やっぱりすごいよアレは

白夏緑自

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。しかも、9日連続。

 

 同じ夢を何度も見るのは僕にとって珍しいことではなかった。デジャブというやつかもしれないが、残していたメモを見ると記憶とほぼ同じ内容なので実際のことなのであろう。

 数種類の動画をその時々によって再生しているような感覚に近い。もちろん、眠っているときに見る夢なので僕が意識的に選べるわけでもない。楽しい夢もあれば残酷な夢もある。目覚めたときに虚しくなるのは前者で、安心するのは後者だ。だから、いわゆる悪夢の方が僕は嬉しかったりする。


 9日連続で再生された夢は実にシンプルだ。

 眠っていると違和感を覚え、目をあける。違和感は背中のあたり。寝苦しさを拭えず、起き上がり布団を捲るとそこには大量の色とりどりなシュレッダーごみが敷き詰められていて……。といった内容である。

 虫や不衛生なゴミではないあたりが僕の想像の限界か。あるいは無意識のうちに防衛しているのかもしれない。苦手なジャンルは避けるタイプだ。


 しかし、ここまで連日となると珍しい。

「いや、お前それ環境が悪いよ」

 会社の【シュレッダーごみを誰が片づけるか問題】を喫煙所で議論している流れで、僕の夢について話をすると上司から睡眠環境への指摘が入った。

「はぁ……。そうですかね?」

「だって、お前の今の布団使って何年目?」


「新卒から数えて……5年目ですね。ちょっとカビてます」

「絶対そのせいだろ! 買い替えろ」

「う~ん……別に使ってて困ってないですし……」

 最近PS5を購入したばかりで余計な出費は控えたい。

「実際、困りごと起きてるじゃん。質の悪い、浅い眠りだと夢見るらしいし。睡眠環境から改善していけ」

 ここでお互いの電子タバコが時間切れを告げたので、僕の睡眠環境への追及は切り上げられた。

 たしかに、寝具はお世辞にも良いと言えない。敷布団の下に申し訳程度のマットレスを敷いているのみで、夏も冬も同じ──つまり、薄いきしめんみたいな掛布団で年中過ごしている。


 そろそろ買い替え時か……。なんて考えていると「これ飲んでみろ」と上司からドリンクを渡された。


「なんですか、これ?」

「いいから。これ飲むと睡眠が改善されるんだって。試しに飲んでみろよ」

 こんなもので? 半信半疑だったがありがたく頂戴することにした。

 

 その日の夜。深夜2時。明日も仕事があるからとゲームもそこそこに切り上げて、寝る準備を整える。

「飲んでみるか……」

 冷蔵庫から件のドリンクを取り出し、一気に飲み干す。

 どこか、懐かしい味だった。幼いころは実家の冷蔵庫に常備されていた飲み物に似ている。あのころは飲み過ぎないようにと止められていたが、これはその2本分はあるだろうか。苦ではないが、この量はなかなかにしんどい。ちょっと物足りないぐらいがちょうど良いのかもしれない。


 布団に入り、ダラダラとスマホを見て本を読んで30分ほど経った頃で記憶が落ちる。


「マジか……」

 気が付けば朝だった。アラームの鳴る前に目を覚ますのはいつぶりだろうか。気持ちの良い目覚めを実感している。

 

 いや、それよりも今回は夢を見なかった。昨日まで9日続いた夢も、今まで見た夢も新しい夢も。いずれも再生されなかった。


 それからというもの、僕はあの日上司から勧められたドリンクを愛飲している。近くで売っていないときはわざわざ遠くまで足を伸ばす。

 中毒に近い。中毒になっている。今では、それなしでは眠ることすらできない。

 

 飲めば気持ちよくなれる。深い眠り。まさにこの表現が当て嵌まった体験を得られるドリンク。こんなもの、一時期話題になって品薄になるのも納得だ。



 今では僕が後輩に勧める立場になってしまった。

「やっぱりすごいよ、“Y1000”は」

「ぜったいプラシーボでしょ」

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