第2話 初夏
鎌倉駅から徒歩数分の道を歩いていた。観光客の多い小町通りからそれた脇道には、昔ながらの戸建てが並ぶ閑静な住宅街が広がっている。道路の白線の内側を革靴が速足で進む。動くたびにポニーテールに括った黒髪が首の後ろでさらさらと揺れた。
雲一つない今日の空模様と同じ色の日傘は母のお下がりで貰ったもので、裾にレースがあしらわれている。ラブリーなデザインはあまり趣味じゃないけど、日傘があるだけでも体感気温が下がるから便利さ重視で使っている。
それにしても今朝は暑い。最高気温は37度だとテレビのニュースで聞いた。アスファルトから立ち昇る水蒸気のせいか、視界がぐらぐらと歪んで見える。こんな日に朝から出歩いている人は少ないものだ。
横断歩道で立ち止まると、隣に人の気配がした。日傘を後ろに傾けて横を見ると、学生服姿の女の子だった。
私よりも背が高い。すらっとした細くて長い脚、そしてプラチナに輝くロングヘア。白い肌も色素の薄い髪もきらきら光っている。
つい視線がいってしまうけれど、あまりじっと見たら失礼か、と思って視線を前に戻す。信号が青に変わった。短い横断歩道の半分まで来たところで、背後で何か物が落ちた音がした。
振り返ると、信号機の横で人が倒れていた。アスファルトに白くて長い髪が広がっていた。天使が羽を折られて地面に伏せるように、さっきの女の子が蹲っている。
すぐさま引き返して、その子の肩を支えた。
「大丈夫ですか⁉」
傘を下ろして、女の子の背中をさすると、背中が熱い。血の気のない肌色で苦しげに眉を寄せ、気を失いそうになっている。こんなときどうしたらいい? 周囲には二人以外誰も歩いていない。中学の保健の授業ではまずは意識確認と言っていたっけ。
「あの、私の声、聞こえます? あの!!!」
喉がひっくり返りそうになる。返事がないのなら救急車を呼ばないといけない。スマートフォンを取り出そうと服に手を突っ込んだ。こんなときに限って充電がない。なんで夜に充電コードを挿せていなかったんだ……! パニックになりかけているタイミングで女の子が何かを呟いた。
「暑すぎ……死ぬ」
冗談抜きで死んでしまいそうな声だった。
わたしはトートバッグの中から未開封の天然水のペットボトルを開けて、女の子の手に握らせた。女の子は水だと分かると、ペットボトルを掴んで口に流し込んだ。飲みきれなかった水が口の端から流れることも気にせず、ごくごくと飲み干した。そして中身を空にしたら幾分か意識が戻ったようだ。私の手の中で恐ろしいほど整った顔の女の子がふっと目を細めた。
「なんだ……女神、か……」
彼女はそう呟くや否や目を閉じた。顎が上を向いて脱力し、がくりと重くなる。意識を失っていた。
「ぎゃーーー!!!」
ホラー映画のスクリームクイーンばりの絶叫が自分の喉から発される日が来るとは思いもしなかった。
・
ブリキバケツに水道水を溜めていく。蛇口から噴出した水が泡立ちながら水面の下に透明な細い柱をつくっている。
ぼんやりしていたらバケツから水が溢れそうになっていた。危ない危ない、と蛇口をひねって止め、バケツを持ち上げた。水面がぐらりと揺れる。
バケツと一緒に柄杓を持って、木製の引き戸を引くと転がるような音がした。
綿の暖簾をくぐって外に出ると、さっきよりも少し高い位置に昇った太陽がアスファルトを熱している。
柄杓で水を掬ってアスファルトに掛ける。水がかかった場所からアスファルトののっぺりした灰色が黒く潤っていく。朝のうちに水撒きをしておくと昼間の熱が和らぐから、夏の間は開店準備の一環になっている。バケツの中が空になるまで撒いたら終わりだ。
扉に掛けた深緑の暖簾には、白い文字で「傘屋」と書かれている。傘屋という名前だが、傘を売っているわけではない。オーナーが傘町さんという名前なだけで、お茶や和菓子を出している甘味処だ。
傘屋の外観は建物よりも、建物を囲うように繁茂している植木の印象が強い。玄関横の植木の緑と、建物に巻きついた蔦の新緑、百日紅の鮮やかなピンク色に建物が覆い隠されている。わたしも初めてこの店に来たときは、和喫茶と見せかけて実は植木屋なんじゃ……?と目を疑ったものだ。
