第6話

 ソーンヒルの森を抜ければ岩と渓谷、鉱山で有名なストーンヴェイルだ。ソーンヒルとの関係は良好で、農作物を贈る代わりに鉄を届けてもらっていたりする。ソーンヒルの森での猟も一部許可されている。

 鉄は貴重品なので大変助かると、ガレディン兄上が言っていた。

 婿候補も来たような気がする。ストーンヴェイルから。父上肝いりだったのも、関係性を考慮すれば当然か。


 大きな森だけど、一応道みたいなのは整備されている。一応ね。

 木を切り倒して、根を引っこ抜いて道を切り開くのを父上が主導していた。おかげで農作物を届けやすくなったし、いまみたいな旅もしやすい。人や馬が踏みしめて道になるしね。


「モルナ」

 ふたりならんで馬をゆったり進めていると、サー・エリスが話しかけてきた。


「はい、なんでしょう。サー・エリス!」


 わたしは初めての旅で浮かれていた。美しく頼りになる騎士といっしょなのだからなおのこと。


「そんなにかしこまらなくていいよ。エリスと呼んでくれていい。わたしもモルナと呼ぶよ」

 と、少しくだけた口調に変わっていた。


「えーと、じゃあ。エリスさま?」

 わっ。呼び方変えただけなのに、急に親密さが跳ね上がったみたい! なんか照れる!


「うん。いいよ、それで。かしこまられても疲れてしまうからね。先は長いよ」

 にっこり笑ってエリスさまが言った。


「はい、エリスさま」


 呼ぶ度にちょっと気恥しい。ああ、なんか気分が高揚する!


「それにしても、わたしは罪悪感を覚えるよ」

 はて、エリスさまが罪悪感?


「なんのことですか?」

「君をご家族や領民から奪ってしまったこと。君がこんなにみんなに愛されているなんて知らなかったな」


 えー、なんか照れるなぁ。愛されているのは知ってたけどさ!


「そうですよ。わたしもみんなのこと大好きですもん!」


 わたしの言葉にエリス様は吹き出した。

 エリスさまも、こんなふうに笑うんだなぁ。


「ふふふっ。いいね、モルナ。君のそういうところ。君ならどこに行っても愛されるよ」


 わたしは気恥ずかしくってうつむいてしまう。


「さてモルナ。森では野生動物に気をつけてね。熊や猪、狼なんかに。もっとも、君には司祭に説教かな?」


 エリスさまの言い方がおかしくておもわず笑ってしまう。わたしが狩が得意って知っているもんね、エリスさま。


 こんな風に、ソーンヒルでの生活や過去の決闘の話をエリスさまにしながら進んで行った。エリスさまは聞き上手でもあり、わたしは夢中でお話をしていた。


 木漏れ日がキラキラしていて、鳥のさえずりが四方から聞こえる。のどかな森だった。


 エリスさまはナイトメアは旅慣れていないことを知って、ゆっくり進むことを提案してくれた。


 わたしもナイトメアが心配だったから、素直に受け入れた。

 途中の小川にかかった丸太橋を、ナイトメアが怖がってなかなか渡れず、エリスさまに引いてもらってどうにか渡りきった。


 旅は始まったばかりだけど、順調だった。


「今日はこの先で野営しよう」


 湖の脇の道で、エリスさまが馬上で振り返って言った。まだお日さまの位置は高い。


「もうですか? まだ行けそうですけど」

 わたしは空を見上げながら言った。


「うん。水場が確保できたからね。でももう少し進んで、身を隠しやすい場所を探そう」


「そうですね。水場は野生動物が集まりますし。近くにいい所がないかなぁ」


 わたしは普段、狩でもこんなに奥まで来ない。この辺りの地形はわからなかった。


 知らないのなら調べればいいとばかりに道を外れて少し進むと、木が密集している場所があった。大きな岩もあり野営にはもってこいだ。


「エリスさま、ここはどうですか」

 わたしは見つけた場所を指し示した。


「うん、良さそうだね。ここにしよう」


 エリスさまはひらりと馬から降りると、手際よく手近な樫の木に手綱を結びつけた。


 わたしもそれにならう。おーよしよし。ナイトメアよく頑張ったね!


