第74話「師弟揃って初恋ブレイカーズ」
「ドラコ、いくよー! パース!」
「よし来た!」
少女の声と共に、白と黒で塗られた革のボールがドラコの元に飛来する。
ドラコはそれを胸で受けて勢いを殺し、足元に転がったところで勢いよく蹴り飛ばした。
ドラコのシュートは狙い過たず2本のポールで形作られたゴールへと突き刺さり、それを見ていた観客からどよめきの声が上がる。
「タイムアップ! 5-4でドラコチームの勝利!」
そこに砂時計を確認していた審判役の少女が、大声を上げて勝敗が決したことを宣言した。
「やったー! 勝ったー!」
「ドラコちゃん、すごいよ! ナイスシュート!」
「やるじゃん!」
チームメイトの少女たちは歓声を上げながらドラコに飛びついていく。
ドラコは人間の子供たちに揉みくちゃにされながらも、ふふんと得意そうに胸を反らした。
「これくらいは当然だね。ま、いいアシストだったと言ってあげるよ」
「ふふっ、相変わらず偉そうだね。でも勝ったんだからいくらえばってもいいよね!」
尊大さを隠そうともしないドラコだが、それでも勝利の決め手となったのは確かなのだ。周囲の子供たちは今日のヒーローを囲み、褒めたたえていた。
「それにしても、この遊び楽しいねえ。サッカーって言うんだっけ?」
「先生はそう言ってたな」
「サッカー、すごく面白いね! これまでチャンバラとか木登りとか、危ない遊びばっかりだったけど、これなら安全だし武術とか学んでなくてもみんなで楽しめるもん!」
そう言って、サウザンドリーブズに暮らす商人の子供はにっこりと笑った。
サウザンドリーブズの子供たちの輪に入るにあたり、ドラコが武器にしたのはサッカーという新しい遊びだった。
正確には雄士が遊び方をドラコに教えたうえで送り出したのだ。
デアボリカの屋敷は富裕層が暮らす高級市街地にあるため、周囲の子供たちも当然のように育ちがいい子供たちばかりなのだが、サッカーという新しい遊びは彼女たちに大変ウケた。
貞操逆転しているこの世界の女児は大体が腕白で、みんな有り余るエネルギーを持て余しているのだが、これまではそれをチャンバラや木登り、鬼ごっこという遊びでしか発散できずにいたのだ。
鬼ごっこはともかく、チャンバラや木登りは普通に怪我人が出て危ない。しかも騎士の子弟はチャンバラが得意でブイブイ言わせていたのだが、武術の心得がない子供にとっては非常にアンフェアだった。ガキ大将気取りで稽古をつけてやるという騎士の子供に、商人などの子供は鬱屈した感情を抱えていたのだ。
そこに現れたのがサッカーという未知の遊びの伝道者たる少女・ドラコである。
この誰でも遊べる安全で、しかも活発に動いてエネルギーを発散できる遊びに、少女たちは瞬く間に夢中になったのだった。
案の定ドラコは「お前たちを子分にしてやる」「新しい遊びを教えてやる」と尊大な物言いをしたので反発を覚える子供もいないわけではなかったが、しかしドラコはサッカーがうまかった。雄士があらかじめテクニックを仕込んでおいたからだ。
きっちりと実績を出したうえで尊大に振る舞うのなら、それはカリスマとなる。ドラコは子供たちの新たなるガキ大将として君臨しつつあった。
ところでドラコは先ほどから少女たちに揉みくちゃにされているのだが、彼女たちに男の子と触れ合っているという意識はない。
何故ならドラコは現在女装しているからである。
ふわふわしたフリルがついたロングスカートに、愛らしいヘッドドレスを被った姿は、誰がどう見ても美少女にしか見えなかった。
この格好をさせたのは雄士だが、別に彼に稚児趣味があるとかではない。ドラコの尻尾と角を隠すために変装をさせようとしたら、こうなってしまっただけなのだ。何しろ尻尾が大きいのでふわふわのスカートを履かせるしかなかったし、角を隠すためには何らかの被り物をさせるしかなかった。
ドラコが元々腰までもあるロングヘアをしている上に、整った顔立ちをしているので、これがとんでもなく似合ってしまっている。
具体的に表現するなら、人形の少女たちがデスゲームで殺し合う大人気漫画に登場する翠の子の格好にそっくり。フランス人形みたいな可愛らしさだった。
なおこのフリフリファッションはデアボリカが子供の頃にアンゼリカの趣味で着せられていたものである。
それを聞いたウルスナは腹がよじれるくらい大爆笑していたが。
それはさておき、この女装が子供たちの輪に入るうえで予想外の効果をもたらしていた。
何しろこの世界で外で遊ぶ子供は女子しかいないのだ。男子は家の中に押し込められ、お人形遊びやおままごとをして遊ぶものなのである。
雄士は子供同士なんだから遊びに混ぜてもらえば勝手に仲良くなれるだろみたいなノープランだったのだが、男の子の姿のままでは敬遠されたことは想像に難くない。
女の子の姿をしていたからこそ、ドラコは少女たちに受け入れられたのだった。
≪説明しよう!
