第75話「各々方、討ち入りでござる」

「今日もクエスト達成お疲れ様でしたー!」


「カンパーイ!」


 今日も今日とて、冒険者の酒場にはジョッキを打ち鳴らす陽気な冒険者たちの声が響き渡っている。

 モンスター退治のクエストをこなした彼女たちは、なみなみとジョッキに注がれたビールをゴキゲンに飲み干していた。


「かーっ! キンッキンに冷えてやがる! 最初の一杯はやっぱりコールドビールに限るな!」


「この冷たさが火照った体に沁みるねぇ~!」


 声だけ聴いてるとどこのサラリーマンのオッサンだと思われるかもしれないが、発言しているのは可愛い美少女冒険者です。

 いや、元は美少女だった冒険者というべきか。


 どういうわけか新入りの頃はみんな愛らしい容姿をしているのに、死線を潜り抜けて生還するたびにみんなごつい容姿になっていくのである。ギルド2位のカルラなど身長190センチもあるムキムキの巨女で、左目には戦傷ががっつり刻まれたいかつさなのだが、10代の頃は愛らしいロリ系美少女だった。……と本人は主張している。


 そのカルラはパーティメンバーや舎弟たちに囲まれ、機嫌よくごきゅごきゅと冷たいビールをかっくらっている。


「ぷはぁ! 冷たいビールってのも乙なもんだね。最初にビールを冷やして飲むって聞いたときは何言ってんだと思ったもんだけど、ユージィに勧められて飲んでみたら最初の一杯にはピッタリじゃないか」


 大ブリシャブ帝国には、ビールを冷やして飲むという文化がなかった。ブリシャブ人にとってはビールは常温で楽しむものなのだ。その方が華やかな香りを楽しめるとされている。

 しかし現代日本からやってきた雄士が、ビールを冷やして飲むことを広めた。正確には彼がうまそうに冷えたビールを飲んでいるのを見た冒険者たちが真似してみたところ、好評を得たので酒場のメニューに追加されたのである。


 ちなみにこの酒場の名物料理の白身魚のフライとフライドポテトの盛り合わせも、ユージィが女将に教えたものだ。アミィへの差し入れに度々弁当を作っていたのだが、材料費も調理器具もなかったのでレシピを教えることで謝礼にしていたのである。

 この料理はブリシャブ人の舌に合ったのか、この酒場の名物という枠を超えて、あちこちの酒場で提供されるようになりつつあった。やがて時が経てば、フィッシュアンドチップスという名でブリシャブ人に愛される日が来るのかもしれない。


 他にも現代日本から持ち込まれたレシピの数々が酒場の人気メニューとなっており、おかげで今では冒険者以外の客層も訪れるようになっていた。


 一か月前までは雄士の覗き部屋や、たまに副業として彼がウェイターをすることで客を集めていたところがあったので、雄士が独立することに女将は内心がっかりしていたのだが、今ではウマいメシと冷えたビールで客を集めている。それも雄士が残したレシピあってのものなので、この酒場は彼のおかげで繁盛していると言っていいだろう。


「ユージーといえば変な噂が立ってますけど、姐さんご存じですか?」


「んー? あいつ自身がヘンテコすぎて見当がつかないねえ。どの噂だい?」


「デアボリカがユージーを妾にして、毎晩変態性欲の限りを尽くしているという話です」


 ガァン!とテーブルを叩き壊しそうな勢いで、ジョッキが叩きつけられた。


「あ゛ぁ゛? あのクソアマが何だって?」


 一瞬でビキビキと青黒い血管を浮かべながら、カルラは舎弟を睨みつける。

 その眼力に震えながら、舎弟(花をあしらったシュシュを付けた可愛い女の子)はこわごわと口を開いた。


「そんなに凄まないでくださいよぉ……。なんか高級市街地で、そういう噂が広まってるらしいんです。デアボリカが自分の屋敷にユージーを囲ってるって」


「だが、ユージィの婚約者はアイリーンとウルスナのはずだろ?」


「でもデアボリカの屋敷で暮らしてるのを見たってやつがいるんですよ」


 舎弟の言葉に、ふーむとカルラは唸りながら腕組みをした。


 アイリーンとウルスナが雄士を婿にすることについては許した。以前のやりとりでケジメはついたものと認識している。

 だが、デアボリカが関わってくるなら話は違ってくる。


 そもそも雄士を餌にして、自分たちをいいように踊らせたのはデアボリカだ。その本人には一切責任を取らさずにここまで来ている。

 機会があればなんとしてもボッコボコにしたいと思っているが、デアボリカはギルマスの座を従兄のウェズに明け渡した後、自分の屋敷に引きこもって他人に姿を見せていない。その引きこもりようといったら尋常ではなく、病的なまでの怯えようだった。

