壊れたのなら直せばいい-3
私はトライアンドエラーを何度も繰り返し、その間に真田くんは型取り作業の後片付けをする。その後、彼は作業用の理科の実験で使うようなガスコンロでお湯を作り始めた。
「そういう使い方する?」
「ガスコンロには違いない。氷川さんはコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「ええ? えーっとコーヒー」
私は彼の表情を窺い、それから少しだけ考えてから答えた。真田くんは私の答えに笑顔になった。
「それはいいね」
「けど校内で勝手にお茶するなんていいの?」
「先生方にも貸しは作っているのでこれくらいは大目に見られる」
どうやら私の見ていないところで真田くんはいろいろやっていたらしい。
真田くんは沸騰したヤカンでわざわざコーヒー豆を使ってドリップしてくれた。これも紙コップだ。彼の紙コップの使用量は多そうだ。
コーヒーのいい香りがする中、私は自分が満足する配合をようやく見つけた。色と透明度が元の黄色い半透明の珠によく似ている、と思う。残った欠片を照らし合わせても違和感がない。
「よし! できた!」
「じゃあ次はそれを再現できるように反復練習」
「このコーチ、厳しいなあ」
「満足した出来になるかどうかは氷川さん次第のところもあるということを分かって貰いたいな」
「そうね……そうだよね」
私はポケットの中にしまってある髪飾りを思い出す。この髪飾りは私にとってとても大切なものだ。壊れたからといって捨てられない。彼女と会ったとき、この髪飾りを大事にしているところを見せたい。
「うん。何度かやれば再現性が高まると思う」
「結局、なんだって経験値って大切だからね」
その彼の言葉にとても重みを感じる。今日の作業にしても、彼にとっては初めてのことではないのだ。だからよどみなく作業ができる。
「でもね、その貯めた経験値が無駄になることもあるよね」
「そりゃそうだ。でも失敗も経験値になる。だから無駄になったと思っても実は無駄になってないってことはよくある」
「だといいんだけどね」
彼は無数の小さな失敗をしてきたのだろう。真田くんの台詞は彼にとっては真実だろうし、同時に私にとっても真実であって欲しいと願う。甘い考えかもしれないけれど。
真田くんはシュガースティックとミルクを添えてコーヒーを私の前に置いてくれ、私は悩んだ結果、砂糖を入れてからそれをいただいた。その後、メモを整理して、真田くんに見て貰った。感覚的だと言われたが、自分の言葉で記すことも大切だからと言ってくれた。
時計が6時を示し、普通は下校する時刻となった。美術室の美術部員はとうにおらず、私たちは戸締まりをした後、2人揃って昇降口に向かった。
「今日はありがとう。コーヒーごちそうださま」
「どういたしまして。明日も作業だから、時間を空けておいてね」
「もちろん。自分のことだもの」
「みんなそう思ってくれたらいいんだけどね」
その発言を分析すると真田くんに修理を依頼して任せっきりの人もいる、ということになる。私はそんなつもりはない。もしスキルがあるのなら真田くんに任せず自分で直す。残念ながら今までの私の経験では、レジンを使っての修理など到底思いつくことすらできなかった。
「そんな捨てたもんじゃないでしょ」
「委員ちょ……じゃなくて氷川さんはさすがにしっかりしてる」
「褒めても何も出ないぞ」
「別に何かを期待しているわけじゃないよ。ただそう思っただけ」
昇降口で真田くんと別れる。私は小さく手を振って彼を見送り、彼は軽く頭を下げた。彼は自転車置き場に向かい、私は駅まで歩く。
型作りがうまくいって、明日の作業がスムーズにいくといいなと思いつつ歩いていると、後ろに自転車の気配を感じた。振り返ると真田くんが自転車に乗って後ろを走っていて、歩道を歩く私の横まで来た。
「駅まで一緒に行っていい?」
「まだ明るいから心配いらないよ」
「ううん。聞きたいことがあってさ」
