第9話

「おうおう、覚えておいでか、山猫姫。これは名誉なことですな」


 サー・ライラスはヒゲモジャの顔をくしゃっとさせて笑う。その顔はどこか愛嬌があった。


「お久しぶりです、サー・ライラス」

 エリスさまが柔和な笑顔で言った。


「おうおう。久しいですな、サー・エリス。ブレンノールでの剣術トーナメント以来ですかな」


「えっ、エリスさま、サー・ライラスとお知り合いなんですか!?」

 知らなかった。騎士どうしの世界は意外と狭いのかな。ガレディン兄上もサー・エリスと知り合いだったみたいだし。


「ええ。特にわたしと彼は同い年でして。よく武術を競うトーナメントでお手合わせしていただきましてね」


「ええー! サー・ライラスとエリスさま、同い年なんですかー!?」


 思わず淑女にあるまじき大声を出してしまった。まぁいいか。淑女じゃないし。


「がっはっは! 確かに落ち着いた物腰のサー・エリスは拙者よりも年上に見えるかのう!」


 そっちじゃない! 逆、逆ゥ! サー・ライラスは三十歳超えてると思っていたよ!


「がははー、冗談じゃ。どう見ても拙者の方が老けて見えるのう。これでも18歳なんじゃがのう。それにしてもついぞ、サー・エリスに勝つことはできなんだ。山猫姫に勝たれたのも納得じゃ」


 サー・ライラスは豪快に言った。見た目よりもずっと、親しみやすい方だった。


「そう仰いますな、サー・ライラス。あくまで模擬戦の上でのこと。鎧を着込んだ実戦では、誰も貴公にかないますまい」

「ガッハッハ。なんと謙虚なお人柄じゃ。しかし拙者は山猫姫にどたまをぶっ叩かれたくらいですからのう。あれは痛かったですわい」


 なんか、いいな。騎士どうしって。お互いがお互いに敬意を払っているのが感じられる。それに、サー・ライラスだ。エリスさまや、わたしなんかに負けたことをこうして笑い飛ばしている。


 それは、誇りが無いからじゃない。逆だ。勝負の結果を受け入れて、なんの言い訳もしない。

 鎧を着た真剣勝負なら勝っていたとか。本気じゃ無いからとか。


 それは強さだ。負けを受け入れ、前に進む。


 わたしはナイトメアから降りて、胸に右手を、左手を腰の後ろに当て一礼した。騎士式のお辞儀。

「貴方に敬意を。サー・ライラス。わたしも鎧を着込んだ貴方には手も足も出ないでしょう。それでも言い訳を一切しない貴方に、騎士の矜恃を教えていただきました」


「ほっほ。おもてをあげられい、山猫姫、モルナ・カスウィルト・ソーンヒルよ。だれがなんと言おうとも、あの決闘は貴女の勝ちですじゃ」


 わたしは顔を上げて、サー・ライラスに微笑んだ。


「ほっほ。どうじゃ、山猫姫。今度また、純粋に決闘でもしてみませんかな」

 ヒゲを撫でながらサー・ライラスは言った。


「ご遠慮させていただきますわ」

 わたしは答えた。

「もう勝てると思いませんもの」



「それよりも、サー・ライラス」

 エリスさまが口を開いた。

「何かわたくし達に用がおありなのでは?」



「おお、そうでしたな!」

 サー・ライラスは頭をポンと叩いた。

「宿場町で、おふたりらしき旅人を見かけたとの噂がありましてなぁ。そろそろ到着するのではと、待っておりました。晩餐に招来差し上げたいと思いましてなぁ」「おお、それはそれは」

