お前もメイクしてやんよ ~ドSな陰キャメイクさんにいけすかない陽キャダンサーがわからせられるお話~

諏訪野 滋

お仕置きAct.1 ダンサー・カナメの場合

 今日のダンスステージも、いつも通りに私のワンマンショーで終わった。まあ当然か、私以外の全員はただの引き立て役に過ぎないんだから。才能も努力も足りない奴らは私のことをねたむけれど、負け犬に出来ることなんてその程度。あんたたちの吠え声の気持ちいいことといったら、録音してBGMにしたいくらいだわ。私のおこぼれで暮らしているんだから、少しは感謝くらいしたらどうなのよって。


「カナメ、お疲れっしたー。さっすが、天下無双のカリスマダンサーざますわね」

「おべっかはいいから。マネージャー、次の仕事は?」

「少年漫画雑誌の表紙の撮影。十九時からBスタで」


 いい加減私も、こういう仕事断りたいんだけれどな。少年誌のグラビアなんて、イカ臭い童貞くんのオカズにされるだけの気持ち悪い仕事じゃん。何だって、海外進出まで目前に控えているこの私が。


「ねえ、マネージャー。いまさらこんな底辺の依頼、そっちで拒否ってくんないかなぁ。私ってもうダンスシーンのテッペン獲ってんだよ、水着とかマジ勘弁」

「メンゴだよ、カナメぇ。向こうの出版社の社長には、あーしもちょっと良くしてもらっててさ。断り切れなかったんだよ」

「良くしてもらったって、お金? それともあっち?」

「そんないけずなこと言わないで、カナメにも悪い話じゃないわよぉ」


 四十路は過ぎているのだろうが、一昔前に流行ったというボディコンなる、ある意味ダンスコスよりも着るのに勇気が要りそうな装いのマネージャーは、教育ママのような細い眼鏡を光らせながら私に手を合わせてくる。まあ確かにその大手出版社には、弱小プロダクションの私に大々的に広告を打ってごり推ししてもらったという引け目はあるのだけれど。


「しゃーないなあ。今回限りだよ、本当にさあ」

「カナメ、助かるぅ~。ほんじゃメイク終わったら十分前にスタジオ集合、シクヨロ!」


 ちょっと年代とノリ違うんだけどなあと思いつつ、無名時代からの腐れ縁のマネージャーに片手を挙げると、私は控室へと向かった。


「入りまぁす、カナメです」


 部屋の中には誰もいなかった。おいおい、トップダンサーの私を待たせるなんて、今日のメイク担当の奴は相当たるんでるわね。私の一時間がそいつの稼ぎの一か月分にもなるんだってこと、わかってんのかしら。顔見せたら、文句の一つも言ってやらなきゃ……

 いや待て、誰もいないわけではなかった。部屋の隅に、ぽつねんとたたずむ人影。あまりに存在感が希薄だったので、全く気付かなかった。

 毛玉のついたセーターに分厚い生地の野暮ったいロングスカート、なにより三つ編みのおさげに極厚レンズの丸眼鏡。私と同じくらいの二十歳前半には見えるが、どう考えてもきらびやかな芸能スタジオよりも、コミケとかいうオタクの巣窟の壁際にでも立っているほうがふさわしい雰囲気をかもし出している。それにしても両手でバカでかい茶色のトランクを下げているのは、コスプレか何かか?


「ちょっと、驚かさないでよ。ここ、あたし専用の控室だって知らないの? 迷子だか何だか知らないけれど、あんたみたいなクソダサい奴と同じ空気吸ったら陰キャが伝染うつっちゃうんだよね。早いとこ出てって……」


 びくり、と体を震わせたその女は、蚊の鳴くような声で小さくつぶやいた。


「あ、あの。今日、こちらで、あなたのメイクを担当するように、いわれてきて」

「メイク……はあ? あんたが!?」

「は、はい」


 これはなんの冗談だろう。メイクさんといえば今までの担当は全員が、相手だけではなく自分のファッションにも何かしら一家言あるような人たちばかりだった。それはそうだろう、外見を扱うことを生業なりわいとする職業のやつが、見た目がダサくてどうするって話だ。マラソンのコーチが肥満体みたいなものじゃないか、こちらのモチベだって上がるはずもない。ドッキリなのか、としばらく辺りを見回してみたが、テレビスタッフがロッカーの中から飛び出してくるような雰囲気もない。