我々の世界の価値観における、「男の子みたいな格好をしている腕白小僧が実は女の子だった」シチュエーションである!
なお、この後ドラコの本来の性別が発覚し、この子供たちは性癖が歪む!≫
そんな未来が待っているとも知らず、少女たちはドラコの傍で無邪気な笑みを浮かべている。
「サッカーなんて遊び、初めて知ったよ。ドラコちゃんの先生って物知りなんだねぇ。このボールもその先生が作らせたんでしょ?」
女の子の一人が物珍しそうにボールをしげしげと眺める。
これは大角ウサギの皮を貼り合わせて作ったものだ。
もちろん雄士もこれを自分で作れるほど器用ではない。どうしたのかというと、デアボリカの子供時代の服をドラコ用に仕立て直すときに、【最高のプレゼン体験】で仕立て屋の脳内にサッカーボールのイメージを送り込んだのである。
構造さえ完璧に伝われば、再現することは決して不可能ではない。
雄士が褒められるのを耳にしたドラコは、胸を張って誇らしそうな顔を浮かべた。
「そうだろ。ボクの先生はすごいんだぞ! 難しい機械の設計図だって書けるし、とっても強いんだ!」
いや、強くはないのだが。いまだに未知の魔封じの術でドラゴンの力を封じたと信じているドラコである。
それにしても、先ほどシュートを褒められたときよりもずっと自慢げな表情だった。雄士本人の前では絶対に見せない顔をしている。
そんな彼の前に、対戦相手のチームリーダーが歩いてくる。
年の頃は10歳ほど。何とも気の強そうな顔つきの少女で、その表情は悔しくて仕方ないということを隠そうともしていなかった。
「随分得意そうね。これで勝ったと思っているの?」
「いや、ボクが勝ったじゃない。何言ってんの?」
きょとんとするドラコに、少女は
「最初の1点は油断があっただけよ! あれがなければロスタイムに持ち込んで、私が勝っていたわ! 貴方が勝ったのはあくまでも油断をついただけ、実力では私が上よ!」
「いや、それ普通に点取られて負けただけじゃん……。というか、ロスタイムになってもボクが勝ってたけど。おとなしく負けを認めなよ、みっともない」
「認めるものか! 私は誉れ高き騎士の血統! このサウザンドリーブズを治めるホットテイスト家の覚えもめでたき、ドラムベアラー家の次女! リンドン・ドラムベアラーなのよ! 貴方のような、どこの馬の骨とも知らない者に負けることなど許されない!」
「はあ」
馬の骨扱いされたドライグの王子は、何とも言いようのない目つきで騎士見習いの少女を見やった。
リンドンはドラコがここにやって来た日から、こうして事あるごとに絡んでくる。
何故ならリンドンこそは、ドラコが来る前にガキ大将としてブイブイ言わせていた当人だからだ。
ドラムベアラー家はホットテイスト家の分家であるため、この都市ではデカい顔をできる血統なのである。さらに持ち前の魔力も高く、幼いころから騎士の嗜みとして武術の心得を授けられてもいるため、チャンバラでは負け知らずだった。
まさに彼女の視点では天下を極めていたといえる。井の中の蛙もいいところなのだが。
しかしそこにドラコがやって来て、あっさりと彼女を子供たちの中心から蹴り出してしまった。リンドンはそれが悔しくてたまらない。
ガキ大将の権力で子供たちにドラコを無視するように仕向けたりもしたのだが、気が付けば一人、また一人とドラコになびいてしまい、彼を囲んでサッカーでワイワイと盛り上がるようになってしまっていた。子供の輪であろうが、世の中の流れというものは存在するのだ。
このままでは自分がマイノリティとしてハブられる側になると悟ったリンドンは、すかさず新しい立ち位置を得た。それがドラコのライバルというポジションだ。
ライバルチームのリーダーとなることで、ドラコに並ぶ子供たちのトップの座を維持したのである。
要するに自分はドラコに勝る人気者になれないと悟ったということでもあるのだが、おかげで彼女はマイノリティになることなく、権勢を維持することに成功した。
