第8話
だとしたらだとしたら、きゃー! なんだこの気持ち!
エリスさまの様子を伺うと、顔を真っ赤にされて俯いてしまっている。いつもの自信満々、沈着冷静な態度が崩されているのをみて、わたしは思った。
んー! かわいいー!
すっかり浮かれてしまい、によによが止まらなくなって、エリスさまに見られないように顔を背けた。
ナイトメアはいい子だから、わたしがちゃんと前を見てなくても真っ直ぐ森道を進んでいく。
「モルナ。わたしが貴女と過ごした日々はカミラ嬢に敵わないかもしれませんが」
エリスさまはそこで一旦言葉をきった。
「いつか、貴女にとって一番の者になってみせます」
またまた、顔がカーっとなって、エリスさまの顔を見られない。羽虫の羽音みたいな声で、
「……はい」
と言ったのだった。
そこからさらに進んだ。森の出口までもう少しとエリスさまに教わる。結局二日かかるんだね、森を抜けるの。
森の奥まですら行ったことのないわたしにとって、新鮮でわくわくする。森を抜けたら、どんな景色が広がっているのだろうか 。
「モルナ」
エリスさまに呼ばれて横を向く。
「もう少しで森を抜けます。ソーンヒルとストーンヴェイルの境界で、ちいさな宿場町がありますので、本日はそこで宿をとりましょう」
「はい、エリスさま」
今日は屋根の下で寝られるようで少しホッとした。そこまで野宿は苦じゃないけど、熊に襲われた後だとちょっとね。
日はまだ高く、だんだんと周囲の木々は少なくなっていった。
宿場町に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。まだ少し日没には時間があるが、その前に宿を取ろうとエリスさまが仰った。
宿場町は、エリスさまが言ったようにこじんまりとしていた。石と土で道ができている。建物は十軒ほど。
木と石造りの頑丈そうな建物だった。
街道は賑やかで、人や馬が行き交っている。
エリスさまはその中で一番上等な宿(わたしには違いがわからないけど)を取ったらしい。
ナイトメアとエリスさまの馬を厩舎に預け、馬丁さんにお願いした。馬丁のおじいさんははにこにこ笑って引き受けてくれた。
そこで、とびきり大きな問題が発生してしまった。
なんと、なんと。
エリスさまと同じ部屋なのだ!
きゃー! どうしよう!
それは、二人分の部屋をとるなんてぜいたくかもしれないけど!
嫁入り前の娘二人が、同室なんて許されるの?
あれ、なにも問題ない?
わたしは混乱しつつちょっと浮かれていたけど、エリスさまはどこかに出かけてしまい、わたしは一人で部屋に残された。ぽつん。
そのうえ、決して宿から出るなと仰せつかっていた。また、誰か訪ねてきても決して開けるなとも。
そんなわけで、装備品の手入れが終わるとベッドで身を休めるしかすることがなかった。
エリスさまはなかなか帰ってこない。
トントン、トントンと部屋がノックされる。
「んあ?」
どうやら寝てしまっていたらしい。エリスさまかな。
「モルナ、わたしだ」
エリスさまだ。内鍵を開けて迎え入れる。
「すまない。探している品がなかなか手に入らなくてね」
「おかえりなさい。エリスさま。いったいなにを探しておられたんですか?」
ずいぶん長いこと出かけられていて、なにかあったのではと心配してしまっていた。
「これさ」
そういって、わたしに見せてくれたのは、銀でできたかわいらしいブローチだった。花の紋様が控えめにあしらわれている。
「かわいいですね。エリスさま、案外かわいいものお好きなんですか」
まるで女の子がつけるようなブローチだ。エリスさまにもそりゃあ似合うだろうけど。
いつも冷静でかっこいいエリスさまがこういう品を探しにいってたというのも意外だった。
「君にさ」
「へぇっ?」
わたしにって、おっしゃった? このかわいらしいブローチが? 獰猛な山猫姫と人々に噂されているこのわたしに?
ものすっごい嬉しいけど、でもでも、こんなもの貰っちゃっていいのかな。なにもお返しできないよ!
とかお礼すら言えず、あたまをぐるぐるさせていたわたしの手を取って、エリスさまはブローチを握らせてきた。
「〜〜〜っ!」
まずいよ、照れるよ!
