鬼と人

目は開けられるのに、身体が動かない。


これは、寝る前に飲んだあの薬のせいだな。


かなり効く花粉症の薬と言われて飲んでみたら、筋肉弛緩剤のように効きすぎる。


ここは、何処だ。


なんだか窓の外(障子がかかってる)がうるさい。


太鼓の音と、笛の音が混ざってる。


練習してるのか、時折間違えたり怒号が飛ぶ。


自分は……私は自分がチェックのというか格子柄の襦袢姿なのに気づいた。


白と黒のシンプルな模様で少しボロい。


しかも、これは綿じゃないか!?


綿の襦袢なんて、持ってなかったと思うけど、私の持ってるのは墨流しの……


あぁ、そうか。


ここは私のいた所とは違う場所なのか。


だからだ、なんだか周りが木で出来ていて、天井にも木の梁が通ってる。


ごろん、とせんべい布団を転がってみると、隣にいたなんだか大きい肉壁のようなのにぶつかる。


「なによぅ、まだ寝てんのヨゥ」


「ごめんて」


私は気安い口調で肉団子お姉さんに声をかけた。


「むにゃむにゃ」と言って再び眠る肉団子お姉さんは放っておいて、上の方に目をやると、羅生門に出てくるような枯れ木婆さんが体育座りしてた。


「おばぁさん。私起きるから、布団使う?」


「ひっひっひ、儂にそんなこと言える物知らずはアンタだけさねぇ。まぁそれも今日でおしまいじゃあーよ」


「ごめんてー」


再び気安く謝ると、ババアはニヤッと笑ってすぅっといなくなった。


中々怖いが、ここは妖怪屋敷か?


とりあえず、窓から外に出れないか障子を開けてみる。


ガラス窓の二重構造になっていて、出れない。


が、踊りと演奏の様子は見ることが出来る。


まぁ、といっても太鼓を叩いて笛を吹いてるだけで、ただガシャガシャと喧しい曲を奏でているだけだ。


とりあえず、薄暗いここから出よう。


そう思うと、壺の中からすぅっと出ていくように、上に上がっていき外に出れた。


「おう、起きたか。飯あるぞ」


今度は部屋ですら無かった。


神社の境内のような所だ。


だが、本棚に本がびっしり入ってる。


本は読み放題なのかもしれない。


嬉しくなって、背表紙を読むと、ちゃんと日本語だ。


とりあえず、タイトルが気になった『宇宙生物の図鑑』を引っこ抜く。


当たりだ! 


これは文章よりも、色付きイラストや写真で構成されていて、私のような知識は好きだが文章を読むのが億劫な人間にはぴったしだ!!


昔から学校で配られるこういった資料集は大好きだし、いい所にきたぞ!!


そう思って、1ページ目の銀河や星がカラーで描かれてるページから、次に進もうとした。


が、


「こら。先に飯を食え」


「やだー」


男の声に対して、私は生返事した。


随分気さくな態度だ、普段の「自分」には似合わない気がしたが、なんだかここにいる人達は家族のような気もしてる。


「我儘言いやがるな? こんにゃろめ」


ご飯を作っていた男に上から本を取られた。


ここで初めて低い声の男に注目したが、これがびっくり筋骨隆々の大男だ。


怖いか? いや、何となく怖くはない。


「でも、本が読みたいんですけど、ご飯は要らないんですけど」


「なんだと、てめえ。さっさと食って支度しろ!」


乱暴な言動とは裏腹に、私を抱っこしてご飯のある茣蓙の所に連れてくるし、取り上げた本は地面の上ではなくちゃんと台の上に置くし。


こやつ、几帳面か?


見かけと中身が一致していない奴は大好物なキャラなので、ふひひ、とほくそ笑んでたら男のあぐらの足の間に乗せられた。


なんか、だいぶ距離が近いけど、全く嫌ではない。


私はこの筋骨隆々男が好きになっていた。


「ほら、食え」


「あーんは?」


甘えてみたが無視された。


流石にそこまでの距離感ではないということか。


食べ物はすいとん的なのだけだったし、味もよくわからなかった。


まぁ、食べれるだけ良しとしよう。


ちゃんと全部食べて「ごちそうさま」を言う。


男は、櫛で私の髪を梳かしていた。


甲斐甲斐しいやつ。


食べている間にも、どんどん神社の境内的な所は人? 妖怪? で溢れていき、さっきの肉団子お姉さんもいた。


男の妖怪っぽいのもいるから、寝床は別だったのかな?


いまいち世界観が掴めない。


きっと、この筋骨隆々男も妖怪なのだろうか?


「ねぇ、あなたは何の妖怪なの?」


男は一瞬傷ついた顔をして、私は申し訳ないなぁと思った。


「ごめんね、何も覚えてないんだ」


「そぅかよ。俺は鬼と……人の混ざりもんだよ」


「へー! ハーフじゃん!? 成る程、鬼と人の間を取り持つ存在か!」


めちゃくちゃ不躾で無礼で無遠慮な発言をした気がするが、何故だか「どはは」と笑ってくれた。


こいつ、いい奴だなぁ。


そう思って周りを見渡すと、神社の境内はもうすっかり「みんな」で溢れかえってて、大賑わいだ。


これから何するんだろうか? 解らないけど、楽しいなぁ。


が、急に冷や水をかけられたように怖くなった。


脳内に、文章が浮かんだのだ。


テケリ・リ


テケリ・リ


赤字の文章の隙間に黒字で書かれているから、赤のマークシートで隠せば読むことが出来る。


「おい、どーした? まさか、来るのか?」


「……テケリ・リ」


私の口からも言葉になる。


恐怖は、口にすると少し減った。


「おい! 闘える奴ァ着いて来い! 行くぞ!」


あ、行っちゃうんだ。そしてやっぱりあなたがリーダーなんだ。


かっこいいなぁと思いつつ、私も行きます! と言いたいが、そういえばまだ襦袢姿だった気がする。


そう思って服を見ると、深い青色をした葵の柄の着物を着てた。


おっ! これは現実の私が初めて作ってもらった小紋!


テンション上がるゼェ!


帯は半幅帯だったが、まぁ動きやすくていいか。


「あ! 待って! 私も行くから! 置いてかないでよ!」


慌てて叫ぶと、ちっ、と舌打ちされたがぐいっと持ち上げられて、筋骨隆々男に優しくおぶられた。


わぁお。姫抱っこはキャラじゃないから、ありがたいよ。


嬉しくて、実は半裸だった男にベタベタ触って、乳首とかもはじいたり触ってやったりしたら。


「お前……巫山戯んなよ、またやってみろ。叩き落とすぞ……」


めちゃくちゃドスの効いた声で凄まれた。


「ごめんてー」


またも気安く謝ると、男は笑って許してくれた。


いつの間にか場所は学校内マップになっていた。


それも、昔の学校ではなくて、現代風だ。


探索すると体育館にテケリの本拠地があったから、そこを潰してもらって……


目が覚めた。


物凄いたくさん寝た反動か、腰と肩が痛い。


起きてもしばらくあの男前の恋人に想いを馳せてると、そういえば名前も知らなかったなぁと後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る