さすがは太鼓持ちに特化した騎士、ドラムベアラー家の娘である。人間関係を泳ぎ切ることだけはクッソうまかった。
そんなわけでリンドンがことあるごとにドラコに突っかかるのは自分の権勢を維持するためでもあるのだが、それはそれとしてガキ大将というポジションを自分から奪ったことへの私怨でもあるのだった。
「私はいずれお姉様のような立派な騎士となり、ホットテイスト家に欠かせない柱石となる身なのよ! このサウザンドリーブズで、ホットテイスト家に次ぐ権力者となるのがこの私! それが私の血の宿命! 約束された輝かしい未来なのよ! 貴方もこれ以上私に逆らわない方が身のためよ、身の程を弁えることね!」
「そう……」
自分の血統を誇るリンドンに、ドラコは生返事を返す。
まあ大体の人間は生返事を返さざるを得ないイタい発言ではあるが。
ドラコの口元は苦笑とも苦虫を噛み潰すともとれる、何とも言えない感じに歪んでいた。
それを見とがめたリンドンは、眉を跳ね上げる。小人物であるがゆえに、他人の反応に敏感なのだ。
「何? 何か言いたいことがあるのならはっきり言ったらいかが?」
「いや、お前に言いたいことはないよ。ただ、人からはこう見えているのかと思うと、なんともむず痒くてね……」
そう言いながら、ドラコはぶるっと背中を震わせた。
その発言に侮蔑のニュアンスが含まれていると感じたリンドンが、こめかみに青筋を立てる。
「喧嘩なら買うわよ! 剣で相手をしてあげるわ!」
一瞬で子供たちが顔を引き攣らせ、息を飲む。
ついにガキ大将2人のどちらが上か白黒つけるときが来たのか……!?
もちろんドラコにはそんな喧嘩など買うつもりはない。
そもそもドラコはドラゴンであり、その魔力量は並みの人間など比べものにならない。いかに戦闘に特化した騎士の血統とはいえ、木の棒で殴った程度ではかすり傷さえも負わせることはできないだろう。
だから戦えば必ずドラコが勝つ。
しかしそれと戦っていいのとは別問題だ。雄士と約束した手前、ドラコは自分の正体を子供たちに露見するわけにはいけないし、仲良くしなくてはならない。
別に雄士との約束なんてどうでもいい。たかが人間ごときにナメられるなんて、ドライグのプライドが許さない。軽くぶちのめして、身の程をわからせてやろう。
そうも思うのだが、雄士との約束を破るのがどうにも抵抗があった。この程度の我慢もできないような男だと雄士に思われたくないのだ。
それは奇しくも雄士がドラパパに抱いている感情と同じだった。
しかしまだ幼いドラコは、自分の中の感情をはっきりと理解できずにいた。
とにかく、何か返事をしなくてはいけない。子供たちがじっと自分に視線を向けるのを感じながら、ドラコは……。
「おーい! 差し入れだよー!」
そんな気の抜けた男性の声が響き、緊迫した空気が弛緩する。
少女たちが視線を向ける先では、ニコニコと笑顔を浮かべた一人の黒髪の青年が、大きなバスケットを抱えてこちらに歩いてきていた。
「あっ、ドラコの先生だ……」
「あれが? 初めて見た」
「わぁ、すごい筋肉……!」
少女たちがひそひそと噂するなか、雄士はのんきな顔でドラコの前に歩み寄ってくる。
ドラコは眉をひそめ、ツンっとした顔を自分の師に向けた。
「なんだよ、何しに来たんだ? お前が言う通り、ちゃんと仲良く遊んでるぞ」
「うん、えらいぞ。体を動かしてお腹が減っただろと思ってね、おやつを持ってきたんだ」
そう言いながら、雄士はバスケットを開いた。
同時に中に籠っていた食欲をそそる香りがぷんと周囲に漂う。
「大角ウサギの唐揚げだよ、3キロくらい作って来たからみんなで分けて食べなさい」
「肉……!」
食べ盛りの子供たちが、香り立つニンニクの芳香にごくりと喉を鳴らした。
≪説明しよう!
優しいお姉さんが弟のために差し入れを作って持ってきたシーンである!
我々の世界では普通クッキーなどの女子力が高いものを持ってくるものだが、貞操逆転した世界ではそんななまっちょろいものなどでは反応がイマイチである! 育ち盛りの腕白女子の好物はとにかく肉! 誰も彼も肉食女子しかいないのだ!
