第3話 - 3
私立浜風女学園はお嬢様学校と言われている通り校舎の中には礼拝堂があり、窓はすべて格子窓で洋館のような設計になっている。中高一貫校なので校舎そのものが広い。全校生徒約1,000人のトップに君臨する生徒会室は、綺麗な校舎の中でも特段綺麗に設えられていた。
麗はその生徒会室の中で紙飛行機を折っていた。プリントの印刷されていない方の白い面が表になるように紙を三角形に合わせて、指先で押して痕をつける。特に几帳面なわけではないが、手先はそこそこ器用なので折り目がずれることは少ない。あっという間に手のひらサイズの紙飛行機が出来上がって、下の部分を持って空に放った。放たれた紙飛行機はふよふよと飛んで、屑籠の丸い淵に当たって床に落ちた。麗はそれを見ても特に残念がったりはせず、また手元のプリントを手繰り寄せて紙飛行機を折る。
「飛野先輩」
隣に座っていた生徒会の後輩の七瀬がコソコソ声で呼ぶ。
「何」
「ミーティング終わりましたよ」
麗が胡乱な目を前に向けると、他の生徒は席を立って生徒会室から出始めていた。生徒会室の中央に置かれている長机は、最後の晩餐の絵画のように長い。西洋の貴族が晩餐会を開くのならこういった机にオードブルを並べるのだろう。部屋の一番奥にはもう一つ机があり、そちらは足元が木板で覆われた重厚な作りだ。上には豪奢なランプが置かれている。しかし今日はその革張りの椅子は空席になっている。
「会長がいないからって怠けすぎじゃないですか」
七瀬は会長の席に視線を向けた。その天板の上に麗の紙飛行機が乗った。
「ミスった〜」と麗は一番奥の会長席から紙飛行機を回収した。
「話聞いてたんですか?」
「耳は働いてたよー? ただ話のテーマが退屈すぎただけ。よくあの内容でメモを取ろうって気持ちになれるね」
「私は先輩と違って真面目なので」
七瀬はこれ以上麗に何か言っても無意味だと諦めていた。
今日は生徒会の定期ミーティングだった。後期以降の施策を話し合う会議の予定だったが、肝心の会長が風邪で休んだため延期になった。 せっかく他のメンバーが集合したため情報共有は行われたが、麗が紙飛行機で手遊びしている間に会議は終了した。先輩たちは麗が紙飛行機製造機になるのは不調なときの動作として慣れているためスルーしていたが、後輩の1年生は飛野先輩の奇行に若干引いていた。
七瀬は今年生徒会に入った1年生だ。他の1年生は麗の自由人な態度と美貌に慄きがちだった。無表情の美人の発する気圧に勝手に怯んでしまうのだ。ただし七瀬は特に麗を怖いと思ったことはなかった。麗が無表情なときは何も考えていないときの顔だと理解していた。美女というよりも、厄介な先輩という認識でいる。それは麗が七瀬の教育係を命じられたにもかかわらず放任を貫いていたからでもある。
「そうだ」と麗が思いついたように呟いた。七瀬は嫌な予感がして席を立った。椅子の足が床に擦れて高い音を立てる。
「七瀬、今日の掃除当番だったよね」
「そうですけど…………」
「手伝うからちょっと話聞いてくれない?」
「結構です」
七瀬はこのターンに入った麗が面倒なことをよく知っていた。しかし麗は本気だ。掃除ロッカーから箒とちりとりを出して用意を整えている。
「貸してください」
「たまには掃除くらいするって」
「あなたの相談事でまともだったことあります? 掃除はしなくていいので帰ってください」
「ひどいよ七瀬ぇ」
そう言いながら麗は箒で吐き始めた。てこでも箒を手から離さないつもりだろう。七瀬は深くため息をついた。
「甘味処に可愛い子がいて友達になったんだけど……」麗は七瀬の降伏をいいことに椿の話をし始めた。
「飛野先輩、友達いたんですね」
「友達くらい1,000人はいるよ」
「大味の嘘ですね。話は終わりですか」
「でね、その子が……」
その後、麗はいかに椿が可愛らしいかを話したが、七瀬の耳にはすり抜けていた。麗は学校の中では孤高のカリスマ的存在だ。中身はクソガキだけど。そんな麗に友達ができたということは明日は雪が降るかもしれない、と七瀬は心の中で思った。
麗の相談事は基本的にダル絡みなので、面倒臭いよりも面白いという感想が勝るのは非常に珍しいパターンだった。しかし話が長すぎる。
「全然その子自身のことは教えてくれないんだよね。学校のこととか。なんでだと思う?」という質問までされる頃には、七瀬はうんざりとしていた。
「それ、シンプルに飛野先輩のことが嫌いなんじゃないですか?」
「…………マジ?」
「話を聞いた感じ、全然好かれてないですね。客としてあしらわれてます」
「は~~~~……マジか…………」
麗は大袈裟に机に突っ伏した。七瀬は生徒会の中で誰よりもドライなのだ。
「じゃあ私、帰ります」
「待って待って待って七瀬! もうちょっとだけ話聞いてよ」
「結論でてますよね。脈ナシです。先輩、部屋を出るときは施錠してくださいね」
「待ってってば! ね、どうしたらいいと思う? どうやったら仲良くなれるかなぁ?」
「そのくらい自分で考えてくださいよ、離してください」
「考えても分からないから七瀬に聞いているんじゃん!」
七瀬はごみを見るような目で麗を見下ろした。こんな風に冷めた視線を向けるのは生徒会メンバーくらいである。麗は見た目や頭脳、運動神経、家柄のすべてを持ち合わせているが、中身はこんな感じで残念だ。圧倒的な美貌とカリスマ性で周囲の人を寄せ付けないが、根はガキだと七瀬は思っている。クソ、他の生徒会メンバーは何かを察して足早に帰ってしまった。私が尊い
「七瀬、顔こわいよ?」
「あなたのせいですけど……」
「アイス奢るから」
「……もう一声」
「七瀬が好きなパン屋のサンドイッチもつける」
七瀬が好きなパン屋は朝から行列ができる有名店。麗がここまで言うのは初めてだった。
「次のバスの時間までですよ」
「さすが七瀬。やっさしい」
「早くしてください」
麗は椅子を引いてきて、七瀬の座っている席の前に置いた。
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