第11話 チョーショウシュウデンって、何?
「よし、準備はいいな」
残路が、地面に数本の金属棒を突き刺しながら言った。彼の手元には、地中電場測定用のポータブルデバイスがある。
小鳩はしゃがみ込みながら、それを眺める。
「先生、これは何?」
「地中電位差測定器だ。土壌中の電場を測り、異常な電位変動がないかを調べる」
「ふーん、つまり、土の中に "電気" が流れてるか確かめるわけだ」
「その通りだ。植物は光合成の過程で微弱な電流を発生させるし、地中には金属イオンや鉱物が含まれているから、自然に電位が生じることもある」
「と言うか、チョ―ショウシュウデンって、何?」
「教えてやろう」
残路はふふんと得意げに語り出した。
「超小集電はボルタ電池の発想を基盤としており、2つの異なる種類の材料の電極を使用し、マイナス局で発生する電気が電解質を介してプラス局に移動することで、微小な電気を発生させ、集電回路で集めることで使える電気に変える技術のことだ」
「わかりません」
「ったく……」
残路は苦虫をかみつぶしたような顔をして、「つまり」と言った。
「土壌や水中、植物、生体内、堆肥、産業廃棄物などあらゆるものを媒体として、コンダクターと呼ばれる集電材を介し、微小な電気を収集する技術のことだ!」
拳を作って、残路が力説する。
「これを使えは、そこら辺の土からでも電気を集められるんだ!」
「えっ!すごいな、それ」
「すごいだろう」
残路は測定器を持ちながら鼻高々だ。ふと、彼は眉をひそめた。
「このあたりの電位、異常だな……」
残路が測定器を覗き込みながら呟いた。画面には不規則な波形が浮かび上がっている。
小鳩は隣でしゃがみ込み、土を指でつつきながら残路と同じ様に眉をひそめた。
「この桜の根の下だけ、電位が不自然に高いな……他の場所と比べて倍くらい違う」
独り言のようにぶつぶつと囁きながら、残路は歩き回っていた。
「しかも、電流の流れ方が不規則すぎる。ただの金属鉱床や地下水脈なら、もう少し均一なはずだ。ここだけ……妙なリズムを持っている」
残路はそう言うと、地面に追加の電極を差し込み、データを拡張モードで解析し始めた。
測定器の音が、一定の間隔で鳴り始める。ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
小鳩はその音に耳を澄ませ、ふと気づいた。
「……なんか、この間隔……心臓の音みたいじゃない?」
残路が顔を上げる。
「……確かに、この音は生体電位に似た周期的パターンを示している。だが、これは地中深く……植物の根圏ではあり得ない振動だ」
小鳩は測定器の画面を覗き込みながら言う。
「地中深くって、どのくらい?」
「……少なくとも、2メートル以上。この深さなら普通の埋没物や有機物の影響じゃ説明がつかん」
小鳩は残路の持って来たスコップを手に取り、試しに土を掘り始めた。しかし、掘り進めても硬い地層が現れ、簡単には掘り出せそうにない。
「これ……無理だな。こんな深さまで手掘りじゃ無理だし、大規模な発掘なんてできるわけないし……」
残路は腕を組み、測定データを再確認する。
「……そうだな。ならば、直接掘るのではなく、地中スキャンを使うか」
そう言うと、彼はリュックサックを弄った。しばらくして、中から地中透過レーダーが出てくる。
残路は、地面に沿ってセンサーを滑らせた。
レーダー波が地中に送られ、反射波がリアルタイムで画面に映し出される。
小鳩と残路が画面を覗き込む。
そこには、異常な影が映っていた。
「これ……何かの骨格じゃないか?」
残路はデータを拡大しながら、低く呟いた。
「……間違いない。これは人骨だ。しかも、長い時間埋まっていたものだろう」
小鳩は無意識に息を呑んだ。
「本当に……人間の?」
残路は静かに頷いた。小鳩は驚いて残路に聞いた。
「八尾比丘尼の……骨ってこと!?」
小鳩はスコップを置き、さっと立ち上がって地面をじっと見つめた。
残路は測定器の数値を確認しながら言った。
「これは……骨から直接、周期的な電流が発せられているように見える。だが、こんな現象は通常あり得ない」
小鳩は、そっと地面を足でつつく。いつか読んだ本の一節が脳裏に浮かび上がって来る。
『人間の脳と同じ情報伝達の仕組みを植物が持っている。
植物は敵だけでなく、雨、音、湿度、重力、化学物質などに反応できるし、人間が触ることもわかっている。
植物は動物のような神経を持たないが、外界の刺激に応じて、電気信号を発生・伝達させる力がある。』
八尾比丘尼の肉体を栄養として吸い上げた桜。
栄養と一緒に、八尾比丘尼の意識も一緒に吸い上げらたとしたら?
その意識が電気信号になり、桜にまだ残っていたとしたら?
その瞬間、測定器の画面に異変が起こった。ビーッと異常な高音が計器から発せられる。
「残路!? 数値が急に跳ね上がった!」
小鳩が叫ぶ。残路が目を白黒させて素早く測定器を操作した。
「どういうことだ……? まるで……こちらの反応を感じ取った様だ」
小鳩は、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、呟いた。
「俺たちが、ここにいることを……知ってるんだ……」
小鳩は、自分の手のひらに感じるわずかな震えを意識しながら、静かに息を呑んだ。
「先生……この桜、本当に "生きて" るのかもしれない」
風が友之助桜の枝を揺らし、ざわめかせる。
その下で、二人は確かに「何か」の存在を感じていた。
二人は、しばらくそこに佇んでいた。
やがて、残路がガリガリと頭を掻いて前髪をかきあげて言った。
「部室に戻ろう」
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