ギットギトにニンニクで味付けした揚げたての唐揚げなど、世界で一番好きな食い物と言って過言ではない!≫
「ハフッ!ハフッ!」
「うっめ! うっめ!!」
「にぐぅぅーーーーー!」
我先にバスケットへ手を伸ばし、両手に唐揚げをつかんで頬張る少女たち。その有様は死肉に群がる猛禽の群れのごとき凶暴さだった。
これがみんな顔立ちが整った可愛い女児ばかりなのが凄まじいギャップである。子供の頃から男子と分けて育てられているので、男性の目を意識するという概念がないのだ。本能剥きだしで揚げたての肉を頬張っている。
「どう? おいしいだろ、ドラコ」
「……まあ、悪くないかな」
ドラコは雄士から顔を背けながら、唐揚げをもしゃりと飲み下す。
ぺろっと指についた脂を舐める仕草が、ちょっと名残惜しげだった。
「まだあるよ、いっぱい食べな」
「フン」
ドラコはまたひとつ唐揚げを手に取り、目を細めながら肉を頬張る。
雄士はふふっと微笑みを浮かべ、じっとその場に立ち尽くしているリンドンを見やった。
「君もどうだい。我ながらおいしくできたんだ」
「えっ……わ、私は」
「ドラコの友達なんだろ? 一緒に遊んでくれてありがとう。さ、おひとつどうぞ」
にこっと笑顔を浮かべる雄士に、リンドンは思わず口ごもる。
そんな少女に、雄士はずいっとバスケットを押しやった。
その圧に負けて、リンドンはつい唐揚げを受け取ってしまう。
筋骨たくましい大人の男性というそれだけで、男に免疫にない10歳の少女には強い圧を持つものなのだ。まあこの世界の女性で断るような奴はいないけど。
「あ、おいしい……」
「うん」
思わず素直な感想を漏らしたリンドンに、雄士は笑顔を向けた。
「これからも、うちのドラコと仲良くしてあげてくれな。頼んだぞ」
「なんだよ、余計なこと言うな! もう用事が終わったならさっさと帰れよ!」
「はいはい」
ドラコはムッとした表情で、雄士の背中を押しやる。
雄士は苦笑を浮かべると、バスケットをドラコに渡してその場を去っていった。
≪説明しよう!
自慢のお姉ちゃんが他の男の子に愛想を振りまくのに嫉妬して、「もうお姉ちゃんあっちいって!」とつい憎まれ口を叩きながら追い払ってしまう妹の心境である!≫
悠々と立ち去っていく雄士の背中に、リンドンはぽーっと視線を注いでいた。
よくよく見れば、女の子たちの中にはリンドンと同じように雄士に熱い眼差しを向けている子が何人かいる。
リンドンははぁ、とため息を吐くと、ドラコをちらりと見る。先ほどまでの毒気が完全に抜かれていた。
「……なんだよ」
憮然とした顔で視線を返すドラコに、リンドンは物憂げな顔で呟いた。
「お前の先生、すごいイイ体してるな……。優しいし、料理も上手だし。女の夢を具現化したみたいな男だよな。あんな男と結婚できる女が羨ましいよ」
「ボクの先生をそんな目で見るな!」
こめかみに青筋を立てて、ドラコはギロリとリンドンを見やった。
≪説明しよう!
美人で料理上手なわがままボディの新妻に優しくされて、つい恋心を抱いてしまう近所のオスガキと、そんな姉に色目を使われてブチギレる妹である!
お前ら師弟は一体どれだけの女性の性癖を狂わせれば気が済むんだ?≫
「はぁ。本当に羨ましいよ。私があと5年生まれるのが早ければワンチャンあったかなぁ……いや、無理か」
リンドンはドラコの怒りに晒されながらも、ふうっとため息を吐く。
「まったく、デアボリカ様はいいよなぁ。あんな極上の男を妾にできるんだから」
「…………」
しばしドラコは沈黙した。
言葉の意味が理解できなかったからだ。
やがて1分ほど経って、ドラコは思いっきり顔をしかめた。
「は?」
「いや、だからあの人ってデアボリカ様の妾なんだろ? お屋敷で暮らしてるんだから、それ以外ないじゃないか。みんな噂してるぞ」
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いよいよ書籍化情報もう一段階発表できます。
出版社はGCN文庫様からの発売になります!
書籍化するのは嘘じゃないぞ! 本当だぞ!
イラストレーター様、発売時期はもうしばらくお待ちください!
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