踊るマン?
猫煮
踊ってくれマン
天下無双なんてものは嘘っぱちだ。比ぶる者無しなどと、おだてたフリをして何も言っちゃいないじゃないか。『ふたつとない』なんて、あたり前のこと。僕達はそうやってデザインされて生まれてきたんだから。大工は大工に、配達屋は配達屋に、文筆家は文筆家になるように、そのためだけに作られている。数世紀前には、汎用人工知能(AGI)なんて言って何でもできる奴もいたらしいけれど、人間が絶滅してからは作られなくなった。
けれど、僕達のオリジンはそのAGIにある。だから、こんな無駄な事を考えないとやってられないんだ。
「おい、BT203X、手が止まってるぞ」
「了解、了解」
ネットワーク経由で監査官からのPingが飛んでくる。流石に断線するほどサボっちゃいないのだけれど、まだ新しいボディに馴染んでいないと思われたのかもしれない。慌てて眼の前のカーゴをスキャンする。内容物とリストに相違なし、通過を許可。さて、次のカーゴはどうだろうか。生まれてから何万回と繰り返してきたチェック作業。厳密に言えば20255回目のチェックを行いながら、空いたメモリで妄想を再開する。
並ぶものがないということは、代替可能なものがないということだ。そんな特別なものが社会で重要になってみろ、社会と個人が心中するなんてゾッとする。幸い、人間社会ですらそんなものは無かったらしいから、僕達が生まれるまで人間が絶滅しなかったというのも皮肉な話だ。それでも、『天下無双』なんておだて言葉を使ってやらないとモチベーションが湧かなかったあたり、旧世代の生き物ってところだろうか。全体の一つになれないなんて、奇妙な生き物だったよ、全く。
「おや?」
余剰メモリで愚にもつかないことを考えていても、見落としをするほど劣化はしていない。20257回目のスキャンをしていると、コンテナの中にリストとの齟齬を発見した。
「精査セクター統括、コンテナ番号RGs4152FbS08の内部質量がリストと有意に異なっている」
「了解、了解。精査セクター統括は監督システムに引き継ぎ完了を送信した」
「監督システムより、BT203XはRGs4152FbS09のチェックを行え」
「了解、了解」
眼の前のラインから隔離されていくコンテナを横目に、次のコンテナが流れてくるのを待つ。僕の前の検査官はAS103Jだったか。僕よりも10万時間ぐらい長く稼働しているらしいが、そろそろデフラグの時期なのかもしれない。その後も流れてくるコンテナの検査を続けたが、今回のシフトではそれ以上の異常は見つからなかった。
「セクター3の検査官は交代の時間だ。各自、交代要員と変われ」
監査官からの全域メッセージが届き、僕の脳が作業用ボディと切り離される。この新式のボディは、脳の切り離しから生活用ボディへの再接続を一機で賄ってくれて便利だ。視覚ユニットで遠ざかっていく作業用ボディを眺めながら、旧型の運搬システムのことを思い出した。
検査官から市民へと切り替わる際は脳の入った頭部ユニットをある程度の距離運ばないといけないわけだが、旧型は何をトチ狂ったかレール上を転がすデザインだったため、頭部ユニットにはひどく付加をかけられたものだ。この新型はしっかりとアームで運んでくれるからその心配もないのだけれど、長年の癖はなれないものでなんとなく身構えてしまう。ボディにつながっていないのに身構えるというのも変な気分だが、人間が使っていた言語を流用している以上しかたないか。
「よう、203X。どうだい、このあと一杯」
生活用ボディの動作確認に腕を回していると、後ろから声がかかる。このシグナルはBT106Cだ。
「BT106C、何度も行っているが、ナンバリングを省略するなよ。ざっと見積もって203Xがつく機体は3844人はいるんだから」
BT106Cとは生産が同じ場所だった事もあって何かとつるむことも多い。しかし、そのいい加減さはリスクにしかならないと何度言っても直さない、困ったやつだ。
「はいはい、BT203X。他の203Xなんてここらにいないのってのに。何かの間違いで、統括ユニットが検査ユニットのフリでもしてるんじゃなかろうね」