そうか。
ずっとエリスさまはわたしへの贈り物を探し回っていてくれたのか。ひとり残されて拗ねていたのがちょっと恥ずかしい。
「ありがとうございますエリスさま。大事にします……」
顔があっつい。きっと真っ赤になっているんじゃないかな、わたしの顔。
エリスさまの顔をまともに見れずうつむいてしまっていたけど、エリスさまは笑っているような気がした。
「もう少しで部屋に食事を持ってきてもらうよ。待たせてすまなかったね」
「ぃぃぇ……」
ものすごく小さな声しかでない。恥ずかしい。照れくさい。どうしよう?
少しして、宿の人が食事を持ってきてくれた。パンに、豆のスープ。ハムとチーズという質素なものだった。
それでも、干し肉や硬パンなんかよりもずっといい。
エリスさまととるちゃんとした食事は、とても穏やかな時間だった。
朝。ドキドキして眠れなかったらどうしようと余計な心配をしていたが、あんまりに疲れていたので食事後ぐっすり眠ってしまった。昨日の晩と同じような食事を済ませ、わたしたちは厩舎にナイトメアを迎えに行った。
馬丁さんに連れてきてもらったナイトメアは、わたしの姿を認めると、パカパカ寄ってきて鼻を擦りつけてきた。
「おーよしよし。よく眠れたか」
わたしはナイトメアの顔を撫でる。
「お嬢さんの大切な馬だから特別丁寧に扱ったよ」
とニコニコと馬丁のおじいさん。
「ありがとうございます!」
と笑顔で返す。ナイトメアの毛並みはつやつやで調子も良さそうだった。
「さぁ、モルナ。出立しよう」
すでに馬に乗ったエリスさま。わたしはうなずくと、ひらっとナイトメアにまたがったのだった。
宿場町を出ると、もう地面はほとんど岩場だった。
ゴツゴツして、ナイトメアは歩きづらそうだった。
わたしたちは馬を降りることにして、手網を引きながら進んだ。
道も狭いところがあり、対面からきた馬を避けるのも難儀した。
なかなか思うように進めなかった。足元の石ころに、わたしもナイトメアも足を取られた。わたしは額にじっとりと汗をかいてくる。
エリスさまは旅慣れているだけあってさすがで、愛馬と共にひょいひょい進んでいく。とちゅうとちゅうで振り返って、わたしたちが遅れていないか確かめてくれていた。
大変だったけど、雄大な渓谷は見応えがあった。下の方では、急流がごおごおと流れていて迫力があった。
優しい流れの、ソーンヒルの川とは全く別物だった。
さらに、すすむと谷をまたがった大きな木製の橋があった。
すごいなぁ。どうやって作ったんだろう?
「モルナ、この橋を渡るよ。怖くないかい?」
エリスさまは疲れを感じさせない。汗ひとつかいていないように見えた。さすがだ。
「怖いって、なにがですか?」
大きい橋にわくわくするけど、怖い要素はなくない? かなりしっかりしているし、隙間もほとんどない。
とかいったけど、ナイトメアが怖がって大変だったよ! 河の流れる音が嫌だったのかな? エリスさまが手網を引いて、わたしがお尻を押してどうにか渡りきったんだ!
そんな大変な思いをして、ストーンヴェイルに着いたのはもう日が半分落ちていた頃だった。もう少しで暗くなってしまう。宿が取れるといいけどな。
ストーンヴェイルは石造りの町。木の建物が中心のソーンヒルとはずいぶん趣が違った。道も石でできているけど、でこぼこしていてやっぱりナイトメアは歩きにくそう。
宿を探して歩かせていたら、前方から馬がぱっぱか駆けてきた。急いでるのかな、とナイトメアを横に避けて道を開ける。
「おーい、そこな騎士どのよ。止まられい!」
と、地響きみたいな声がした。わたしはエリスさまと顔を見合わせた。
声の主は小山のような大男。丸太みたいな腕をむき出しにしている。
「どうどう。そこな方はソーンヒルの山猫姫とお見受けいたす」
大きな身体で、馬がたいそう小さく見える。それでもナイトメアよりもふた回りは大きい馬だ。
「確かに、わたしはモルナ・ソーンヒルです」
そう答えたあと、わたしは「あっ」と声を上げた。
「サー・ライラス!」
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