バケツを片づけて、用意を整えてから店の奥の座敷席に上がった。照明はつけていなくても窓から降り注ぐ朝日だけで十分に明るい。座敷の畳に膝をついて、日陰になっている奥の席に近づくと規則的な呼吸が聞こえた。今はテーブルと座布団を片付けて、横になれるスペースをつくっている。両手に持っていたお盆をテーブルに下ろすと、ガラスがぶつかる音が鳴った。それと同時に呼吸音が止んで「んん……」とむずがるような声がした。
「ここは……?」
女の子は額に貼っていた冷えピタを剥がしながら上半身を起こした。
「私のバイトしてる甘味処です。開店前なので、今は私しかいませんけど」
女の子はきょろきょろと辺りを見渡している。動くと脇に挟んでいた保冷剤や首に巻いていた濡れタオルが落ちた。顔色は悪いままだが意識が戻ったようで良かった。
「気分はどうですか。たぶん熱中症だと思うんですけど」
「なんで……」
「え」
「なんで助けたんですか」
無垢な声だった。本気で分からない、というように瞳が揺れている。
「あんな灼熱地獄の中で放置はできないですよ」
「赤の他人なのに?」
真剣な顔でそんなことを聞かれても困ってしまう。
「あんなところで倒れたままでいたら死にますよ」
「私のこと知ってたんですか」
「いえ、初対面だと」
「尚更助けるメリットなんかないでしょ。よくお人よしって言われないですか?」
何を言っているんだこの人……。聞けば聞くほど謎だ。あのまま立ち去って、もしもこの人が死んでしまったことが後で分かったら後味が悪いじゃないか。普通に考えてそうじゃないの?
それはさておき、長く話していたら氷が溶けてしまう。わたしは持ってきていたお盆をテーブルの上に置いた。
「何」と言いながら女の子は卓上を凝視している。
削った氷を山盛りに持った皿とスプーン、同じ形の白い陶器の小皿数個を手際よく並べていく。小皿の中にはフルーツのシロップが入っていた。お皿ごとに違うフルーツの果肉が入っている、苺、レモン、キウイ、パイナップル、桃……。どれも手作りのフルーツシロップだ。
女の子は小皿をのぞき込んで目をぱちぱちと瞬かせた。
「これ、よかったらどうぞ。体の中側から冷やした方がいいですから」
「氷……?」
「かき氷です。好きなのをかけて食べてください。わたしは店の準備しているので何かあったら言ってください」
そそくさとお盆を脇に挟んで、畳から下りてスニーカーに履き替えた。厨房の方に戻っていると、聞こえるか聞こえないかの小声で「おいしい……」と聞こえた。独り言のように、思わずあふれ出てしまったという声だった。かき氷はお気に召したらしい。
彼女を店の中に運び込んで寝かせた後、店の固定電話で店主の傘町さんに電話をしていた。傘町さんは白髪のおじいちゃんで、今朝は買い出しに行っていたそうだ。事情を話せば「店の氷を出して構わないよ」と許可をもらえた。
意識が戻って今はかき氷を食べていることを電話で伝えると、傘町さんは「良かったねえ。私ももうすぐ買い出しが終わりそうだよ」と言っていた。電話越しでも良かった良かったと頷いているのが伝わってくる。
よし、傘町さんが帰ってくるまでに飲み物の仕込みは終わらせておこう。
ラテに添える用のホイップクリームを泡立てていると、後ろから声がかかった。
「食べ終わりました?」
女の子はお皿を持って、何かを言いづらそうにしている。
「あ……これのおかわりって……」
お皿を持って目を伏せながら尋ねられて、よっぽど美味しかったんだろうな、と思った。
「ちょっと待っててください」
彼女の持っていたすりガラスの器を受け取って、削氷機の台に載せた。金属製の台は糸車のように手動で回すタイプで見た目はレトロだが、切れ味はかなり良い。削氷機の上のふたを開けて、冷凍庫から出した円柱状の氷を入れた。かき氷用に店の製氷機で作っている氷だ。ハンドルを回すと刃が回転して、しゃりしゃりと氷を落としていく。器の中に氷が溜まっていくのを、その子はじいっと見つめていた。さっきまでの失礼な発言が帳消しになりそうなくらい、澄んだ目をしていた。