「彼氏ならいないよ~~なんて。違うよね? ごめん」
真田くんは露骨に苦笑した。ボケたつもりだったのだが、単に自意識過剰な痛い奴と思われたかもしれない。反省。
「あのヘアクリップを氷川さんが大事にしていて、懸命に直そうとしているのは分かるけど、どうして大事なのかを聞いておきたいと思って」
そうきたか、と私は思う。いつか聞かれるだろうと思っていた。普通の人なら髪飾りが壊れたのなら捨てるだけだ。理由があると考えるのが自然だろう。私は頷いて応える。
「中学の時、友だちから誕生日プレゼントで貰ったものなんだ。彼女はバスケでスポーツ進学して、私はバスケは怪我でリタイヤして今の学校に進学してさ、ほら、スポーツ進学だとメッチャ忙しいんだよね。なのに時間を作って会おうよって言ってくれて……私のことを忘れてなかったことがとっても嬉しかったんだ。だからさ、この髪飾り、毎日つけてるんだって彼女に言いたくって……でも、あの通りでしょう?」
私は苦笑する。自分の運の悪さは相変わらずらしい。
「精一杯がんばるよ」
彼は明らかに笑顔を作ってそう言ってくれた。自分では分からないが、どうやら割と凹んでいるらしい。
「蓮見さんにも事情を聞いたりしたの?」
「彼女は自分から説明してくれた」
「そうかー。私もそうすべきだったか」
「そんなことはないよ。ただ、僕は今回、気になっちゃっただけだから。不思議なんだけど、持ち主が大事にしているものであればあるほど、やっぱり想いを込めて修理しようって気になれるものなんだ。想いを込めると上手くいく」
「そうだといいね」
私は心からそう思う。
「正確にはうまくできるアイデアが浮かぶ、なんだけどね」
「じゃあ、私の髪飾りにもいいアイデア浮かびそう?」
「うん。実はもう大体決めてる」
「今回は説明を求めない。楽しみにさせて貰う」
真田くんは頷いた。
駅の前に到着し、真田くんはトップチューブにまたがって停まり、小さく手を振った。
「じゃあ氷川さん、今日はありがとう」
彼に手間と時間を取らせているのは私の方なのに、お礼を言われるなんて変な感じだ。でも不思議と嬉しく思う。
「私もありがとう。明日もよろしくね」
そして私は自動改札へ歩き、1度振り返る。駅の外にはまだ彼の姿がある。地味な男子だ。クラスの中で彼を目に留める女子はいないかもしれない。仮にいたとして、以前絡みがあった蓮見さんくらいだろう。私が2人目になってもいいかな、と思いつつ、手を大きく振って私は自動改札をくぐった。
クラスの男子とのこういう関係は悪くないと思う。もちろん修理を頼んでいる以上イニシアチブは彼にあるが、それでも彼は自分に何かをさせようとしている。それは自分も修理する過程に加わったという自覚とそれに伴う満足感を覚えて欲しいからではないかと思う。残念ながらそこまではいっていないが、真田くんとの距離感はいいと思う。私が知る主に体育会系の男子とはかなり違う。
電車の中でスマホを確認すると彼女――
〔土曜日、楽しみにしてるぞ〕
〔私もだ。疲れ切って起きられないとかなしにしてくれよな〕
私は柚乃に返す。彼女とは中3の1学期までバスケでコンビを組んでいた。膝の靱帯を傷めて私がもうバスケはできないと医者に言われるまでは一緒にスポーツ進学を目指し、その後はバスケ三昧の高校生活を送る予定だった。あれからちょうど1年くらいになるのか……中学を卒業して、彼女と別れてからは3ヶ月が経つ。
〔どうだ? 彼氏できたか?〕
柚乃が余計なことを言ってくる。
〔うるさいな。この性格なんだからそうそうできるわけないだろ?〕
〔見た目だけはいいのにな〕
〔うっさいわ。だけはないだろ。だけは〕
〔薫が委員長だなんて笑えるし〕
〔マジ余計〕
〔どれくらい変わっているか楽しみにしてるわ〕
〔私もだ〕
やりとりは終わった。
元気にしてくれているといいなと思いながら私はスマホをしまった。
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