2月の陽の光が入り込んでいた。
「……ナノマシンが組織を刺激しても開花反応がないのは異常だ。単に細胞が劣化しているなら、成長促進プログラムが働くはず。それすら機能していないのは……」
「もし……桜が何かを『覚えてる』としたら?」
「覚えてる?」
「うん。例えば、この桜が八尾比丘尼の魂と繋がってるなら、何らかの『感情』が働いてるかもしれない。桜はまだ、友之助を待ってるんじゃないかな……」
残路は小鳩の言葉に一瞬笑いそうになったが、その可能性を完全には否定できなかった。
「……もしそうだとしたらやはり、ナノマシンだけでは不十分だな」
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