結局その子はかき氷を3杯完食した。その薄いお腹にそんなに入るものかと思ったけれど、氷はほとんど水だから関係ないみたいだ。
食後に温かいほうじ茶を出しながら「よく食べましたね」と言うと、「おいしかったです。ありがとう」と返ってきた。
素直な声だった。はっと前を向くと、初めて目が合った。白みがかったベージュの髪の毛はふわふわと毛先でゆるくカールしていて、前髪は中央で分けられている。その額には釣り気味な眉毛と、垂れ目の大きな瞳。睫毛もうすいベージュ……ブロンドともいうのか。その睫毛がばさばさと動いて、私のことを見ていた。つい緊張して声が上ずってしまう。
「顔色が戻って何よりです。気づかなかったけど、その制服ってことは」
「
「やっぱり」
浜風女学園は数駅隣にある有名私立女子校で、いわゆるお嬢様学校だ。胸元で結んだ紐状のリボンがトレードマークの制服は街中でもときどき見かける。そうか、あの学校の生徒なんだ。
紺色のプリーツスカートのポケットでスマートフォンが震えた。
「鳴ってますよ」
わたしが言うと、その子はスマートフォンを取り出した。着信画面がちらっと見えてしまった。大きな文字で『
「あー…今日、生徒会の集まりで」
生徒会長から電話が来ていたらしい。「出なくていいんですか」と言い終える前に着信は途絶えてしまった。
「制服ってことはこれから学校ですよね⁉ ごめんなさい、気づかなくて」
「サボるつもりだったんで大丈夫です」
サボるつもりだったって、そんなにあっけらかんと言うものではないんじゃないか。
「電話してくるくらいですし、心配されているのかも」
「この人電話癖があるだけなんで」
「電話癖ってそれだけ遅刻しているということなんじゃ……」
「学校には行くのでお構いなく」
そう言いながら、スクールバッグを肩にかけた。鞄は中に物が入っていなさそうなくらいぺたんこだ。その中から白色の革製カードケースを取り出した。小ぶりだが、おそらく高いブランドのものだろう。
「いくらですか」
「何の」
「今日のお代」
財布のチャックを開けて出てきたのはクレジットカードだ。黒色でつやつやしている。バイトのレジでカードは見慣れている方だが、見たことがない種類のカードだった。
「いやいや気にしないでください!賄いみたいなものなんで」
さすがにお代をいただくのはまずい。わたしもアルバイトだし、店主の傘町さんには許可も取れている。そのことを説明しても、彼女は財布を仕舞わない。
「ああそうだ。うちの店、かき氷以外も美味しいんですよ。あんみつとか、カステラとか……しょっぱい系のお団子もあるんです。……だから、また来てください」
言葉をひっこめた気配がした。よし、これで納得してくれたかな。そう思ったとき、自分の両腕が勝手に胸元に持ち上げられた。一拍おいて、両手を握られていることに気づいた。
「
「はい⁉」
急に名前を呼ばれてびっくりした。名札を付けているから分かったのか。というか距離が近い! あと数センチで額がくっついてしまいそうだ。
「私、
「ひの、さん……」
「また来ます、必ず」
両手を強くぎゅっと握られて、わたしは曖昧にうなずいてしまった。
なんだか可愛いと思ってしまった。
わたしと年齢はさして離れていないはずだが、このビジュアルが最強なのにコミュニケーションがたどたどしい飛野麗という人が幼い少女のように可愛く思えてしまった。
「またお待ちしていますね」
可愛い、という照れにも似た感情が、自然と声にも滲んでいた。
・
自転車を停めて籠をのぞき込んだ。ビニール袋の中に牛乳パック5本が並んでいる。店の牛乳が切れてしまったので買い出しを頼まれ、近くのスーパーで買ってきたのだ。片道15分とはいえ、この炎天下ではすぐに傷んでしまいそうだ。
