第12話
一体なんだったんだ、アレ。
「すまない、モルナ。身内の恥をさらしてしまったね……」
エリスさまは、ほんの短時間で憔悴しきっていた。
恐るべし、セレン嬢。
それよりも、最後に投げてよこしたコレ、なんなんだ。
わたしは紐で縛られた小さな袋を開けてみた。
「わっ、わっ」
袋には、ぴかぴか光る金貨が三枚入っていた。
「エッ、エッ、エリスさま! なんですか、これ」
わたしはエリスさまに金貨を見せる。
「うん、金貨だね」
いや、それはわかっていますとも。わからないのが、セレン嬢がなぜこれを投げてよこしたかってことですってば!
「いや、そうじゃなくて。なんですかこれ!」
「金貨じゃないの?」
ああ、だめだ! 意図が通じない!
「エッ、エリスさま! こんな大金持っていたくないです。お渡しします!」
そういってエリスさまに金貨を差し出す。
「え? でもそれは、モルナが姉上からもらったものだから」
「もらう理由がないですってば!」
「路銀にしろってことじゃないの?」
ああもう、どうすりゃいいんだ! わたしの困惑が通じない。
しばらくの押し問答の末、とりあえずエリスさまに管理してもらうことになった。
ちょうどいい場所に宿場町があるのに感心してしまう。ブレンノールへの旅は順調だった。愛馬たちの調子も良いけど、大事にしてあげないと。
そして、ソーンヒルを出発してちょうど十日目。
ついにわたしたちはブレンノールの町に到着したのだった。
寒い。今は春のハズですけど。ブレンノールについてからのわたしの感想はずっとこうだった。
こんな厳しい環境で暮らしていたんだな、エリスさまは。ブレンノールの町は威圧的な石壁で囲われており、まるで要塞そのものだった。石造りの建物が整然と並んでいたいて、確かにソーンヒルヒルよりもずっと発展しているように感じられた。
わたしは大通りをエリスさまと並んでナイトメアを歩かせていた。
「モルナ。この通りをまっすぐ行けば、父上の待つ領主の館だ。この通りは血しぶき通りと言うんだよ」
エリスさまが教えてくれたけど、血しぶきとは穏やかじゃない名前だ。
「なんだかこわい名前ですね」
「ブレンノールの歴史は戦いの歴史。数多くの戦士たちの血によってブレンノールはなりたっているんだ」
そんな話をしていたので、道を行く人々はゴツゴツのゴツい男の人ばかりだと思っていたけど、考えをあらためる。
ゴツい女の人もたくさんいた!
エリスさまの話では、騎士でなくても、身体能力に優れた人物は男女関係なく雇い入れ、戦地へ派遣するのだという。
そういえば、サー・ライラスとはブレンノールの剣術トーナメントで戦ったと言っていた 。
領地全体に、戦いの雰囲気が充満していた。
血しぶき通りをまっすぐいくと、重厚な石壁で囲まれた、大きな館が姿を現した。
三階建ての黒い石材でできた威圧感のある建物。青い旗に、狼の紋章が象られている。
わたしはエリスさまとともに、厩舎に行きナイトメアたちを預けた。
「いい子でいてね。ナイトメア」
ナイトメアはひひんといななくと、わたしに顔を擦り付けてくる。わたしはナイトメアの頭をなでた。
「モルナ。疲れているところすまないけど、まずはわたしの父上と会っていただけるかな」
ナイトメアと遊んでいたわたしのところにやってきて、エリスさまが言った。
……。
うわ、ついにきた。
結婚相手(?)のご両親との面会のときが。
「そうかしこまらなくても大丈夫だよ、モルナ。父上はなんというか、型にはまらない方だから」
わたしの緊張しているのが伝わってしまったのか、エリスさまはわたしの肩を抱いてくれる。
わたしはエリスさまの胸に頭を預けた。
着替えなくていいのか心配するわたしに、エリスさまは気にしなくていい、そのままでと言ってくれた。
館の大きな木製の扉をくぐると、立派な館にしてはこじんまりとしたホールがわたしを出迎えた。
石壁が迫ってくるようで威圧感がある。その正面の通路を進んだ部屋へとエリスさまに連れられていった。
エリスさまの父上、オワイン・ドライグ・ブレンノール卿との面会はすぐに叶った。
謁見場所は、ほとんど私室といえるほどの広さしかない。大広間に通されると思っていたので意外だった。
室内は松明が煌々とともっており、まぶしいくらいだった。部屋の中心には十人ほどが座れそうな長テーブルがひとつ。そのまんなかの席に、たくましい身体付きの壮年の男性が座っていた。オワイン卿だろうか。警護の騎士や兵士は一人もいない。
「おお、よくきたな!」
オワイン卿は立ち上がって大きな声をあげた。
ちょっとびっくりしつつ、わたしは胸に手をあてひざまづいた。
「いい、いい。立て立て。なんのために戦議の間に呼んだと思ってんだ」
エリスさまにも促され、戸惑いつつも立ち上がった。
「お、お初にお目にかかります。ソーンヒル領主、カドカン・ソーンヒルの娘、モルナ・ソーンヒルです……」
なんだかすっごく緊張する。同じ領主のストーンヴェイル卿に挨拶したときはここまで緊張しなかったのに。エリスさまのお父上だから?
