雨の日

あさひ

 閑話 雨という万能の隠≪なばり≫

 雨が降る

誰もが億劫で逃げたいと思うものかもしれない。

 しかし雨から逃げたいのは

なにも人間だけではないのだ。


 夜が更けそうな

薄暗い少しばかり太陽が昇る時間

新聞配達のバイクの音や

散歩で歩いているのか人間の気配がする。

 雨の日には

大半が家にいるのかバイクの音以外は

あんまりしないものだ。

 だけど家の周りは少しだけ違う

猫の鳴き声のようで人間に近いような

うめき声が聞こえる。

「また猫が盛ってるのかな?」

 その日は

二匹いるのか牽制し合うような

対峙する声が響いた。

「聞き間違いならいいけどなぁ」

 猫が鳴く

誰もが想像のつくだろうが

家の周りには不思議な声の猫がいる。

 まるで人語なのだ

覚えたての赤ん坊が口にするような

そんな甲高くも機械ではない

鳴き声だ。

「だぁ…… あぁ……」

 猫が出すには

なかなか瀕死に近い印象を受ける。

「怪我をしているのだろうか?」

 不穏な声に少しだけ心配になるが

いつも決まってメールが届くのだ。

≪元気にしてるか?≫

 一人暮らしの家に

唯一の連絡をくれるおじいちゃんである。

≪お前は家にいなさい≫

 また意味深なことを言う

部屋の外に出ずに起きていなさい。

 慣れてしまったが

最初の頃は眠たくて仕方なかった。

「起きてるよ」

 言葉に発しながら

メールの返信を打つ。

 古風ではあるが

じいちゃんにはこれしか方法がわからない。

「いつも返信こないなぁ」

 メールが送ってから

六時間は軽く経つ

しかし嬉しそうに

訪問を強請って来るのだ。

≪なんだ? この頃はずいぶんと連絡をくれるなぁ≫

 メールを送っておいて

しらばっくれているのか

ボケているのかわからない。

≪毎朝のメールってなんで送るの?≫

≪メール? ばあさんのイタズラかのぅ≫

 どうやらメールを送っているのは

祖父であるじいちゃんではないようだ。

≪ばあちゃんが送ってるの?≫

≪多分なぁ≫

 メールのくせに返信が早いのは

アプリのメール機能があるため

便利な機能だが連絡先があれば

どんな連絡も出来るため少し怖い面はある。

≪とりあえずはわしは送ってないなぁ≫

≪なるほどねぇ≫

≪疑っとるのか? まだボケとらんよ≫

≪まあ良いよ…… じゃあね≫

 とりあえずアプリを閉じる

そして携帯の着信を見て

お祈りメールが来てるか確認した。

「まだだよねぇ」

 朝の九時に近い時間だ

そんな連絡はまだ来ない。

 四時起きなのは健康に良いかもしれない

でも仕事をし始めたら

夜が遅くなると怖いと思う。

「残業は出来ないかもしれない……」

 すごく不利な条件だが

仕事が見つかる頃にはメールもないだろう

そんな感じがした。

 日々が少し過ぎて

内定が決まるかもしれない

というところまで来る。

 すると

またあの声が聞こえた

ちょうどにも外は雨が降っていた。

「もうすぐで梅雨かな?」

 季節は四月に入ろうと

カレンダーが歩いている。

「今日は一段と怪我みたいな」

 その頃にはメールは来なくなっていた

ちょうど四十九日たった。

「正体でも拝むかな?」

 興味本位だった

後悔は後から来るもの

そういう決まりでもあるのか

今と考えればやめておけばと思う。

 階段を少し降りただけで

手すりの端から見えた。

 髪の長い女性が

クマのぬいぐるみに話かけている

だが足が竦む。

 白い服を来た女性だが

あからさまに影が多い。

 ゲームのエフェクトを纏うが如く

黒い何かが周囲に渦巻いている。

「うぅわぁ……」

 声にもならない呻きを

口で押えながらゆっくりと

戻った。

 ドアを音が出ないように閉めた

ベッドにゆっくりと潜り込む。

 不意だった

耳元で声が大きくなった。

【私のことを忘れた?】

 聞き覚えがあった

数年前に近くで亡くなった

女子高生の声である。

【なんで見捨てたの?】

 見捨てた

傍から見ればそうは思わない

はずだ。

【気づいてたよね?】

 確かに視界には入った

そして見えないふり。

 逃げたのだ

暴力を受ける女子高生を

横目に逃げた。

【でも言ってたよね】

 大人になったら

そんなありきたりなセリフ

半笑いで受け流され

ちょっとショックの記憶がある。

【今なら一人だよね】

 不思議な理由で振られた

女と浮気してるんじゃないか

私なんて遊びだったのね

そんな人いないのに言われた。

【私が怖いって逃げたもの】

 なるほどな

私のことを馬鹿にしないで

その返信が付いている

送ったことのないメールが

最後に通知されている。

「君が原因か?」

【そうだねぇ】

「何が目的?」

 なぜか淡々と

言葉が紡ぎだされた。

 自責の念か

あるいは責任か

食べ物を強請られ

ファミレスにという記憶がある。

【児相の人たちは成年だ】

 不意に布団をから顔を出す

目の前で立っていた。

 女子高生の制服に

ポニーテールの女子が

切なそうに泣いている。

【ごめんね】

「そうだね」

 そこで夢が途切れ

体を半分だけ起こした。

 手元にはリボンが一つ

そして髪飾りが付いている。

 涙が顔中を

濡らしていた。

「弱かった……」

 胸にぎゅっと

涙が止まらない

勇気が力が一人の女子を

助けるには足りなかった

だけなのかわからない。

 でも今の仕事は

だから何回も探してついたのだ。

【児童相談所】

 世界を変えて

お墓に花を手向けたい。

 涙をそっと拭われた気がした

柔らかな白い手が

ほっそりとした腕が

大丈夫だよと言っているようである。


「大丈夫?」

 優しそうで力強い声が

子供に向けられていた。

「お…… な……」

 スーツのポッケから

簡単なスナック菓子と

お決まりの羊羹を出す。

 お墓にも

供えている羊羹だ。

 縁起が悪いかもしれないが

あの娘が

女子高生で止まった彼女が

守ってくれる気がする。

 おまもりのような

羊羹は今でもずっと

手作りで

唯一誰かが食べたことのある

羊羹だ。

 児童相談所には

もう中堅と言われるほどに

勤めている。

 今でも

家に避難したいのか

雨に放って出された

少女が入って来ていた。

「おかえり」

【ただいま】

 そんな挨拶は

朝四時のルーティンである。


 おわり


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雨の日 あさひ @osakabehime

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