第8章

1.お披露目会



 早く終わってくれないかなぁ。



 痛みを覚え始めた頬の筋肉を懸命に持ち上げながら、心底思う。




「いや、実に素晴らしい。この若さであれほどの筆力を持ち合わせているだなんて。流石はエドゥアール先生の甥御さんだ。あの繊細なタッチに、血を感じずにはいられないよ」

「初めて見た時は、本当に驚いた。同じモデルを使っているのに、ここまで印象を変えて描くだなんて。プロでもそう簡単には出来ないだろう。君の観察眼は驚異的だ。今後が楽しみで仕方ない」

「聞いたよ、サロンでの一件を。大変だったね。その後、変わりはないかい? もし何か困ったことがあれば、いつでも相談してくれたまえ。未来の巨匠を守る為、出来る限り力になろう」



 かわるがわる話し掛けてくる、明らかに上流な階級の方々。貴族以外もいらっしゃるらしいが、そういう人も政治家やら弁護士やらの高給取りばかり。己の場違い感が否めなさすぎて、非常に辛い。



 けれど、ここで笑顔を崩すわけにはいかない。



 僕の態度一つで、折角この場を設けてくれたパウル子爵に、恥をかかせてしまうのだ。恩を仇で返すような真似だけは、絶対に避けなければならない。



 そう気合を入れ直し、僕は子爵邸にあるコレクションルームへ集う皆さんと向き合った。


「ありがとうございます」

「お褒め頂き光栄です」

「これからも精進して参ります」


 を駆使し、どうにかこうにかその場をしのいでいく。




「やぁ、お疲れ様、イレちゃん」



 お客様の襲来もある程度落ち着いた頃、エドゥアール叔父さんがやってきた。いつもより洒落た格好をして、でもいつものようにのんびりとした顔で、僕へ手を挙げる。



「お疲れ様……死ぬ……」

「あはは。まぁ、最初は皆そう思うよ。でもその内慣れるから。大丈夫大丈夫」

「……そう思うなら、せめて慣れるまで近くにいてよ。僕の保護者としてきているのに、なんでどっか行っちゃうのさ」

「いやー、その件に関しては悪いと思ったんだけどね? ほら、僕にも付き合いっていうものがあるから。ご挨拶に行かないと、色々と不味いでしょう?」



 眉を垂らしているわりに悪びれる様子もなく、叔父さんは笑う。




「皆さん、凄く驚いていらっしゃったよ。まさか、史上最年少で最優秀賞を獲得しちゃうだなんてって。しかも、優秀賞にまで入選するもんだから、末恐ろしい才能だって口を揃えておっしゃってさ。ついでに、二枚ともパウル子爵が買い上げたっていうのもあって、余計話題になっているみたいだよ」



 と、叔父さんは、このコレクションルームで一番人が集まっている場所を振り返った。



『夜の女神』と『春の女神』が、並べて飾られている。



「だから皆さん、イレちゃんと話したいんだよ。一体どんな子なのか、どうやって描いたのか、何かコツはあるのかって。僕も色々聞かれたよ。どうやって育てたんだとか、昔から絵は得意だったのかとか。中には、自分の子供も弟子にして欲しいって言う方もいらっしゃったなぁ。

 イレちゃんが最優秀賞を取ったもんだから、師匠の僕も注目されちゃってさ。あんな優秀な弟子を育てて凄いですねー、なんて言われちゃって。絵の注文もいくつか頂いたし、今度個展を開かないか、とまで言って下さる方もいてさぁ。いやー、参ったよ」



 そう言いつつ、叔父さんは満更でもない顔で頭をかく。



 ……なんか、イラっときた。




「……『叔父さんが僕を放って一人楽しんでいた』って、後で母さんに言いつけてやる……」

「え、ちょ、止めてよイレちゃん。ごめんって。僕が悪かったよ。だからお姉ちゃんには言わないで」



 エドゥアール叔父さんは、妙に必死な笑みを浮かべながら、僕のご機嫌取りに励む。傍から見れば、ただの仲良しな叔父と甥にしか見えないだろう。




「ほら、ほらイレちゃん。ミケランジェロ侯爵達がいらっしゃったよ。兎愛好倶楽部の皆様も、イレちゃんの絵を見に来て下さったよ。ここは一つ、挨拶がてら気分を変えてみたらどうかな? 気心知れた方々となら、きっと楽しくお話出来るよ」



 ね、ね、と僕の肩を揉む叔父さん。ちらりと見れば、若干冷や汗をかいている。そんなに母さんへ告げ口されたくないのだろうか。されたくないんだろうなぁ。僕だって、エドゥアール叔父さんと同じ立場だったら全力で回避するもの。



 仕方ない。僕は溜息を吐き、笑顔を作る。

 そうして叔父さんと共に、迷惑を掛けないタイプの変態集団、もとい、兎愛好倶楽部の会員一同の元へと向かった。



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