明晰夢は覚めてくれない
高久高久
10回目の夢は明晰夢
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
身体を襲う気怠さと、思い出した夢の内容に溜息を吐きつつ、俺は身体を起こす。
俺には、愛する彼女が居る。高校時代から付き合いはあったが、大学に入ってから告白し、付き合う様になった。
それと、長い付き合いの親友がいる。中学時代からの腐れ縁というやつで、高校も大学も同じ。彼女ともそれなりの付き合いはある。
――夢というのは、彼女と親友が寝ている所を目撃してしまう、というものだ。
偶々自宅で俺が寝ている所から夢は始まる。天気は雨。雨音に混じり、何やら声が聞こえて目を覚ました俺は、その物音のする部屋へと向かう。この時俺の身体は、俺の意志で動いていない。あくまで俺は見ているだけだ。
で、物音のする方に行くと彼女と親友がソファで裸で抱き合って、コトに及んでいる場面。つまり浮気真っ只中に出くわすというのだ。
普通なら修羅場だろうが、夢の中で彼女と親友は、俺を一方的に罵倒するのだ。
『お前がいけない』
『お前のせいだ』
『お前が悪いから』
そんな好き勝手な事を言って、身動きできない俺を責めたて――そこで目を覚ます。舞台がはっきりと同棲している部屋だとわかるせいで、妙にリアリティがある夢だ。
この夢を見るようになった最初の内はそれはもう酷かった。何度も便所で吐いたし、彼女の顔も親友の顔もまともに見る事が出来なかった。『酷い顔してる』と心配そうな彼女に対しても、碌に対応できなかった。実際、あの夢を見ると眠れた感じがしない。身体全体が重く、怠さが残る。
だが、今回で9回目だ。もう2桁目前ともなると、段々と慣れてくる。流石にノーダメージというわけではないが、ある程度は『あーはいはい、またこの夢ね』と思えるようになってきた。身体の倦怠感は相変わらずだが。
彼女と親友にも、普通に接していられている……とは思う。相変わらず『酷い顔してる』と言われるが、俺は『別に何でもない』と返している。
「……ねぇ、今日も酷い顔してるよ? 大丈夫?」
この日も、彼女が心配そうな顔で俺に言ってくる。大丈夫だと言って返すが、それでも尚『病院とか行った方が』としつこいのでついつい『大丈夫だって!』と声を荒げてしまった。
「おい、お前その態度は無いんじゃないか?」
その様子を見ていたらしい、親友が俺を嗜めるように言う。そんな親友の態度が、俺を苛つかせる。
――俺は知っているんだぞ。この親友も、彼女の事が好きだという事を。はっきりとそういう話は聞いていないが、目を見ればわかる。彼女の事を、見る目を。
親友は良い奴だ。見た目も性格も、俺なんかよりいい。精々、俺が勝てるのは体格くらいか。あっちは運動とは縁が無いので線が細い。そういう所も、女に人気がある。彼女と付き合えるようになったのも、偶々俺が先に告白したからだろう。
……ああ、そうか。だからあんな夢を見るのか。
つまり、俺は不安なんだ。親友に彼女を取られるのではないか、と。
その事に気付いたら、何とも馬鹿馬鹿しくなり、ついつい笑ってしまった。彼女と親友は、それ以上何も言ってこなかったので『バイトあるから』と言い残し俺はそのまま2人を置いていった。
――バイト先へと向かったが、急な設備点検のせいで休みになってしまった。運の悪い事に、予報に無い大雨が降りだして急いで帰宅したが、全身びしょ濡れになってしまった。うっかり泥の中へ入ってしまったため、汚れた靴を後で洗おうと風呂場に放り込み、着替えた後にどっと疲れと睡魔が襲ってきた。
……後で、あの2人には謝らないと。
今更、酷い態度を取ってしまったという気持ちが沸いてきたが、襲ってくる睡魔に耐え切れず、俺はそのまま意識を――
……どれほど時間が経ったのか。
何やら声が聞こえる。聞き覚えのある、女と男の声。
……ああ、そうか。これは10回目の夢なんだな。
そう思って体を起こし、気付く。思い通りに体が動く事に。
明晰夢、だったか。夢の中でも、思い通りに身体を動かす事が出来る夢の事を。
初めてのことに何処か浮かれつつ、俺は声の聞こえる方へと足を進め、戸を開ける。
――そこに、彼女と親友が居た。いつもと違い、今回は服を着ているが、親友は彼女の両肩に手を置いている。
ああ、成程。これからだったのか。邪魔しちまったな。
「お前、何言ってるんだ?」
「ねぇ、おかしいよ」
ああ、そうやって責めたてるのは変わらないんだな。笑っちまう。
「どうしちゃったの? 最近ずっとおかしいよ!」
「何笑ってるんだ? お前、どれだけ彼女が心配してると――」
ああ、そういうの、いいから。どうせこれからお前らヤり始めるんだろ?
「はぁ? 何言ってるんだ?」
「そんなことするわけないじゃない!」
だからいいって。知ってるから。実はお前らデキてて、これからヤるつもりだったんだろ。俺は邪魔者だってわけだ。
「……本当に、何言ってるんだお前」
「ねぇ……どうしちゃったの……?」
……ああ、なんか面倒臭い。夢の中で、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだ。
「夢? 何言って――」
ああ、そうだ。夢の中でも物の位置は変わらないんだろ? なら――ああ、あったあった。
――キッチンに、置いてあった包丁。
何日か前に研いだばかりだから、鋭さが違う。夢の中でもそれが反映されるのかと、俺は笑った。
笑いながら、俺は庖丁を握って戻った。
もうウンザリなんだよな。お前らがヤッてる所を見るのも、罵倒されるのも。
だから。
今回の夢は動けるんだから。
普段と違う事をしてみようと思って。
夢の中なのに、血は温かい。
夢の中なのに、やたら生々しい刺す感触。
ギャーギャー喚く音はうるさいのは何時も通り。
だけど、滅茶苦茶スッキリした。スカッとした。
血を流して動かない2人を見て、俺は笑った。こんな笑うのも久しぶり、というくらい笑った。
満足だ。十分満足だ。
これ、夢なんだろ?
だからさ――夢なら、もう覚めてくれよ。
明晰夢は覚めてくれない 高久高久 @takaku13
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます