1‐2.絵画コンクール
「あぁ、はい。美術部の部長から聞きました。締切は、確か二か月後でしたよね」
「イレールさんは、コンクールに参加されるのですか?」
「そのつもりです。でも、まだ何を描こうか決まっていなくて」
「題材は大切ですものね。悩んでしまうのも当然です」
リザさんは、胸ごと深く首を上下させる。
「個人的な好みとしましては、イレールさんには、是非とも幻想画を描いて頂きたいですわ」
「幻想画ですか?」
「えぇ。以前、イレールさんが描かれた妖精の絵を、たまたま見る機会がございましたの。鈴蘭が咲き誇る夜の野原で、妖精達が自由に遊び回る姿はとても美しく、可憐で、もう本当に感動しましたわ」
「……え、もしかして、小学六年生の時にコンクールに出した、『鈴蘭の妖精』のことですか?」
「えぇ、そうですっ。わたくし、当時はお父様に連れられて会場を訪れたのですが、あれほど一つの作品の前で立ち尽くしたのは、生まれて初めてでした。流石は審査委員長特別賞を受賞した作品だと、それはもう胸が震えたものです」
ちょっと、驚いた。
まさか、四年も前の絵を覚えてくれているだなんて。
「その後も、イレールさんの作品は度々拝見させて頂きました。比較的神話画が多い印象を受けますが、神話がお好きなのですか?」
「まぁ、そうですね」
裸婦を描く口実になるので、大好きです。
でも、そんな本音は口が裂けても言えないので、表向きな理由を述べておく。
「好き、というのも、ありますけど……単純に、風景画や静止画だと、まず勝てない人がいますから。だから、別のところで勝負をしていた、というのも、理由の一つですね」
「あ……そう、でしたか」
リザさんの顔が、僅かに曇る。僕が誰を指して言ったのか、察したようだ。
男爵子息の、フェルディナンさん。
植物を描かせたら、同年代ではまず右に出る者はいないと言われている人物だ。
そして、リザさんが校舎裏にくる原因を作った張本人でもある。
僕のことを知っているのだから、当然フェルディナンさんの絵も知っているのだろう。彼もコンクールの常連だ。美術アカデミー会員の父を持つリザさんが、知らない筈はない。
つと、黙り込んでしまったリザさんを横目で窺う。目を伏せ、若干眉を下げている。心なしか肩を落とし、心なしか、胸もしょんぼりしている気がしなくもない。
「……ですが、まぁ、リザさんがそうおっしゃるなら、今回は幻想画に挑戦してみようかな」
気持ち大きな声で、スケッチブックのページを捲る。
視界の端で、はっとリザさんは顔を上げた。
「幻想画と言えば、妖精、精霊、女神、天使……その辺りですかね?」
「あ、え、えぇ、そうですわね。後、幻獣なども、いるでしょうか」
「幻獣というと、ペガサスとか、ドラゴンとか?」
「えぇ。フェンリルや、ユニコーンも、そうですね」
「あぁ、ユニコーン」
あの角付き馬は、確か処女しか背中に乗せないという変態性を持っていたな。
その性癖が面白くて、いつか描きたいとは思っていたが、しかし。流石に大勢の人目に付くコンクールで、そんな下ネタを題材に選ぶのは不味かろう。
「じゃあ、まずは幻想世界の生き物について、色々と調べてみます。その上で題材とか構図とか、決めていけばいいかな」
と、頭の中で日程を確認していたら。
「あの、イレールさん」
おずおずと、リザさんが手を挙げる。
「もし、よろしければ、なのですが……我が家にある絵画作品を、見にいらっしゃいませんか?」
え? と振り返れば、リザさんはもじもじと胸元で指を弄る。
「わたくしのお父様がアカデミー会員であるとは、ご存じですよね?
お父様は日頃から、気に入った作品や才能を感じた画家の作品を、買い集めているのです。そのコレクションが、我が家には多数ございますの。勿論、幻想画も。なので、もしよろしければ、ご覧になりませんか? 著名な方々の作品は、きっと参考になるかと思うのですが……」
どうでしょう、とこちらを上目で見た。思わずリザさんの胸へ焦点を合わせそうになるのを堪え、僕は口を開く。
「それは、とても嬉しいですけど、いいんですか? 僕なんかが」
「なんかなどとおっしゃらないで下さい。わたくしの方から誘っているのですから。それに、実を申しますと、イレールさんを我が家へ招待するよう、母から言われておりましたの」
その言葉に、ぎょっと目を丸くする。
リザさんのお母様からの呼び出しって……。
「……僕、何かしてしまいましたか……?」
「あぁ、申し訳ございません。言葉が足りなかったですわね。別に、イレールさんを責める為ではありませんのよ。寧ろ、その逆の意味でのお誘いですので、どうぞご安心を」
「逆……」
「えぇ。何度も申しておりますが、わたくし、イレールさんには大変感謝しておりますの。一時期は学校へ行くのがとても苦痛でした。ですが、こちらでイレールさんと出会い、猫ちゃん達と戯れているお蔭で、毎日が楽しいのです。
そんなわたくしの様子を、母はとても喜んでくれました。笑顔の理由を聞かれたので答えたところ、お礼をしたいから一度連れていらっしゃいと、そう申しておりまして」
な、成程。そういうことか。
良かった。てっきり、僕の邪な視線に気付いたリザさんが、お母様に訴えた結果、子爵夫人直々に叱咤される、みたいな展開が待っているのかと思った。
「ですが、僕は平民です。貴族のお家に伺えるような生まれではありません」
「これは、わたくしの我儘ですわ。わたくしがいらっしゃって頂きたくて、申し出ているのです。身分など気になさらないで下さい」
と、不意にリザさんは眉を下げ、困ったように微笑んだ。
「ですが……無理にとは、申しませんわ。イレールさんのご都合もあるかと思いますので、もし先約があるのでしたら……」
二・三瞬いた目を、そっと伏せる。そうして、弄っていた指を握り、引き寄せた。
その拍子に、たわわな胸が、むぎゅっと潰れる。
「遠慮なく断って下さって、結構ですので」
「眼福ですね」
「え?」
「あ、いえ」
咳払いし、にやけそうな表情を取り繕う。
「では、お言葉に甘えても、よろしいですか?」
リザさんの顔が、ぱっと華やいだ。
「はいっ、勿論でございますわっ」
綻ぶ頬。組まれる手。そしてはしゃぐ胸。
うーん、眼福。
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