 当初は包囲網を敷き、外にいるところを捕まえてボコろうと思っていた冒険者たちも、あまりにも外に出てこないので呆れ返ってしまったほどだ。


 いくら冒険者たちが元は犯罪者スレスレの荒くれ者だったとはいえ、さすがにデアボリカの屋敷に侵入してボコるわけにもいかない。それをすれば本当の犯罪者になってしまう。

 デアボリカはあれでも都市を支配するホットテイスト家の娘だ。迂闊なことはできない。

 私刑にした時点で犯罪だろという話だが、さすがに外にいるところを殴るのと貴族の屋敷に侵入したのでは罪の重さが違う。処刑されても文句は言えない。

 ホットテイスト家という看板が、デアボリカの命を危ないところで救っていた。


 そんなわけでデアボリカへの鬱憤を抱えながらも、最後の一押しとなるきっかけがないため、ギリギリのところで踏みとどまっていた冒険者たち。

 だが、ここでデアボリカが抱える爆弾の導火線に火が点こうとしていた。

 貴方が大切に育て抜いた爆弾よ、おとなしく爆死して!


「どういうことなのかねえ。アイリーンとウルスナはユージィと婚約してる。それは間違いないはずだ。だけど、デアボリカの屋敷に住んでいるというのは……?」


 あの2人が雄士と結婚したという情報は、ギルドの事務員がポロリとこぼしたところから冒険者に広まった。実のところ雄士が女冒険者たちにモテモテなのが気に喰わない男性事務員が、嫌がらせに個人情報を積極的にお漏らししているのだ。以前、ウルスナが引っ越し早々に押しかけて来てアイリーンと修羅場になったのも、こいつの仕業である。

 しかし現在デアボリカの屋敷に住んでいるということは広まっていない。ホットテイスト家が関わることでもあるため、新ギルマスの座に収まったウェズが緘口令を敷いているからだ。さすがに雄士が嫌いだからといって、貴族に歯向かうほど事務員たちも命知らずではない。


 雄士は冒険者たちの間では、現在所在不明ということになっているのだ。


「単純なことだよ、カルラ」


 仲間の魔術士がフライドポテトをぷらぷらと振りながら、意味深な笑みを浮かべた。かつては梅毒に冒されていたその顔は、今は元の美貌を取り戻している。


「ユージィと婚約しているのはアイリーンとウルスナだけじゃない。3人の共有の夫にしている……ということじゃないかな?」


「ってことは……アタシらは、またしても騙されたってことかい?」


 ビキィとカルラの額に浮かぶ血管の数が増える。


 アイリーンとウルスナが雄士と結婚することまではまだ許せる。

 デアボリカが婿を斡旋するという話が立ち消えた以上、誰からのプロポーズを受け入れるかは雄士の自由だ。それが自分たちでなかったのは残念だが、自分からアプローチすることを怠った自分たちが悪いと諦めもつく。


 だがデアボリカが雄士と結ばれることだけは許せない。それだけは認められない。

 自分たちをいいように競わせておいて、約束を反故にしてご褒美をとりあげ、おいしいところだけを自分で独占しようとは。

 仮にデアボリカと雄士の間に愛があろうが関係ない。絶対にブチ壊して破談にする。そうするだけの正当性が自分たちにはあると思っている。


 もしもホットテイスト家から自分たちの罪を問われようと、何としてもデアボリカの屋敷に踏み込んでボコボコにする。たとえ処刑されることになろうが構わない。自分たちの怒りと恨みはそうするだけの根拠がある。造反有理! 革命無罪!


「やりましょう! 姐さん!」


「デアボリカをこれ以上生かしておけない! 今こそ恨みを晴らすときです!」


 ガタッと机を蹴立ててカルラに詰め寄る舎弟たち。

 気が付けば酒場は静まり返り、誰もがカルラのテーブルに視線を向けていた。

 この酒場に集まった誰もが、デアボリカに散々踊らされた身である。恨みは骨髄に達していた。


「いや……まだだ。冷静に判断しよう」


 酒場中の視線が集まっているのを感じながら、カルラは首を横に振った。

 事は非常に重要である。自分たちの命がかかっているのだ。

 もしそれがただの噂話に過ぎず、それを信じてデアボリカの屋敷に踏み入ったとなれば全員無駄死にである。

 いや、別にデアボリカにいいように使われたことへの恨みは晴らせるのだが、それだけでは安い。デアボリカが雄士を無理矢理に婿にして、その逞しい体を毎晩味わっているという事実があってこそ命を張る価値があるのだ。あいつには絶対にそんなおいしい思いをさせない!


