第11話

「ウインドフォールってどんなところですか?」

 わたしは話題を変えるべく質問をした。

 すると、エリスさまは苦々しい顔をされた。こんな顔をされるエリスさまは見たことがなかった。


 きっと、こんな風に新たな一面をみつけていくんだろうなって……何いってるんだろうね、わたし。


「ウインドフォールはね……。なんといおうか、伝統と格式を重んじるといおうか」

 これまた珍しく歯切れが悪いエリスさま。

 なんとなくだけど、仲はわるいんだろう。ブレンノールとウインドフォールは。


「気候はどんな感じですか」

 助け舟ってわけじゃないけど、話題を転換してみる。

「ああそうだね、気候か。ブレンノールと同じで、冬は厳しいね。荒野が多いのも同じだけど、ウインドフォールはその名のとおり、風が強く吹くんだ」


「へぇ、風が強いんですね」


「そう。でもウインドフォールも中心地の領主が住む町には近づかないよ。通り抜けるだけだから、そんなに強風にさらされることはないよ」

 そうなんだ。せっかくだからウインドフォールの町も見てみたかったな。


 あ、いけないいけない。また物欲しそうな顔しちゃう。


 お話をしているうちに、どうにか勾配地帯を抜け、だんだんと道がなだらかになってきた。ナイトメアも、少し元気になったみたい。


 今日は小川を見つけて、野営することに決まった。まだ地面はゴツゴツしてて、毛布を敷いたくらいでは身体中が痛くなった。



 次の日はストーンヴェイルと、王都領の間の宿場町に泊まる事ができた。ナイトメアも元気になってよかった。でも、明日も無理させないほうがよさそうかな。


 次の日、朝早く出立したわたしたちは、ウインドフォール領内に入った。エリスさまが、王都領内の端っこを通ると仰っていただけに、いつの間にか入って、いつの間にか抜けていた。あまり王都領という感じがしなかった。


 いつか、エリスさまと王都にいってみたいな。


 そして翌日。わたしたちはウインドフォール領内の街道を行く。


「モルナ、ウインドフォールは南北に伸びている領だから抜けるのに時間がかかるよ」

「そうなんですね」

「寒くなるから、自分やナイトメアの体調に気をつけるんだよ」


 エリスさまのいうとおり、北に向かうにつれて肌寒さを感じるようになる。わたしは外套を着込んで、フードを被った。


 道行けど、特になにも見当たらない荒涼たる原野が広がっている。

 それでも、変わった形の岩や、のうさぎなんかもいて、わたしはキョロキョロしながら進んでいた。

 すると、前方から馬が駆けてきた。黒いフードを被った人物が騎乗していて、男性か女性かもわからない。


「モルナ、道の脇へ」

「は、はい」

 なにか不穏な空気を感じとったのか、エリスさまはわたしをかばうように前にでる。腰のロング・ソードの柄に手をかけている。


 一体なんだ? わたしは戸惑いながら自分の剣を抜けるようにしておく。前方からの馬は、わたしたちの前で速度を緩め、そして止まった。


「何用か!」

 エリスさまが鋭く叫んだ。緊張が走る。


「ウフフ……」

 女性の笑い声がする。おかしくてたまらない、というような声色だ。近くで見るととても大きい黒い馬だった。


「あっ」

 と、エリスさまは短く声を発した。

 心当たりがあるのだろうか。


「フードを取って、顔を見せてください」

 ん、急に丁寧ないい方になったぞ。やっぱり知っている人? でも、エリスさまの声には、『そんなまさか』といったトーンがひそんでいるように思えた。


「いわれなくても取るわよ。わが『妹』よ!」

 そうして、謎の女性はバッ! っと大げさな動作でフードを脱いだ。エリスさまと同じようなつややかな長い黒髪、切れ長の目に整った顔立ちと、かなり美人の部類じゃないか。


「ああ、やはり……」

 エリスさまが絶望したように天を仰ぐ。そして、「姉上」と言ったのだった。




 え、ええー!?