 畜生、マネージャーの奴。自分だけおいしい思いをしておいて、私にはこのクソダサ眼鏡をあてがうとは。単に金をケチってるのか、それとも私にはこの程度のメイク担当がお似合いとでもいうのだろうか。いまやダンス界でテッペンのこの私に。

 もう頭にきた、せめて目の前のこいつをいたぶってやらなきゃ気が済まない。私はにやりと意地の悪い笑いを浮かべると、椅子にどっかりと座り込んで足を組んだ。


「へえ、あんたが私のメイクをねえ。じゃあまずは、足の指をなめてきれいにしてもらおうかな。ペディキュアのノリが良くなるようにね」

「え、指をですか」

「そう。なんなら、一本なめるごとにお仕事一回依頼してあげるわ。両足で十回分、あんたにとっては美味しすぎる話だと思うけれど? ほら、さっさとかがみなさいよ」


 恐る恐るしゃがみこんだものの、さすがに躊躇ちゅうちょしている女の頬に、私は右足の親指をぐりぐりと押し付けた。ちょっとやりすぎか? いや、こいつだって私にたかってその日暮らしをしている、いわば寄生虫みたいなもんじゃないか。生殺与奪の権は私が握っているんだ、もっと嬉しそうなツラしろ、ほら。

 女は固く目を閉じて顔を背けていたが、やがて苦痛に耐えかねたように口を開いた。


「き、今日は水着での、撮影って聞いています。メイクより、さ、先に、着替えて頂けませんか? ふ、服装で、その日に映えるメイクも違ってきますので」

「はあ? 陰キャの癖に、一人前に私に要求しようっての? キモいんだけど」

「お、お願いします……その後なら、精一杯メイク、頑張らせて頂きますので……」


 私は立ち上がると女の顎を持ち上げた。眼鏡の奥の瞳が泣き出しそうにうるんでいる。ふふん、なかなか可愛い顔してるじゃない。ちゃんとメイクすればそれなりに見れる顔になるだろうに、ってこいつ自身がプロのメイクアップアーティストじゃん。まったくこの根暗女、何考えてるんだか。


「いいわ、着替えてあげる。その代わり、私のいう事なんでもきくのよ? さっきの足の指もそうだし、もっといろいろなこともね」

「お、お仕事なら、なんとか」

「じゃあ、そこで待ってて。わかってると思うけれど、逃げたりしたら二度とこの業界で働けなくしてやるから」


 私はボックス型の試着室に入ると、マネージャーに渡された紙袋を開いた。用意してある衣装は……やっぱり白のビキニか。なんで童貞という奴はこういうのが好きなんだろう。もっと現実に目を向けろよ、とも思ったが、リア充はエロいグラビアに夢を見たりはしないだろう。まあいいや、私みたいなきれいな花が咲くためには潤沢な養分が必要なんだから。やっぱりキショいけれど、そこはあえて我慢してやる。


 露出度満点のビキニに着替えて部屋に戻ると、例の女は律儀にそのまま立っていた。私の身体を見て頬を染め目をそらす陰キャ特有のその反応に、さらに嗜虐しぎゃく心を刺激される。


「ほら、あんたの言う通りに水着になってやったわよ。着替えないと映えるメイクが出来ないとかなんとか、偉そうなこと言ってたわよね? それじゃあお手並み拝見と行こうかしら?」


 女はもじもじすると、上目遣いに私を見た。


「そ、それじゃあ、後ろを向いて、目を閉じて頂けませんか?」


 ん。何、ヘアセットから始めるの? めずらしいな、目を閉じろというのはスプレーか何か? まあいいか、少しでも落ち度があれば軽く蹴りでも入れてやればいい。

 言われたとおりに私は目を閉じる。ぱちり、とトランクの留め金が外れる音と、それに続くじゃらじゃらとした金属音。何だろう、ネックレス的な? でもそんな派手なアクセサリーなんて、水着には似合わないんじゃあ……