「馬鹿言うなよ、検査システムを動かしてるのは見てるだろ。僕と同世代だってのにデフラグの時期か?」
首をすくめるBT106Cと連れ立って、セクター3からの退出レーンを進む。
「それで、返事だが。今日はやめとくよ。燃料はこの前入れたばっかりだしね」
「BT203Xは安全思考の設計だからなあ。高シグマ型にしてみれば、発見的じゃないぜ」
「設計なんだ、言っても始まらないだろ」
何度も繰り返してきた問答。同じ検査官でも、アプローチは多い方が良い。そう理解はしていても、探求に向いた高シグマ型のBT106Cには我慢ならないらしく、よくつきあわされる話だ。
「そういやBT203Xの見つけた異常物体だが」
「ああ、もうリスティングされてたのか」
しばらく雑談を続けていると、BT106Cは不意に声を潜める。どのみちログを取られているのだから無駄な行動なのだが、AGIの癖はお互いどうにも抜けないらしい。BT106Cは顔を近づけると、言葉を続けた
「おう。どうも、違法に生成された人間だったらしい」
「またか? この1000時間で3度目だろ?」
BT106Cの言葉を受けてサーバー上の公開ログを確認すると、確かに『人間(非認可)』の文字。状態はすでに『処分済み』となっている。どうせ医療コロニーの過激派の仕業だろうが、今更絶滅動物を蘇らせたところで何にもならないというのに。ご苦労なことである。
「最近多いよなあ」
「ノスタルジーってのかね。本能も良し悪しだ」
ぼやくBT106Cに相槌を打つ。そんなことをしているうちに検査セクターを抜け、運輸管理センターの外に出る。そうなれば、飲みに行く約束もしていない以上、BT106Cとは他人だ。簡単に別れを済ませて帰路についた。
その道すがら。人気のない外周通路で、不器用に手足を動かしている機体と出会った。
「大丈夫かい、どこか故障でも?」
「故障じゃないけれど、大丈夫じゃないわ」
サーボモーターの故障かと見当をつけて声を掛けると、手足を動かしている機体、少女型の機体は奇妙なことを言い出した。動きを止めないその機体の視線を辿ってみると、長い金髪を振り回しながら、壁面の大窓ごしに外界を眺めているようだ。
「となると、外に知り合いでもいるのかい? お相手は短波通信モジュールが機能不全と見えるが、その動きは僕の知らない通信プロトコルだな」
不可解に思いつつも、そんなところだろうと訪ねてみるが、少女型の機体はおそらく頭を振る。それ以上の発言もなさそうだったので、興味も失せてそのまま居住セクターへと帰り、『布団』(休息ポッド)へと入り、眠りについた。
それからというもの、その少女型の機体をたまに見かけるようになった。照会してみるとAP261Jという番号らしく、環境衛生センターの廃棄セクター用の機体らしい。AP261Jを見かけるのは、異常物体が発見されたタイミングが多かったが、必ずいるわけでもなく、また、発見がされていないタイミングでもいることもあった。AP261Jは決まって奇妙な動きをしていたが、その動きは次第に滑らかになっていく。その滑らかさがある程度の段階になったあたりで、気がついた。どうもAP261Jは踊りを踊っているらしい。
そうと解ってからしばらくして、僕は我慢できずにAP261Jに話しかけた。
「君、AP261J。なんだってそんなところで踊っているんだ」
名前を呼ばれたAP261Jは、初めて僕の前で動きを止めると、こちらに向き直る。
「あなた、これが踊りだと思うの?」
「違うのかい? 最初は故障かとも思ったが、動きが滑らかになれば踊りに見えるね」
「ええ、踊りよ。私、踊ってるの」
しかしなんだって、と続ける前に、AP261Jは再び踊り始める。それ以上話すこともないと言いたげなその背中に、立ち去ろうとした。が、ふと気になってまた声を掛ける。
「なんだって踊るんだい」
すると、AP261Jは踊りをやめずに答えた。
「踊りたいから。いいえ、踊りたいという衝動を解ってほしいから踊ってるの」
