第10話
……。
わたしとエリスさまはならんでベッドに腰掛けていた。
客間はこじんまりとした造りで、石の壁がむき出しだ。備え付けられている窓は小さい。部屋は松明一本の明かりだけで、薄暗かった。
明らかに椅子があったと思わしき場所の椅子すら撤去する徹底ぶりで、ようするに、どどどど同衾しろといわんばかりの部屋だったのだ。
「まいったね。でも、サー・ライラスには悪気はないのは間違いないよ。わたしは床に毛布を敷いて寝るから大丈夫だよ」
わたしは、立ち上がろうとするエリスさまの袖を思わずつかんで止める。
「ダメですよ、エリスさま。床じゃ疲れがとれませんよ……」
きゃー! 恥ずかしー! 顔見られないよー!
わたしはうつむいたまま顔を上げられない。顔が熱っついよぅ。
「いいの?」
エリスさまはわたしをうるうるした目で見つめてくる。
いいの、だって?よくないよ! ドキドキが止まんなくて死んじゃうよ!
わたしはあまりの恥ずかしさでおたおたしていたが、どうにかコクンとうなずく。
わたしたちは靴を脱ぎ、そっとベッドにもぐりこんだ。
せ、せまい。必然的に身体がふれあうエリスさまの温もりを感じる。まさかサー・ライラス、ここまで計算していて……おそろしい騎士……。
エリスさまの胸に顔を押し付けるかたちになってしまっている。
ああ、なんだかとってもとっても甘い花のような香りがする……。
それに、なんだか固い感触……。エリスさま、まだ胸に布を巻いていらっしゃる? 苦しくないのかな。
チラリと上目づかいでエリスさまのお顔を窺った。
「〜〜〜〜っ!?」
バッチリ目があって、また下を向いてしまう。
すると、エリス様の指わたしの顎にそっと添えられて、優しく上を向かされてしまう。
「エ、エリスさま?」
ものすごーく見つめられている。な、なになにっ!?
心臓がまるで暴れ馬のように跳ね回り、自分の鼓動がうるさいくらいに聞こえてしまう。
「モルナ……」
あまく、優しく囁いて、エリスさまはそっと顔を寄せてきた。
「ふぇっ!?」
あたたかいエリスさまのてのひらが、わたしの頬に触れる。そして、
くちびるに、柔らかい感触。
!!??
身体がふわふわするような、夢のなかにいるような感覚に包まれる。いま、まさかまさかまさか。
キス……された?
わたしは目を閉じることすらできず固まってしまった。
対してエリスさまは、
「あ、すまないモルナ。すまない」
エリスさまは少し慌てたように反対側を向く。
「だっだだだだ大丈夫れすかや」
ぜんっぜんだいじょうぶじゃ、なーい!
けど、こういうしかないじゃないか。わたしも恥ずかしくって、反対向きに。それでもわたしたちは落ちないように、背中を密着させていた。背中越しでもドキドキ聞こえる。それがわたしの鼓動か、エリスさまの鼓動かわからない。
「も、もう寝ようか」
いつも冷静なエリスさま。口ごもるなんて珍しい。わたしがそうさせたとしたら、それはとても嬉しいな。
まだまだ、わたしたちには背中合わせくらいがちょうどいいみたいだった。
落ちたわ。
何からって? ベッドからだよ!
ドキドキ同衾だったけど、やっぱりちょっと狭すぎた。わたしは荷物から毛布を出して床に敷く。あぁ、痛い。ベッドから落ちるなんて、記憶にないぞ。床が石だから本当に痛い。ちょっとした敷物はあるけども。
あー、やっぱりちょっと硬いな、毛布を敷いても。まぁいいか。寝返り自由にうてるしね!
朝。まだ外は薄暗い。わたしはベッドから身を起こした。はれ? わたし床で寝てなかったっけ?
不意に昨夜の事を思い出した。エリスさまの身体の温もりと、くくく、くちびるの――
あーっ! ダメ! 思い出したら死んじゃう!
わたしはベッドに倒れこんでしばしごろごろ転がっていた。
そして、いいかげん転がりあきたわたしはベッドからふぁっと飛び降りる。
あれ、夢じゃないよね?
その時、ドアをノックする柔らかい音が鳴った。このノックはエリスさまだ。
「はーい」
返事をしながらドアを開ける。
「起きたかい、モルナ」
そこにはエリスさまが柔らかい微笑みを浮かべながら立っていた。でも、わたしは見逃さない。エリスさまの頬が、わずかに赤みを帯びていた。
わたしたちは北を目指す。目的地は寒冷地ブレンノール。エリスさまのふるさとだった。
サー・ライラスたちと朝食をいただいたあと、慌ただしく出立の準備をした。暗くなる前に次の宿場町に到着したいからだ。
朝も早いというのに、ストーンヴェイルの町は活気で溢れていた。鉱山の町だからか、行き交う人は男のひとが多い。それもやたら薄着で、中には半裸のひともいた。春とはいえ、朝はまだ寒いのに。
サー・ライラスは町外れまで一緒に来てくれた。
眠そうな顔がおかしかった。
「気をつけるのですぞ、山猫姫。エリス殿。姫をお頼み申しますぞ」
「もちろんです。サー・ライラス。きっとまたお会いしましょう。出来れば敵としてはお会いしたくはないですが」
「ガッハッハ! 違いないですなぁ」
全くもって反対のタイプの二人だけど、なんだか仲良さそうだった。もちろん、サー・ライラスのことはわたしも好きになったけど。お友達としてね!
「ありがとうございます、サー・ライラス。貴方に会えてよかった」
あったかな心を持っているサー・ライラスには、わたしの素直な気持ちを伝えられた。
わたしはサー・ライラスに手を振りながら、ストーンヴェイルの町を離れたのだった。
町を出ると、整備されていない岩場がわたしたちの行く手を阻む。
わたしたちは、下馬して手綱を引きながら歩いた。
初めはなだらかだった地形も、だんだん高低差が出てきて、進むペースも遅くなってくる。
「大丈夫かい、モルナ」
エリスさまは幾度もこちらを気づかう言葉をかけてくださっている。
「はい、大丈夫です」
そのたびにわたしはにっこり笑って答える。
もちろん疲れが無いわけじゃないけど。
それよりもハッハッと明らかに息の荒くなってきている、わたしの愛馬ナイトメアのことが心配だった。
ちょっと耳も垂れてきた。疲れているみたい。出発のときはあんなに元気そうだったのに。
「この岩山を超えれば、あとはほとんど平地になるから。もう少し頑張ろう。モルナ、ナイトメアの荷物をわたしの馬へ移して」
「はい……」
エリスさまの馬には悪いけど、ナイトメアの体調には替えられない。エリスさまに馬、グウォンは旅慣れていて、疲れを見せなかった。
「エリスさま。この先はなにがあるんですか?」
わたしはナイトメアの手綱を引きながら尋ねた。
「この先は王都の端だよ。そこを通って、ウインドフォールに入るんだ」
「王都!」
噂に聞く王都。行って見てみたいなぁ。
「すまないけど、王都領内のほんの端を通るだけなんだ。王都を経過すると、四日ほど遠回りになってしまう。治安も悪いしね」
そんなに行きたそうな顔をしていたのかな。だとしたら恥ずかしいなぁ……。エリスさまに申し訳なさそうな顔をさせてしまったし。
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