 がちゃり、と両の手首に感じた鈍痛に、私は慌てて目を開く。


「な、何これ……」


 後ろに回された私の両手は、金属製の手錠で拘束されていた。


「ちょっとあんた、なにふざけて」

「いいね、その焦った表情。メイクのし甲斐がある」


 女は薄ら笑いを浮かべると、厚底眼鏡の奥から値踏みするように私の身体を隅々まで眺めた。ねばりつくような視線に思わず背を向けるが、かえって尻を付き出した格好になってしまう。あまりの出来事に狼狽しながらも、私は精一杯の威厳を取りつくろって女を睨みつけた。


「わ、私を誰だと思ってるのよ。ただのメイク係が、こんなことしてただですむと」

「カナメとかいう、ぽっと出のダンサーだろ? それにしては芸人みたいにうるさい口だな、ちょっと黙ってろ」


 言い返そうとした私の口を、女は有無を言わさず塞いだ。あろうことか、唇で。手を使えない私は精一杯に身をよじるが、女の思いがけない強さに頭を押さえつけられたまま、容赦ない蹂躙じゅうりんに身を任せてしまう。クソ陰キャとキスとか、キモ、最悪……でもちょっと、変な感じ。なによ、これ……

 ようやく唇を離した女は私を部屋の端に引っ張っていくと、仮眠用のベッドに突き飛ばして放り出した。受け身もできない私は、無防備なまま仰向けに身体をさらしてしまう。


「何が目的なの? お、お金なら、マネージャーに伝えてくれれば」


 女は軽蔑したように鼻で笑うと、控室のドアを内側から施錠した。


「金ぇ? そんなもの、ここじゃ何の助けにもならんし。私はメイクアップアーティストだから、自分の仕事をするだけだっつーの。ただしお前の言葉使いがなってないことに対しては、少しお仕置きをしておいた方がよさそうだが」

「や、やめて。キスだって初めてだったんだから」


 女は私のいう事には全く耳を貸さず、トランクの中身をかき回していたかと思うと、筆やら棒やら、それに何に使うか分からない道具を次々に取り出す。


「お、お願い。無理、それマジ無理だから。近づかないで!」

「さあて、まずは足の指をなめる、だったっけ? こんな感じか?」


 足先からぞくぞくとした快感が湧いてきて、抵抗できない私は身もだえする。両手でそれぞれ別の場所を責め始めた彼女は、おさげを揺らしながら上目遣いに笑った。


「お前、ダンスでは天下無双だとか言われて調子こいてるんだろ? 布団の中でも天下無双でいられるかどうか、ひとつ踊ってみせてくんないかな」

「ちょっと、嘘でしょ? あ、そんなに開かないで、見るなぁ!」

「グラビア撮影なんだから、上気した顔の方が青少年たちも喜ぶと思うが。事後っていうの、臨場感抜群じゃん? 心配すんな、終わった後でメイクはバッチリしてやるからさ」

「い、いやあああ!」




「はーい、撮影アップでーす! カナメさん、お疲れ様でしたー」

「……お疲れ、様でした」


 マネージャーがほくほく顔で揉み手をしながら歩み寄ってくる。


「カナメ、今日はとぉっても良かったわよお~。踊っているあなたもグンバツだけど、モデルっていうのも案外悪くないんじゃないの? なんかこう、色っぽくなったっていうかさぁ」

「……それって多分、メイクのせい」

「メイク?」


 私は視線を泳がせながら、ぼそりとつぶやく。


「ねえ、マネージャー。次の仕事も、その、今日と同じメイクさんに頼めないかな」

「あら、飽きっぽいカナメにしちゃ珍しいじゃない。いいわよぉ、その代わりグラビアのお仕事もバンバン入れちゃうけれど、モー問題マンタイ?」


 ふらつく足を引きずりながら、私はよろよろとシャワー室に向かった。


「……大丈夫。仕事、いくらでも受けて来て」



――お仕置きAct.1 Fin

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お前もメイクしてやんよ ~ドSな陰キャメイクさんにいけすかない陽キャダンサーがわからせられるお話~ 諏訪野 滋 @suwano_s

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