第39話 捜索
「痛ってぇ……」
「イノさん生きてますー?」
「あぁ……何とか」
岩の地面に頭から衝突で受け身を取ったので、そこまで大事には至っていない。近くにいたユウキは、腰を擦っていた手でズレた眼鏡を直す。と、遠くの方から足音が聞こえた。こっちに近づいてきているようで、敵かと思い刀の鍔に手を掛ける。
「おーい、無事かー?」
ユウキが持っていた杖に光灯し、声の聞こえてきた方を照らせば、僧侶姿の北斗が駆け寄って来た。
「なんだ北斗か。お前もここに落ちてきたんだな」
「あぁ。床が抜けた時はどうなることかと思ったけど、ギリギリ生き延びてな。本当、自分がプリーストで良かったよ」
警戒を解き、刀から手を離して立ち上がる。北斗は既に回復魔法をかけたのか、気力が全快していた。
対して俺とユウキは地面に鹿から追いかけられている時に負った傷と落ちた衝撃とで気力ゲージが赤色に変化している。
「僕らの方もお願いできるすか? 地面に落ちた衝撃で気力がギリギリなんすよ」
「ちょっと待ってな」
錫杖の底を地面に一度叩きつける北斗。直後、ユウキの周囲に緑の靄が発生し、気力ゲージがどんどん回復していく。気力が全快に達したところで、再度錫杖をコンッと叩きつけたら、今度は俺の周囲に靄が出現。気力が回復していく。
「助かった。で、ここは一体……?」
「マップによると、ここは地層・奈落だそうっす。マップの解放は案の定されてないっすね」
ユウキが《窓》を開いてマップ情報を確認する。地形の大きさ自体は分かるが、どこに何があるのかまでの詳細な情報は不明のままだ。
「ふむ。助けを呼ぼうにもチャットも繋がらないか……」
魔力ポーションを口にしながら《窓》を見ていた北斗がそう呟く。自分の方でもチャット欄を確認してみるが、圏外になっている。生憎、このダンジョン内では念話も満足に使えない。上を見上げてみるも、自分たちが落ちてきた穴は既に閉ざされているようだ。
……これじゃあ連絡を取る手段がないな。
「微かに祟魔の気配がするから、モンスターはいるっぽいねぇ……」
「ここで死んだらどうなるか分からないっすからね。警戒しながら進むっすよ」
「だったら、俺の出番だな」
基本情報のところからクラスチェンジを選択し、フェンサーから探索に有利なレンジャーへ移行する。
祟魔がいるってことは、今いる場所は戦域みたいな空間だろう。罠も張り巡らされているかもしれないので、慎重に洞窟のようにゴツゴツした岩に囲まれた狭い通路を進んでいく。
道中、仕掛けられた罠を掻い潜ったり、見回り役の祟魔に遭遇し、追われながらも探索すること20分。通路の先に少し拓けた空間を見つけ、後ろにいた北斗とユウキに止まるよう手で制す。
「……声が聞こえる」
「あれは……牢屋かねぇ?」
「中に人がいるっすね」
「取り敢えず行ってみるか」
周囲を警戒しながら、木製の牢屋が連なる場所へと向かう俺たち。今のところ牢屋付近に祟魔の影は見られない。牢屋にいる人たちが不安そうな表情で俺たちを見つめる中、不意にユウキが手前の牢屋の中で座り込んでいる男性に近づいた。
「もしかしてアズマさんっすか?」
「あ、あぁ。そうだが、お前らは?」
「《疾風迅雷》の人に頼まれて助けに来た」
「おぉ、そうか良かった……。もう助からないのかと諦めてたところだ。ありがとう」
俺がそう告げると、アズマは安堵したように息を吐く。
とにかく見つかって良かった。で、アズマの他にも捕らえている人たちがいるみたいだが、みんな探索者の姿をしてるからNPCとかでは無いよな?