 この場にウルスナがいれば、「突き詰めれば喪女の嫉妬じゃねえか」と核心を突いて、場に冷や水をぶっかけただろう。一足先に処女を卒業できたので調子に乗ってやがる。

 しかしここにウルスナはいないので、全員冷静になることはなく、デアボリカへの怒りはヒートアップするばかりであった。


「だって姐さん!」


「カルラ! あたしらはみんな、覚悟はできてる!」


 酒場に集まった冒険者たちの顔を見渡しながら、カルラは黙り込んだ。

 嫉妬のために命をも省みないバカ野郎ども。こいつらの命を、旗頭になる自分が背負うことになる。

 その重みがずっしりとカルラの肩にのしかかっていた。

 あたら若い命をここで散らせるわけにはいかない。こいつらは自分の子供を抱くどころか、膜がまだ残っているのだ。


「まだ噂の裏付けがない。それを確認するまでは……」


「あ、マジでござるよ。ユージィはデアボリカの屋敷に住んでるでござる」


 そんな軽い口調で、元全裸忍者がフライドポテトを口に運びながら頷いた。

 かつては常に全裸で街中を忍んでいたので人前に姿を現せず、ギルドメンバーからも実在を疑われていたジライヤだが、最近は雄士に言われて服を着るようになったのでこうして酒の席にも顔を出すようになっている。


「……マジで?」


「マジマジ、大マジでござる。拙者、デアボリカの屋敷の中で目撃したでござるから」


 こくこくと頷いて金髪のポニーテールを上下させるジライヤに、カルラは疑わし気な視線を向けた。


「だがどうしてお前がデアボリカの屋敷に……?」


「拙者ユージィに言われて服を着るようになってから、ムラムラが抑えられぬのでござる……。なので本人に責任をとってもらおうと、ユージィが外出してるところを見つけて尾行したら、そこがなんとデアボリカの屋敷だったのでござるよ。そこで屋根裏に全裸で忍んで寝姿をオカズにクチュろうとしたらウルスナに見つかって追い出さ」


「わかったもういい、頭がおかしくなる」


 ジライヤの口に白身魚のフライを突っ込んで変態トークを中断させ、カルラは額を押さえた。

 だがこれで裏付けは取れた。

 露出狂の変態の言うことだが、変態性欲が絡んでいるせいで余計に信憑性が増していた。こいつは自分の性癖に嘘をつかないという、嫌な信頼がある。


「……機だ。立つぞ、お前たち!」


「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 カルラの声に呼応して、喪女たちの怒号が酒場に響き渡った。


「仲間を集めろ! ギルドに走れ!」


「討ち入りだ! 各々方、討ち入りでござる!」




 こうして冒険者ギルドの女冒険者たちは徒党を組んでデアボリカの屋敷の前に陣取った。

 命に代えてもデアボリカを誅すると決意した喪女、その数48名。


 カルラは後に残される者を慮って「男を知らぬ者は命を大事にしろ。膜が残っている者は残れ!」と言い渡したのだが、それだけの数が集まった。

 中にはその場で愛剣の柄を使って自分の膜を散らせる者まで出る始末である。


「お前……! 大事にしていた膜を、己で……!」


「デアボリカに一矢報いられるのであれば、本望よ……!」


「その覚悟、受け取った。一緒に来い!」


 そんな悲壮な決意を示す者を見て、女冒険者たちはテンションがブチ上がった。


(……血が出てなかったし、こいつ普段から愛剣の柄でオナニーしてるだけじゃ……?)


 いつも一緒にいる仲間は冷静な目を向けていたが。


「いざ我ら48名、死地に入り戦鬼とならん!」



 しかし高級住宅地に完全武装をした冒険者が50人近くも集まっているとなれば、さすがにそれを阻む者も現れて当然である。


「お前たち、そんな物々しい格好をして何をしている! ただちに武装を解除して解散しろ!」


「衛兵隊! 来るのが早い……!」


 カルラは集まってきた衛兵を見て、歯噛みした。


 このサウザンドリーブズは元荒くれ者の冒険者を多数採用している。

 そうなれば普通は治安が悪化するものだ。素行が悪い者が公権力に近い立ち位置を得れば、思うがままに振る舞って当然。


 しかしそうはなっていない。

 何故ならサウザンドリーブズには元々都市の規模には不相応なほどの練度を持った衛兵隊がいたからだ。冒険者が台頭するまでは近隣のモンスター駆除もこなしていた衛兵たちは、冒険者よりも暴力装置として上位にあたる。


 冒険者たちが頭が上がらないほどの強さを持つ存在、それがサウザンドリーブズ衛兵隊なのだ。

 そしてその中でも別格とされるエースが、衛兵たちを率いて冒険者に対峙している。


 そんなエースに向かって、カルラは声を張り上げた。


「こっちだって引くわけにはいかねえ! アタシたちはこの屋敷に討ち入るだけの理由がある!」


「どんな理由があろうが、そんな無法が許されるわけがないだろう! 散れ、散れ!」


「いいや、押し通るぜ! デアボリカの魔手からユージィを解放するためにな!」


「……何? どういうことだ」


 衛兵隊を率いるエースにしてホットテイスト家の次女であるアミーティアは、カルラの言葉に不審そうに眉をひそめた。



 そして5分後。


「いざ我ら49名、死地に入り戦鬼とならん!」


 増えた。

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