 エリスさまはわたしに向き直った。

「どうでしょう、モルナ嬢。せっかくのご招待ですし、お受けしては」 わたしは手のひらを胸に当ててお辞儀した。

「お受けいたします、サー・ライラス。お心遣いに感謝致します」

「ほっほう!」

 サー・ライラスは大声を上げた。

「ほんの少し見ない間に、ずいぶんレディになられましたなぁ」




 わたしたちはサー・ライラスに案内され、屋敷に足を踏み入れた。それは石造りの大きなお屋敷で、まるでお城のような佇まいだった。さすが石の領地ストーン・ヴェイルだ。


 わたしたちはサー・ライラスに案内され、広間で領主様と謁見した。


 領主様は白髪の髪と髭を蓄えた威厳のある人物だった。

「おお、そなたがカドガンの娘か。山猫のように勇猛と、我が領でも評判だぞ」


「ありがとうございます。ストーンヴェイル卿」

 わたし丁寧にお辞儀をした。

「そして、ブレンノールの騎士、サー・エリスだな。貴公の評判も聞き及んでおるぞ。とな」


「恐れ入ります」

 エリスさまも騎士式のお辞儀。


「まぁ、よい。堅苦しいのは。食堂へ参ろう」

 そうしてわたしたちはぞろぞろと食堂へ移動した。そこにはサー・ライラスの兄たちや、ストーン・ヴェイルの騎士たちがいて、わたしとサー・エリスは次々と挨拶を交わした。


「おお、あなたが山猫姫」

「お噂はかねがね」

「ふむ、ライラスをぶちのめした娘とは君か」

「ああ、ライラスを振った姫だな」


 などど好き勝手に言われていた。だけど、ストーン・ヴェイルの騎士たちは皆親切で、晩餐会は和やかな雰囲気のまま進んだ。


「それで、わたしの三倍くらいの上背の熊に襲われて! エリスさまが剣でぶったたいて撃退したんですよ!」


 騎士たちはみんなわたしの話をニコニコ聞いてくれるもんだから、ついつい話に熱が入る。ちょっと内容も大袈裟にいいがちだ。


「なかなかやるな、サー・エリス」

「こんどお手合わせ願えるかな」

「よせよせ。ライラスを倒した山猫姫に勝ったのだぞ、エリス殿は」


 騎士たちが次々と口にした。


 賑やかでいいなぁ。ソーンヒルの雰囲気と似ているな。堅苦しくないところとか。


「エリスさま。ブレンノールの騎士たちはどんな雰囲気なんですか?」

 わたしはサー・ライラスと話をしているエリスさまのそばに寄って行って質問した。


「そうだね。もっと自由で、もっと賑やかで、もっと大酒のみかな」

「そうなんですね。楽しそう!」

 よかった。わたしも堅苦しいのは苦手だ。


「山猫姫よ。ブレンノールの騎士たちは、いつ戦地に赴くか分からぬのです。だから生きている喜びを味わおうとしているにですぞ」


 サー・ライラスがしんみりと言った。

「あ……」

 エリスさまが言っていた。ブレンノールは騎士の領地。戦場に傭兵を送るのが主な稼業だと。


 騎士は高潔で誇り高いだけの存在じゃなくて、戦うための存在なんだ。


「なので山猫姫も、後悔しないように生きなされ」

 サー・ライラスは十八歳とは思えないような言葉を口にした。






 そのうちに場は解散となった。騎士たちは次々に呑み、つぶれていった。だらしないなぁ。


 そんな中、わたしとエリスさまは、客室へと案内された。

「こちらへ」

 ストーンヴェイル屋敷のメイドさんが手のひらを部屋に向ける。


 うっ、これは、ホントに?

 一部屋なのは、客として文句を言うべきではないけれど、どう見ても一人用のベッドが一つだけ。


「すまない。確認なんだが、二人でこの部屋なんだね?」

 エリスさまがメイドさんに尋ねた。

「はい。ライラスさまが、おふたりにはぜひこの部屋で、との事です」

 無表情を装っているメイドさんだけど、どうも笑みが零れそうに見える。


「そう、わかった。ありがとう」

 エリスさまの言葉に、メイドはお辞儀で応え、行ってしまった。


「え、あ、う」

 わたしは混乱していた。遠くから、『きゃー! 騎士とお姫様が同じベッドですってー!』とかメイドさんたちの声とおぼしきものが聞こえてくる。


「参ったね。サー・ライラスは余計な気を回してくれたらしい」

 エリスさまが肩をすくめる。その仕草はユーモラスで可愛かった。


『ライラスさまったらー。あんな顔をしてるくせに粋なことするわね!』


「……」

 変なメイドたち。








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