 エリスさまの、お姉さま? ど、どういうこと。ブレンノールはまだ先なのに。


 ど、どうしよう。とりあえず馬から降りようか、と思ったとき、エリスさまの姉上(?)がわたしに言った。


「馬を降りてフードを取りなさいな。礼儀がなっていない娘ね!」


 降りようとしていたところで言われて、ちょっとカチンときた。


 でも、うう、がまんだ。エリスさまのお姉さまなんだから。


 わたしはひらりと馬を降りた。


 そしてフードを取って胸に右手をあて、左手を後ろ腰にあてて深くお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。ソーンヒルより参りました、モルナ・カスウェルト・ソーンヒルです」

 そうしてそのままの体勢で相手の反応を待った。


「ふん、生意気ね。小娘が騎士の真似事なんて」


 くぅぅ。なんでこんなこといわれなきゃいけないんだ! エリスさまのお姉さまだからって!


 でも、これがわたしの信念だ。変えたりするもんか。

「ま、ソーンヒルみたいな田舎の娘じゃ、まともな淑女なんか期待できないわね! 故郷に帰って畑でも耕してなさいな」


 ……………剣抜いていいかな? いいよねぇ?


「姉上! モルナへのこれ以上の侮辱は許しませんよ!」


 エリスさまがわたしのために怒ってくれた!

 それが嬉しかったので、とりあえず剣の柄から手を離してやる。


「あら生意気ね。エリスのくせに」

 だが、このクソ女にはぜんぜん効いていないようだった。

「小娘、おもてをあげなさい」

 わたしは言われたとおり顔を上げた。それはもう、ほとんど睨みつけるような勢いで。


「っ!」

 わたしと目を合わせたクソ女は、わたしから顔を背けた。

 それはまるで、とてもみられた顔じゃないと態度で示されているようで。


 もーーーーーー!!!

 コイツ嫌い!



 そしてクソ女はわたしの顔をチラッと見て、また顔を背ける。

「あの!」

 我慢しきれずわたしは言った。


「モ、モルナ?」

 エリスさまが心配そうな声をだす。でも止まらない。


「いいたいことがおありなら、ハッキリ仰ったらどうですか!」

 クソ女はわたしをキッと睨めつける。


「な、生意気ね……。別にあなたのこと、『か、かわいい、エリスが小さい頃もかわいかったけど、なんというか愛嬌がなかった。でも、山猫ちゃんはなんというか男の子みたいなかわいらしさと、女の子の愛らしさが同居していてずるい』なんて思ってないんだからね!!」


「なんですって?」

 早口で何言ってるかわかんなかった。


「なんでもないわよ!」

 くっそー、なんだこの女!


「姉上、いったいここで何をしておられるのですか?」

 エリスさまが詰問するように言った。


「だから、わたくしは別に、エリスが連れて来ようっていう花嫁がどんなだか誰よりも早く見たくなったわけじゃないから! 違うから!」


 まぁたなんか早口で言ってる。


「まだ花嫁じゃありません!」

 とりあえず、『花嫁』と『見たくなった』だけ聞こえたぞ。


「ああもう、またややこしく……」

 エリスさまは頭を抱えている姿は新鮮だった。それにしてもエリスさま、とんでもないお姉さまがいたもんだ。


「それより! わたしは名乗ったんだからそっちも名乗ってください!」

 侮辱するだけされて、黙ってなんかいるもんか!


「ああ、かわいい……。山猫じゃなくて子犬ちゃんみたい……。とか思ってないわよ! よく聞きなさい、わたしはセレン・ブライズ・ブレンノール。覚えておきなさい」


「忘れません!」

 わたしは咆哮した。がおー!


「と・に・か・く! ブレンノールで待っているわ。せいぜい気をつけて来る事ね!」

 セレン嬢は、不意にわたしに小さな黒い布袋を放ってよこした。つい受け取ってしまう。


「ハァーっ!」

 そして淑女らしからぬ声で身の丈に合わない巨体の馬を操り、風のように去っていった。













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