【KAC2025】夢の中ならいくらでも

千石綾子

夢の中ならいくらでも

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 美味しいものをたらふく食べる、そんな夢のような……いや、実際夢なわけだが。とにかく幸せな夢を見るようになった。


 ある時は肉がふたからはみ出るボリュームのソースカツ丼。ある時は肉汁あふれる巨大なステーキ。チョコたっぷりのデカ盛りパフェの時もあった。



「ダイエットのストレスの反動じゃないすか? 我慢しすぎは良くないと思いますけど」


 会社で隣の席の山田は登山や自転車が趣味だ。だからどんなに食べても痩せている。実にうらやまましい。

 いや、運動が大嫌いな俺にはとても真似できないから羨ましくはないか。


「いいじゃない。夢の中なら何を食べてもゼロカロリー、なんでしょ」


 俺が本当に羨ましいのは、この秘書課の涼子だ。フードファイター並の大喰らいだが、かすみとパセリしか食べてません、みたいな顔とスレンダーなボディをしている。生まれつき太らない体質なんだという。実に羨ましい。

 俺は、すっと伸びた涼子の細い腕に目をやって、小さくため息をつく。


「まあなあ、現実がコレじゃなあ」


 俺はカラフルな弁当箱の中身をフォークでつついた。

 中身はチキンサラダだ。

 パプリカとトマトとブロッコリーで彩りは素晴らしいが、所詮はサラダ。腹持ちはすこぶる悪い。メインとなるべき鶏肉はむね肉なので、味わいは非常に、なんというかストイックだ。

 ここまでしていても、なかなか数値は変わらない。やはり運動もしなければならないのだろうか。


「健康診断、明日でしたよね。僕と隣の町までひとっ走りしてきませんか?」

「断る」


 即答ですか、と山田は苦笑いした。


「明日がダメだったら考えてもいい。背に腹は代えられんからな」


 我が社は健康食品を取り扱っている。メタボな社員がいてはイメージが悪い。そのため健康診断でメタボと診断されると、ボーナスが削られることになったのだ。

 家のローンのためにも、明日はいい結果を出さなくてはならない。


 健康診断の前日は早めの夕食をとる。毎日の楽しみである晩酌もなしだ。

 そして決戦の日。当日は朝から水も飲めない。

 

「今日はいい結果が出るといいわね」


 俺を見送る妻の美紗みさは、エプロン姿がよく似合う。共稼ぎだというのに、料理を作るのが趣味である彼女は、いつも美味しい食事をつくってくれる。

 このところ俺の体重が増えたのは、実を言うと彼女の料理が美味しくてつい食べすぎたせいで、所謂いわゆる「幸せ太り」というやつだ。


 健康診断を控えた俺に合わせて、ここ数日はウサギのご飯のような食事を用意してくれている。少し……いや、かなり物足りなさは感じるが、これも健康診断のため。ボーナスのため。


「大丈夫。美紗が毎日ダイエット食作ってくれてたんだから。暴飲暴食は夢の中だけの事さ」


 すると美紗はくすっと笑って小首をかしげた。


「あら、不思議ね。私もここ数日、夢の中でデカ盛りご飯をつくってたわ。あなたがすごく美味しそうに食べる夢をね」


 そこまで言って俺達は顔を見合わせた。


「夢で、俺は昨日は……」

「昨日は私……」


「「山盛りの唐揚げを」」


 二人は蒼ざめた。


「──い、行ってくるよ」

「ええ、気を付けて……」


 あれはただの夢だったのだろうか。

 全て今日の診断結果で明らかになるのだろう。


 それとも俺は隣町にある病院まで、走って行くべきだろうか。

 

 

 

                了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC2025】夢の中ならいくらでも 千石綾子 @sengoku1111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