「おう。遠路はるばるご苦労だな。おれはオワイン・ブレンノールだ! エリスの親父だ。ハッハッハ!」
オワイン卿は豪快に笑った。
それにしても、見た目よりもずっと若々しい声と振る舞いだった。わたしは目をぱちくりさせる。
型にはまらないと聞いてはいたけど、こんな方とは思わなかった。
親しみやすいといえば親しみやすい、かな。
そんなに厳格じゃないわたしの父上や、堅苦しいのが嫌いなストーンヴェイル卿よりもずっと、領主らしくはない。
「父上。ご覧のとおり、モルナ嬢をお連れしました。しばらく滞在させ、ブレンノールを見て感じてもらえればと思っています」
エリスさまは落ち着いた調子でオワイン卿に告げる。わたしは小さくなって成り行きを見守った。
「それはいいけどなエリス。嫁に迎えるって話はどうなったんだ」
どこか楽しそうな様子でオワイン卿が言った。
「いまだモルナ嬢の心は定まっておりません。格別に自由と故郷を愛するお嬢様です。わたくしはモルナ嬢の自由意志を尊重したい」
エリスさまはハッキリ告げた。わたしの自由意志を尊重してくれる。わたしにとってこれは何よりも嬉しい言葉だった。
「まどろっこしいな、まぁいい。好きにしろ」
あっさりと了承するオワイン卿に、わたしは本音をいうと拍子抜けした。
「ご理解賜り感謝いたします、父上」
エリスさまがうやうやしく頭をさげる。なんだか慇懃な印象を受ける。
「わかったわかった。それよりもな、エリス。お前にひと仕事してもらおうと待ち構えていたんだ」
「ひと仕事、ですか」
だんだんエリスさまの感情を理解してきたわたしにはわかる。エリスさま、嫌がってる!
「そうだ。領境のフノンの村で、ウインドフォールの連中といざこざがあったらしい。助けを求める使者が来たが、動かせるものがいない。おまえ、ちょっと行って収めてくれ」
ずいぶんと軽く仰るな。エリスさまならできるって信頼しているのかな。
「父上、仮にもわたくしの花嫁候補を連れてきたのです。ひとり置くわけにはいきますまい。だれか他のものを遣わしてください」
だが、ここはエリスさま。正直行きたくないんだろう。
「いやぁセレンのやつがな。エリスなら従者ひとり付ければ十分だ。ほかの者だと五、六人は必要だと言ってな。いまそんなに割ける戦士はいないのだ」
「そういわれましても……」
エリスさますごい。すごい食い下がる。よっぽど行きたくないんだろう。それってやっぱり、わたしのためか?
「元はといえば、エリス。お前が女のケツを撫で回しにでかけたのが原因だろうが。おかげで無駄な人員を割く羽目になったぞ」
「父上! モルナの前で下品な物言いはお止めください!」
オワイン卿の発言にも、感情的になったエリスさまにもびっくりした。
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