傘町さんから借りたママチャリはかなり古く、漕ぐたびにぎしぎしと音がしていた。あの人は優しくて大らかなんだけど、いささか大らかすぎるところがある。今度自転車屋に持って行ってあげようかな。滑車の部分に油をさしてもらった方がいい。
傘屋のバッグヤードに入るための裏口の扉は店頭の扉よりも簡素で、丸いドアノブがついている。
両手にビニール袋を持って扉を背中で押し開けて入った。事務所と言っても2.5畳ほどの空間は狭く、事務用机と備品の入った戸棚を置いているためほとんど足場はない。
「買ってきましたー」
厨房に繋がるドアを薄く開けて声をかけるが、返事はない。傘町さんはフロアに出て配膳しているようだ。厨房に入って冷蔵庫に牛乳を補充し終えると「おかえりなさい」と声がかかった。
「レシートとお釣銭はデスクに置いておきましたから」
「どうもどうも。まさか団体様で一気に抹茶ラテが15杯も出るとはねぇ。雨宮さんが良いタイミングで来てくれて助かったよ」
傘町さんはデスクに視線をやってからわたしの方を見た。傘町さんは七三分けの白髪を上品に撫でつけ、黒色のべっ甲眼鏡が良く似合っている。いつものスタイルだ。眼鏡の奥で、眦に皺を寄せてニコニコしている気がする。
「どうかしました?」
「あのお嬢さん、今日も来てるよ」
お嬢さんとは飛野麗のことだ。あれから飛野さんは頻繁に傘屋に来てくれていたようだが、いつもタイミングが合わなくて会えていなかった。傘町さんは飛野さんが来ていたという話をしてくれる。容姿が目立つので覚えやすいのだろう。
「まだ学校終わってない時間ですよね」
以前話したときも学校をサボろうとしていたと話していた。まさかサボって傘屋に来ている……? 疑いの視線をフロアに向けていると傘町さんが「夏休みかねえ」と呑気な声で言った。
「ああそっか、もうそんな時期……」
横目で事務所に掛けてあるA4カレンダーを見たら、海の写真が大きく載っていた。湘南の海岸だ。夏の濃い青空と、幼いころから見慣れた砂浜と江の島の灯台のシルエットがインクたっぷりに印刷されている。カレンダーの数字の下には商店街の名前が見えた。地元の商店街が配っているらしい。もう7月下旬とは、時間が流れるのは早い。
傘町さんは注文が入ったようで、フロアに戻っていった。
事務所に更衣室はない。簡易的な着替えスペースとして絨毯が敷かれており、一角だけ天井に通したレールに繋いだカーテンを閉められるようになっている。サンダルを脱いで絨毯に上がり、カーテンの中で靴下を履いた。汗拭きシートで首や背中、脇の汗を拭うと幾分か汗を吸い取れてスッキリした。石鹸の匂いの水色のパッケージを私物のエコバッグに戻しながら自分の匂いを確かめる。多分大丈夫だろう。
傘屋の制服は、上は料亭風の作務衣で下はズボンだ。作務衣は着物のような重ね衿風のデザインになっている。布は深紅色で襟の部分だけ白色にパイピングされている。ウエストのあたりに付いている紐を結ぶだけで簡単に着用できて便利だ。
エプロンは黒色で腰に結びつけるタイプだ。後ろ手で腰に紐を回しつけ、お臍の下あたりでリボン結びをすることになっている。
髪の毛を低めの位置で一つに結い、お団子の形に整えていく。髪はいつもは割と適当なのだが、今日はいつもよりも丁寧にコームで梳かして、いつもの1.5倍くらいの時間をかけて仕上げた。いつもが速すぎるだけなのだが、飛野さんに会うために気合が入っているみたいで自分でも恥ずかしくなって、化粧直しまではしなかった。
念入りに手を消毒してからフロアに出ると、飛野さんのお会計が終わったタイミングだった。今日は制服ではなくラフなTシャツを着ている。
「ごちそうさまでした」
レシートを持った手を上げてこっちに笑いかけてくる。
「来てたんですね」
「また来て良いって言ってたから」
プラチナブロンドの髪を揺らしてこちらに近づいてきながら言う。餌付けされた猫が喋っているみたいだな、と思った。
「来ちゃ駄目でした?」
顔をのぞき込まれて、違和感を覚える。こんなことを言うタイプだったっけ?
