第10話 部室での誓い
昼休み。園芸部の部室は、昼であっても植物たちを守るために暖房であたたかだ。小鳩は休みの合間をぬって部室を訪れていた。烏丸は、プロジェクトのためか部室に入り浸っている。
部室で観葉植物に水をやっている小鳩に向かって、烏丸が聞いた。
「友之助桜、水やりはしなくていいのか」
小鳩がジョウロを傾けなおしてちょっと考えながら答えた。
「そうだな~鉢植えの場合は桜でも必要だけど、友之助桜は地植えだろ?冬は必要ないよ」
「何故だ」
「乾燥してないからいらないんだ。水やって、水気を含んだ土の温度が冷えて凍結すると、根腐れの原因にもなるしね」
「思うに……繊細なんだな、友之助桜は」
「そう?人間と同じくらいだと思うけど」
「人間と同じ?」
烏丸が、片眉を上げる。
「人間だって、髪の毛が増えたら切るし、喉渇いたら水飲むだろ。アイス食べ過ぎてお腹痛くなったりもするし……同じだと思うな」
「はは……っ」
烏丸が膝を叩いて乾いた声で笑った。
「何だよ」
「いや……ふふ、はは」
楽しそうにくしゃりと顔をゆがめて、烏丸は目元を拭った。
「お前が好きになって来たよ、小鳩」
「え!?」
小鳩はびっくりして烏丸を見つめた。先生。今なんて言った?
「ちょ、もっかい言ってよ、それ」
「はあ!?」
「好きになって来たってとこ!」
「ヤだね」
「えー先生のケチ!」
面白そうに目を細めると、烏丸は前髪をかきあげて言った。
「
「え……?」
「ここでは俺は、生徒みたいなもんだ。だから、二人きりでいる間は、
ぽかんと口を開けて、小鳩は烏丸……残路を見つめた。はにかみぎみに、口がにやつく。
「俺さ、残路には協力したい」
小鳩がジョウロを置いて、残路に歩み寄った。残路が、小鳩を見上げる。小鳩は、残路の前に片手を出した。残路が、その手をぎゅっと握る。
「桜、咲かせてみよう」
その言葉に残路はうなずいて、語り出した。
「ナノマシンのプログラムは完璧だ。理論上、樹木の組織内に浸透して適切な刺激を与えるはずだが……」
残路はタブレットを操作し、桜の内部データを確認する。
「ナノマシンは幹と根に到達し、活動している。にも関わらず、開花反応がない……。何が阻害している?」
「残路のナノマシンは、あくまで物理的に桜を『咲かせる』ためのものだろ? でもさ、桜ってそんな単純なもんじゃないよ」
窓越しに友之助桜を見つめながら、小鳩が言う。
「あの木は長い間咲かなくなった。でもそれは単に機能が止まってるわけじゃなくて……もしかして、意図的に『咲かない』ことを選んでるんじゃないか?」
「意図的に……?植物が意思を持つとでも?」
「残路。植物にだって意思があると思わない?」
「ないな」
「即答すんなよ!」
小鳩はむっとしつつ、少し考えてから説明を始めた。
「植物ってさ、自分で動けないのに、ちゃんと生きるために選択してるんだぞ?」
烏丸は腕を組んで、小鳩をじっと見つめる。
「選択?」
「そう! たとえば、木の根っこって、水がある方に伸びるし、日光が必要なら葉っぱを広げるでしょ? しかも、となりの植物が虫に食べられると、自分も防御の準備をすることがあるんだって!」
「それは化学反応だろ」
「じゃあ、神経細胞が電気信号を送るのは意思じゃないの?」
烏丸は一瞬言葉に詰まる。小鳩は勢いづいて続ける。
「それに、植物って倒れても上に向かって伸びるし、根っこはちゃんと下に向かうでしょ? これって、自分がどっちを向いてるのか感じてるってことじゃない?」
「……重力の影響だな」
「でも、それを判断して行動を変えてるってことは、『環境を認識して、適応する』ってことだよな?」
烏丸は静かに小鳩を見つめる。
「それは……まあ、一理あるな」
「でしょ! だから、植物が『考えてる』とは言わなくても、生きるために『意思みたいなもの』を持ってる可能性はあると思わない?」
烏丸はため息をついて、わずかに口角を上げた。
「……お前、変なやつだな」
「えっ、褒めてる?」
「褒めた」
微妙な、照れ臭い空気が辺りを支配する。残路は、コホンと咳払いをして気を取り直して言った。
「……電力の準備に行こう」
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