壊れたのなら直せばいい-2
翌朝、普通に私は登校し、朝の教室で真田くんにお礼を言った。普段は会話がない真田くんと私が話をしているのを見てクラスの友だちたちは驚いていたが、1人だけ合点がいった顔をしている子がいた。割と仲良しの
「さては委員長、何か壊した?」
「どうして分かるの?」
「それはあたしも真田くんと話したのは靴を直してくれたのが縁だし……」
「真田くん、靴も直すんだ!」
正直、驚きである。彼はいつも教室の隅で静かにしているいわゆる三軍男子だが、こんな特技があったなんて私も人を見る目がないものだ。しかし彼女が靴を直して貰ったからといって、私の髪飾りも上手く直してくれるとは限らない。彼がどんな人間かは私自身の目で確かめたい。まあ、現時点でもいい人だなとは思うけれど。
「そういえばさ、髪飾りがないと委員長って感じがしないね」
蓮見さんに言われ、私はしょんぼりする。
「やっぱり壊れ物ってそれなのか」
「無事直ることをちょっと期待してます」
そんな会話をしたあとすぐにHRが始まり、その後、授業となる。放課後が待ち遠しいが、授業はしっかりと受ける。授業時間にしっかり勉強しないと放課後も自主的に勉強しないとならないから時間がもったいないのである。
さて、無事に放課後になり、私は美術準備室の前に立つ。
美術室には美術部員が何人か来ており、デッサンをしていたが、その中に真田くんの姿はなかった。やはり美術準備室にいるらしい。
私はノックしてから美術準備室の扉を開ける。中にはデッサン用の石膏像が並んでいるが、PCや旋盤台、そのほか電動工具なども揃っている。ちょっとした工房という感じだ。
真田くんは窓際のテーブルでPCをイジっていたが私に気付いて振り返った。
「委員長、いらっしゃい」
「確かにクラスでは委員長だけど、私には
「女子の名前呼びはハードルが高いです」
「では氷川で」
真田くんは頷いた。私は昨日ティッシュペーパーにくるんで持って帰った珠の欠片を彼に渡す。彼は作業用のカッターマットの上にそれを載せ、ノギスで径を計測する。
「髪飾りの方も貸してくれる?」
「うん」
私はカバンの中から小物入れを取り出し、髪飾りを摘んで彼に手渡す。取れてしまった部分には接着剤の跡が残っているから一目瞭然だ。彼はそっちもノギスで計測し、メモする。彼は思いついたようにもう一度ノギスで割れた珠を挟むと今度は私に持たせた。
「画像撮るからなるべく揺らさないで」
「分かった」
彼は私が手にしたノギスに挟まった珠を正面から撮影した。そして撮影した画像をPCに取り込み、描画アプリで円を描き、拡大した珠と重ねた。
「何してるの?」
「氷川さんも座って」
PCに座る彼の脇に木の角椅子が置かれていた。私のために用意してくれてあったらしい。私はおずおずと座り、PCの液晶モニターをのぞき込む。
「Rを合わせて、実際にどのくらい欠けているか確認しようと思って」
「なるほど」
「残っているところだけだと正確な直径は分からない。だから推測でもデータはあった方がいい」
私は頷く。説明されれば考え方は分かるが、それを当たり前に実行するのがすごいと思う。この手の修復作業に慣れていなかったら思いつかないのではないだろうか。
「昨日の夜に調べたんだけど、こういうパーツ類はだいたいミリ単位で売られているんだけどやっぱり厳密にミリではなくて、コンマ数ミリの公差があることを謳っているのが大半だったから、実際に調べてみないとね」
真田くんは描画アプリの円の大きさを少しづつ変えて、ぴったり円の弧が重なる。半分よりは小さいようだった。
「直径は8ミリ弱といったところかな。幸いほぼ半分残ってる。都合がいい。作業が省けるよ。よかった」
真田くんは電卓を弾き、画像の倍率と描いた円の直径からその数値を導き出したようだ。
「直径がわかったらどうするの?」
「まず方針を決めないとならない」
「方針?」
「昨日も説明したけど、方法は幾つかある」
真田くんは私からノギスを受け取り、珠の欠片をカッターマットの上に載せた。
「1つはこの大きさと色味を再現した珠をレジンで作って磨く。これが1番楽かな。2つめはこの欠片を活かして、なくなった部分だけをレジンで作って接着する。3つめは残りの欠片も可能な限り接着して足りない部分をレジンで埋める。これは正直、屈折率とか何それ状態になるからかなり見た目も変わると思う」
私はその3つの案を考える。まず考えつく。
「1番目はないかな。せっかく半分残ってるし」
「でもくっつけても磨くの大変だし、割れてくっつけた部分の断層は見えてしまうと思うよ」
「磨くのは私がやるよ」
「それは最初からそうしてもらうつもりだった。もちろんやり方は教えるけど」
なるほど。女子に貸しを作るだけにする気はないようだ。その点は好感が持てる。蓮見さんも真田くんのことを悪く思っていない様子だったし。これが計算でやっているのならちょっと危険な人だと思うが、そんな素振りは今のところ見えない。
「だいたいさ、自分で手を動かした方が愛着が湧くと思うんだ」
真田くんは続けて言った。
「落ちたのに気が付かなかったのは自分の責任だしね」
真田くんは頷いた。
「人に頼ってばかりでないのが委員長らしい」
「氷川」
「氷川さんらしい。じゃあ2案と3案、どっちにする?」
「3案は難しいし、見た目的にもあまりよろしくないイメージなので、2案で」
「2案もまあまあ難しいけどね……」
真田くんは棚からケースを持ってきて、中身を私に見せた。大小様々な球体が整理されて入っている。色があるものもないものもあるし、透明なものもそうでないものもある。
「在庫にあればよかったんだけど、残念ながらないので、やっぱり作るしかない」
「わかった。それで私は何をすればいい?」
「今のところ、見てるだけ」
真田くんは適当に球体を取り出し、何個かにノギスを当てて近い直径の球体を選び出した。そして板状の機械の上にシートを敷き、紙粘土を敷き詰める。その上に小さな四角の枠を置き、球体をその真ん中に置くと紙粘土に半分埋め込んだ。そして横に用意してあった紙コップに、四角い缶から透明な液体を注ぐ。デジタル計量器で重さを量ったあと、別の液体も同じように紙コップに注いで計測。慎重に混ぜる。そして混ぜた液体を枠の中に流し込み、それを終えるとドライヤーのような音がする、細長いヒーターらしき道具をあてる。
「何をしてるの?」
「混ぜたときの気泡が上がってくるように温めてる。これをしないと珠に気泡の跡がついてしまうから大事な作業」
「なるほど」
地味な作業だ。細かい気泡はとれなかったが、大きな気泡はだいたい浮かびあがって消えてくれたのでこれで良しとしたらしい。真田くんは言った。
「これで丸1日放置すると固まるんだ」
「結局コレって何をしてるの?」
「球体の型をとってる」
「型を取る……チョコレートを作るときの型枠みたいな感じ? 同じようにその型にまた液体を流し込んで固める?」
「さすが理解が早い。けど、お菓子作りするんだね」
「バレンタインの友チョコよ」
「なんだ……氷川さんからチョコを貰える男子が羨ましいって言おうと思ったのに」
「上手くいったら当然義理チョコくらいはあげるよ。まだ遠い話だけど」
今は6月下旬だ。しかし真田くんはちょこっとだけ微笑んで応えてくれた。
「それはがんばらないとならないな。じゃあ、この間に色の調合をしようか」
「色の調合?」
「今度使うのはUVに反応して固まる素材を使うんだけど、固める前に元の色に近い配合を作らないといけない。これは僕の仕事じゃない。氷川さんのお仕事」
「自信ないなあ」
「トライアンドエラーです。50CCくらいの水にアクリル絵の具を垂らして練習してください」
「美術準備室らしくなってきた。いや、理科準備室?」
真田くんは私の独り言に反応せず、棚からアクリル絵の具の箱を持ってきてくれた。理科の実験で使うメスシリンダーは作業台の上にもう用意されていた。私はそれを使って正確に50CCの水を用意し、残っていた紙コップに入れ、黄色いアクリル絵の具を垂らす。
「どのくらい垂らしたかメモしておいてね。感覚でいいけど再現性があるメモで」
「うう。メモ、大切よね」
真田くんに念を押されなかったら、絶対にメモなんてしていなかった。真田くんが裏紙と鉛筆を持って来てくれた。何から何まで申し訳ない気持ちになる。
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