「全然駄目じゃないです、けど」
「じゃあ良くない?」
「結構通ってくれているみたいですけど、無理しなくていいですよ。もしわたしが言ったことを守ろうとしてくれているんだったら、もう十分……」
頻繁に通うとなるとお金もかかる。あの日のかき氷の代わりにまた来てくださいね、という言葉を真に受けているなら申し訳ないと思った。
「そうじゃなくて! ずっと年上だと思ってたけど、私たち同い年なんだよね」
「……同い年?」
「私も高2」
「も? なんで私の歳を知ってるんですか」
「あそこの爺さんが言ってた」
「爺さんって」
細い人差し指がピンと立てられて、指した方を目で追うと、カウンターで傘町さんがコーヒーカップを磨いていた。傘町さんを爺さんと呼ばないでほしい。たしかにおじいさんと言って過言ではない年齢ではあるけれども。この子、意外と口が悪いな⁉ もしかして借りてきた猫を演じていただけなのかもしれない。顔が恐ろしいほど綺麗だから気づかなかった。
「爺さんご馳走様~」と飛野さんが手をパーにしてひらひらと振る。
傘町さんは布巾を持っていた手を上げて「ごめんね雨宮さん。そのお嬢さんがどうしても気になるって言うから」と困ったように笑った。
そうなの?と首をひねって飛野さんを見ると、にこりと微笑んでいた。
「この店の常連さんは年寄りが多いからねえ。歳の近い二人ならお友達になれそうだと思ったんだが、お節介だったかね」
「いえ、そんな……」
「じゃあいいってこと?」
きらきらとした笑顔は暴力的だ。う、顔がいい。そんなに大きな瞳をさらに大きくして見つめないでほしい。
「ね、いいってこと?」
「……わかった、わかったから。飛野さん、でしたっけ」
「麗って呼んで。下の名前」
「……れい?」
「うん。椿、照れてるの?」
照れてなんかいない……!! ただ、家族以外の人に下の名前で呼び捨てにされるのも呼び捨てにするのも慣れていないだけ。そう言いたいのに言葉が出なかった。
傘町さんは私の下の名前まで麗に教えたらしい。さては私がいない間にけっこう喋っているな……?
「明日も来ていい? というかシフト教えてよ。椿いないと意味ないし」
呼び捨てに抵抗がない感じが自分との違いを際立てていて恥ずかしい。
「シフトは傘町さんに聞いて」
「は~い」
調子が狂う。偶然助けた女の子が顔がドタイプで、友達(?)になってしまった。傘町さんは少し離れたところでこっちを見守っていて、麗は「いえーい」とピースサインを送っていた。
麗は最初の印象は無愛想で不器用そうな感じだったが、警戒心が解けると明るいタイプなのかもしれない。少なくとも熱中症で倒れたときのしおらしさは本調子ではないからだったみたいだ。
「またね、椿」と麗が引き戸を開けると蝉時雨が降ってきた。がやがやとした音が騒がしく、入ってくる風は熱気を帯びている。これから本格的に夏が到来することを予感させる。
「うん。ま、またね」
おずおずと片手を上げて振る。扉が閉まると唐突に静かになった。
「はぁ…………」
思わず溜息が零れる。
夏の始まった日を明確に定義するのは難しいけれど、わたしの17歳の夏は麗との出会いによって始まった。
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