「ちなみに、ここに居る人たちは?」
「あぁ、俺と同じくダンジョン探索中にハートがゼロになって、捕まった奴らだよ」
「ふむふむ。何人か行方不明者リストで見かけたことのある人もいるっす。数的にもどうやらここに居る人たちは、件の行方不明の皆さんと見て間違いないっすね」
なるほど。どおりでダンジョン中、探し回っても何処にもいないはずだ。
というか、ここにいる連中、全員ハートが残り1になった時点で撤退しろって警告を無視して捕まったのかよ……。まぁ不可抗力でそうなったって奴も一定数いるだろうから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうが。
俺たちが遺産迷宮攻略課の人間だと伝えれば、助けに来てくれたと知ってか牢にいた人たちはホッとした表情を浮かべる。
「怪我とかはないか? 見ての通り俺はプリーストだ。外傷だったらすぐに治せる」
「それなら、俺含めて全員無事だ」
ざっと観察した感じ、若干の疲れは見られるが、それ以外特に衰弱したり、外傷を負っている者は見当たらない。万がーの場合、死人が出ていたらと懸念していたが、案外そうでもないようだ。
「けど、俺たちを捕らえて何がしたいのかさっぱり分からなくてな」
「……というと?」
眉を顰めながら尋ねると、アズマが捕らえられてから今までに起こったことを話してくれた。それによれば、捕らえられてからというものの、牢から出られない以外は普通に食事を用意してくれたり、何か欲しいものがあれば渡してくれたりと普段とほとんど変わりない生活を送っているらしく、変わったことも牢にいる間だけ倦怠感を覚えるのみのようだ。
引っかかることと言えば、怠さぐらいだよな……。牢にいる間だけってのが気になるが……。
試しに霊眼を発動させて、周囲におかしなものが無いか視てみる。と、牢に黒い靄が掛かっているのが視えた。
「んー、なるほど。そういうことか」
「って、どういうことだよ?」
アズマが不思議そうな目で俺を見る。
「簡単に言うと、この牢に囚われている人たち、及び俺たちを含めたこのダンジョンの探索者たちは、知らず知らずのうちに精気――つまり生命力を吸い取られてるんだよ」
「なるほど? だが、そんなもん吸い取って何の意味があるってんだ?」
首を傾げて問うてくるアズマ。一応、モンスターの正体が祟魔だということに関しては機密事項になっている。言うべきか否か、ユウキと北斗へ視線を送ってみると、霊眼で牢を視ていた2人が微かに首を縦に振った。
まぁ、言ったとしても天界の方で上手いこと記憶を操作してくれるから問題はないか。後で報告だけ上げて置けば良いだろう。
「実は、このダンジョンに巣食うモンスターやNPCは祟魔でな」
「えっ⁉ そうなのか⁉」
「あぁ」
俺がそう口にした途端、牢の中にいた人たちがざわざわし始める。驚くのも無理はない。目の前の人たちは今の今までモンスターのフリをした祟魔を倒していただなんて一ミリも思っていないだろうからな。
「祟魔っていうのは人間の精気を糧にしてる。つまり、ダンジョンにいる俺たちから栄養分を吸い取ってるってわけだ」
このダンジョンで死んで生き返ったら気力数値が減少していたのは、祟魔たちが吸い取っていたからと言える。そして、この牢も似たようなもので、精気を吸い取る類のものだろう。現に牢にいる間だけ倦怠感を覚えているのが証拠だ。
「んー……よく分からんが、俺たちはここから出られるんなら何でも良い。今頃、仲間や家族が心配してるだろうから、とにかく早く出してくれ」
「……と言っても、この牢には鍵がかかってるからな……」
早く出してやりたいのは山々だが、肝心の鍵が見当たらない以上今すぐに牢から解放することは厳しいだろう。せめて誰が持ってるのかさえ分かれば奪うなり何なりやりようはあるんだがな……。
「鍵の在り処は知ってるか?」
「鍵の在処……」
アズマは目線を下げて考え始める。
ここで分からなかったら、通りがかった祟魔にでも聞くしかねぇな……。できるだけ目立つような真似は避けたいところだが――
「――あ、そういや前に牢の見張り番のやつがこの辺りの牢の鍵は城主が持ってるって漏らしてたな」
「へぇ……。ってことは、鍵を手に入れるには必然的に最上層まで行かなきゃならねぇってことかい」
「そうなるっすね。非常に申し訳ないんすけど、もう少しだけ待ってもらうことになるっす」
ユウキが手を合わせて頭を下げる。牢の中にいた探索者たちは困惑した表情で口々に不満そうな声を漏らした。
「必ず助けるんで、もう少しだけ辛抱してくださいっす」
「この通りだ」
ユウキに続いて、俺と北斗も頭を下げる。すると、その様子をじっと見ていたアズマが口を開いた。
「……分かった。今のところは大丈夫だが、絶対に危害を加えてこないって保証もねぇからな。なるべく早く最上層まで辿り着いてくれ」
「勿論だ」
牢の中の人たちからも「最上層の攻略まで待つ代わり、絶対助けに来てくれよ」との声がちらほら上がる。
初め依頼を受けた時、アズマはもっとヤバい奴なのかと思ってたが、なかなか肝は据わってるようだな。
と、奥の方から複数の足音が聞こえてきた。
「おっとまずいな。祟魔がこっちに近づいてくるぞ」
「それじゃあ僕らはこれで」
「二人ともこっちだ」
牢にいるアズマたちと別れ、俺たちは足音とは逆方向の道を急いで走るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます