第1話 壊れたのなら直せばいい

壊れたのなら直せばいい-1

 梅雨の最中の晴れた放課後、私は目を皿のようにして教室の中を幾度も回る。教室から家までの間で落としたのは間違いないが、範囲があまりにも広すぎる。今日1番長い時間を過ごした教室で落ちた可能性が高いと考えて探しているのだが、そうとも限らないのも事実。また、なくしたものは球体だから、目につかないところに転がっていってしまったのかもしれない。


 放課後、エアコンが止まった暑い教室の中、私は大きなため息をついた。どう彼女に説明しよう。じんわりと額に汗が滲む。


「委員長、どうしてこんな時間に教室にいるの?」


 その声に振り返ると教室の入り口に普段あまり話をしないクラスメイトの姿が見えた。そう、確か真田くん、真田さなだかじくん。地味な男子だ。


「……ああ。ちょっと、捜し物」


 私は大したことがないよとアピールしたくて笑顔を作ったが、真田くんは眉を少しひそめた。


「ちょっとには見えなかったけど」


 どうやら私に声をかけるタイミングを見計らっていたらしい。どれくらいの時間見られていたのだろう。恥ずかしい。


「真田くんこそどうしたの?」


「忘れ物をしたんだ」


 彼は帰宅部ではなかったと記憶している。この時間まで部活で残っていたのだろうか。真田くんは教室の中に入ると自分の机の横に引っかけた巾着袋を手にした。


「……さよなら」


「うーん。そんな顔をしている女子を放っておけるほど、僕は心ない人間じゃないんだよな……」


 今の自分はどんな顔をしているのだろう。両の頬に手を当てて唇を噛む。


「自分のことだから人には頼りたくないんだけど……」


「いつも人から頼られている委員長なら、たまには人に頼っても罰は当たらないと思う」


 真田くんは真面目な顔で言った。


「それに捜し物なら1人より2人の方が見つけやすい」


「正論だ」


 私は制服のポケットの中からいつもはつけている髪飾りを取り出し、真田くんに見せる。真田くんは私の前まで来て、髪飾りを見て言った。


「いつも委員長がつけているヘアクリップだね。なんかつけていないからどうしたのかと思っていたけど……ああ。ゴメン。忘れて。あまり話をしない男子のこういう発言って気持ち悪いよね」


「気持ち悪いってことはないけど、よく見ているね」


「委員長のトレードマークだし」


 そういう風に見られていたのか。それを聞くと余計に落ち込んでくる。


「あ、でも、1番大きな珠がないね」


 髪飾りは大小いくつかの色とりどりの珠であしらわれているものだ。クリップのベースは銀製で、上品な作りで結構なお値段がしそうなものだ。


「そうなの。朝、つけたときにはあったんだけど、お昼にトイレの鏡を見て、珠がないことに気が付いて、1度駅まで探しにいって、見つからないから戻ってきたところ」


「そっか。でも教室にはなさそうだね」


「1番長い時間いたから……学校から駅までもよく見て歩いたつもりなんだけど」


 幸いまだ日が長い時期だ。明るい時間はもう少し続く。


「手に取って見てもいい?」


 私は頷き、彼は私の手のひらから髪飾りをとると、つぶさに観察したあと、戻した。


「じゃあもう1度、駅まで戻ってみようか。僕も一緒に歩くよ」


 私は小さく頷いた。私の失せ物なのに彼の時間を割いてしまうのは申し訳ない気がした。それでも私は彼の厚意に甘えることにした。


 私と真田くんは教室を出て、廊下をゆっくり歩き、途中のゴミ箱の中も漁りつつ、昇降口に向かう。


「色は覚えてる?」


「淡い黄色……イエローダイヤモンドみたいな感じ」


「半透明か……プラ整形だろうからレジンかなあ……あ、でもベースは銀だったし、黄水晶の可能性もあるか……直径は?」


「1センチはないなあ」


「なるほどなるほど……」


 真田くんはブツブツ言いながら一緒に歩いてくれる。


 結局、何も見つからないまままた昇降口に来てしまった。ウチのクラスの下駄箱の前で広い視野を心がけて捜すが、やはり見当たらない。真田くんは下駄箱の前に置いてあるプラ製のすのこをめくり、残念そうな顔をした。


「見つかった。でも……」


 すのこの下で彼が見つけてくれた私の失せ物は、珠が半分に欠け、残り半分は粉々になっていた。


「……割れちゃってる」


「水晶かガラスだね。落ちたときというより踏まれてその衝撃で弾かれて下駄箱に当たって割れたってところかな」


 冷静に分析されても割れたものは元には戻らない。私はかなり落ち込んだ。その間に彼は割れた珠を丁寧に拾い集めてくれ、私に見せるように手のひらの上に乗せた。


「……ありがと。無事じゃなかったけどお陰で見つかった」


「大切なものなんだね」


「中学の時の友だちが誕生日プレゼントでくれたものなの。今度久しぶりに会うことになっているから絶対につけていこうと思ってたから……」


「……なるほど」


 あまり共感して貰えていない気がする。むしろ楽しそうな顔までしているように見える。捜すのを手伝ってくれた割にはイヤな奴かもしれない。または自分が見つけたから得意になっているのかも。怒りをぶつけそうになるが、そこは我慢だ。


「300円かな」


「300円?」


「あとは手持ちの材料でなんとかなるけど分量的に300円くらいかなってこと」


「言っている意味が分からない! 説明!」


 私はかなり強い語気で彼に聞く。


「ガラスか水晶で再現するのは時間もお金もかかるけど、似たように見えるものを作ることはそんなに難しくないよ。もちろんそれも時間はかかるけど、ガラスほどじゃない」


「説明! 説明!」


「幸い無事な半分がここにあるから、この大きさで黄色の透明の珠をショップで捜すか、型を取って全部作るか、欠けた半分を補って無事な半面を上に向けてつけるか……手は幾つかある」


「直るってこと?!」


「手間暇かければ直らないものはあんまりない。もちろん強度的に難しい場合とか、カタチだけ直しても意味がない場合もあるから一概には言えないけど」


「そういうの得意系?」


「人よりは得意だと思うよ」


 なるほど。さっきの表情の意味が分かった。彼にとっては珠が割れていることくらいどうってことがないリカバリーが効くことなのだ。むしろ半分は無事だったから再現するのが楽だとすら考えているのかもしれない。


「直してくれる……の?」


 私は少し俯き、その後、上目遣いで彼を見た。彼は困ったように言った。


「うーん。僕に直させてくれる? 委員長が迷惑でなければ」


「是非!」


 私が歓喜の声を上げると真田くんは微笑んだ。


「それくらい元気な方が委員長っぽくていいと思うよ」


「300円? 今いる?」


 彼女のガッカリした顔を見ずに済むのなら、大した出費ではない。


「……それは最低金額だよ。もし水晶やガラスで再現したいならもっとかかるし」


「それでもいいよ」


「彼女と会うのはいつのなの?」


「この週末」


「3日しかないのか……じゃあ代替品を探しに行くより作った方が確実だな」


「確実な方でお願いします」


「作る方だね。分かった。1人だと作業行程的に面倒だし、根気の要る作業もあるから、明日の放課後、空けて置いてね。作業の説明をするから」


「もちろん!!!」


 真田くんはまた微笑んだ。地味な男子だが、今は後光が射して見える。


「委員長は器用そうだから割とスムーズに行きそうな気がする」


「あはは。ごめんね。期待には添えないかもしれない」


「じゃあ、明日の放課後は美術準備室で」


「真田くん、美術部だったんだ?」


「一応ね」


 真田くんは巾着袋を持った方で小さく手を振り、昇降口から去って階段を上っていった。


 髪飾りの珠をなくし、見つかってもそれが割れていたことは不幸な出来事だったに違いない。しかし一緒に捜して見つけてくれたのが修理が得意そうな真田くんだったことはいわゆる不幸中の幸いというものなのだろう。


 私は彼の姿が消えてから、手のひらの上の割れた珠をどうやって持って帰ろうか真剣に考えたのだった。

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