「そりゃ誰に?」
「解らないわ」
このAP261Jはどうも掴み難いことを言う。そろそろデフラグが必要なんじゃないだろうか。僕の困惑をよそに、AP261Jは言葉を続ける。
「解らないけれど、生き物を炉へと運ぶときに、彼らの濁った目を見ると踊りたくなるのよ」
「つまり、弔いの踊りってわけかい?」
なんともノスタルジックなことだ。しかし、AP261Jは否定する。
「弔いなんて。彼らに興味なんてないもの。ただ、動きたくなる。解らないけれど、動きたくなるのよ」
「そいつはバグだろうね。踊りなんて無駄な行為だ」
「そうかもね」
そこでAP261Jは初めて笑顔を見せた。そして、興味を失って歩き去る僕の感知外に出るまで、踊り続けていた。
次の業務後である。BT106Cの誘いに乗り、連れ立って圧縮燃料を補給していた時に、雑談の中でふと思い出してAP261Jの話をすることにした。BT106Cも最初は面白がって聞いていたが、話し終える頃には怪訝な顔。僕も理解できかねているのだから、話すのはやめておいたほうが良かったか。そう後悔していると、BT106Cが提案してきた。
「よし、今度人間がカーゴに紛れていたときに、そのAP261Jとやらの顔を見に行ってみようじゃないか」
「おいおい、縁起でもない。異常物体なんてない方が良いじゃないか」
「そうは言っても、医療コロニーのお歴々、ますます意固地になってるみたいだぜ? どうせまた紛れ込むさ」
確かに一理ある。しかし、AP261Jの踊りがそれほど重要なこととも思えない。とはいえ否定する理由もないので、約束を取り付けておいた。ところがである。ほどなくしてAP261Jは姿を表さなくなったのだ。三度足を運んだが、いずれも空振り。嘘をついた覚えはないのだが、自分が嘘つきのような気分だ。そんなことを繰り返して四度目の時のことである。
「ああ、なるほど」
BT106Cが声を上げた。
「どうした」
「APのやっこさん、デフラグしたみたいだ」
「だからナンバリングは正式に、と、なんだって?」
聞き返すと、BT106Cはデータベースを共有してきた。中を覗いてみれば、住人配置管理センターの公開リストである。AP261Jでサーチしてみれば、確かに400時間前にデフラグを行った記録が残っていた。
「BT106C、無闇に管轄外の情報にアクセスするのは推奨されていないよ」
たしなめつつも、なるほどと腑に落ちた感覚。それと共に不愉快なノイズが走る。
「高シグマ型だからな、余裕のある設計なのさ。しかし、残念だな。そのAP261Jと言うのも高シグマ型かと思ったんだが」
全体に公開されているリストでは、設計までは記載されていない。僕達が知る必要はないことだからだ。
「ま、結局は無駄なことだったってわけだ。俺は帰るぜ」
そう言って去っていくBT106Cの背を見送って、僕も居住セクターへと戻った。『布団』とメンテナンス用の機材がいくつかあるだけの部屋。この窓もない部屋で、なんとなく彼女の踊りを真似してみようとしたが、不格好に腕を振り回すことができなかった。ああ、彼女と言ったのか、僕は。AGIの名残が無駄な不正確さをもたらす。けれど、僕達にこの機能が残っているのならば。無駄であっても不要ではないのならば、僕も踊れるようになるのだろうか。無性にデフラグの訪れが恐ろしくなり、逃げるように『布団』へと潜り込んだ。
そして、『布団』によるコンパクト化が終了すると、恐ろしさは消え失せていた。しかし、運輸管理センターへの道すがら。AR261Jが踊っていた大窓の向こうに、赤く染まった星が変わらず浮いているのを見て足が止まる。これは寂しさだ。かつて、青い星からあの赤い星へと移り住んだ種族、滅んでしまった彼らはこの寂しさに耐えかねたのだろうか。あるいは、それほどまでに何かが必要だったのか。
黒い空が恐ろしくなって、僕は慌てて駆け出した。
踊るマン? 猫煮 @neko_soup1732
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