 蹄の様子を見てみる。どうやら割れてたりしないみたい。

「明日もよろしくね。ナイトメア」

 そう言いながら顔を撫でる。ナイトメアはいなないて、わたしに顔を擦り付けた。


「ここに焚き火の跡があるね。ここは野営に適しているんだ。さすがだね、モルナ」


 確かに、エリスさまの足元の地面は黒く焦げていた。エリスさまこそ、よく周囲を見ている。


「わたし、薪を拾ってきますね!」

 そういって弓を手に駆け出した。


「あっ、待ってモルナ。わたしから離れないで。一緒に行くよ」


「大丈夫です! エリスさまはナイトメアたちをお願いします!」


「遠くに行かないでね!」


 エリスさまが叫んだ。はーい、と返事をしてかけ出す。


 なかなかいい薪が見つかんないな。もっと乾いたのがいい。一晩中火を炊くわけだから、もっといっぱい無いと。


 そんな事を考えながら、奥に奥にと進んでいく。途中で少しずつ薪を拾うけど、なかなか集まらない。


 と、すこし開けたところに出た。ちょうど良さそうな薪がいっぱい落ちていた。


「おっ、あるある♪」


 わたしは薪を張り切って拾い集める。いっぱい拾って行ったら、エリスさま褒めてくれるかな。



 ん? わたしは何かの気配に気づく。さらに、


 パキ。


 パキ。


 と木々を踏みしめる音。


 わたしはハッとして薪を地面に置き、弓に矢をつがえた。


 猪? まさか狼?

 周囲に獣臭さが漂ってくる。


 そして、木々のあいだから姿を見せたのは――。


 ――グルルルル。


「ひぇっ!?」


 うなりを上げたのは、狼じゃない。

 熊だ! いや熊と言っていいものじゃない。すっごく大きい熊だ! ゆうにわたしの倍はある背丈、わたしの10倍はあるであろう体躯。



 グアッ、と咆哮してゆっくりと近づいてくる。


 やっばい! クマー!


 ど、どうしよう。射っちゃう? いや、だめだ。こんな弓なんかじゃ、熊には勝てない。



 まさか、ソーンヒルの森にこんなおっきな熊がいるなんて。いつも狩で森に入っているけれど、こんな奥地までは来たこともなければ、熊を見たことも無かった。わたしは持っていた薪を投げ捨て、エリスさまの元へと後ろ向きで歩いて移動。


 ――モルナ森で熊に遭ったら決して後ろを見せてはいけないよ。


 わたしに狩を教えてくれた、父上の言葉を思い出す。やっぱり村の猟師のおじさんだったかも。


 後ろ向きのままとっとこ歩く。ああ、どうしよう。完全に目が合っちゃってる。わたし、美味しくないよきっと。


 群生している木々は勘で避けながら後ろ向きに進んで行った。


 もうすぐだ、もうすぐで野営地に着くぞ。


「モルナ?」


 エリスさまの声だ!


 後ろ向きで歩いてきたわたしに、エリスさま怪訝そうだ。まぁそりゃあ怪訝にもなるだろう。仮にも花嫁候補が、後ろ向きで歩いてくるという奇行もちであるならば。


「エリスさま! くま、くまー!」

 わたしは叫んだ。


「熊だって!?」


 エリスさまが驚いたような声をあげる。初めて聞いた。

 いやいや、そんなことよりも。


 わたしは大変な事に気づく。


 なんでわたし、エリスさまのところに熊連れて来ちゃってんの!


 ばかばかわたしのばかー!

 エリスさまが熊に食べられたらどーすんだ!


 そう内省している間も、わたしと熊の目は合いっぱなしだ。


「熊、大きいな」


 エリスさまは感慨深げな声を出す。よ、余裕だ!


「エリスさま、ごめんなさい! 熊、連れてきちゃいましたー」

 わたしは弓に矢をつがえつつ謝る。


「うん、熊か。どうしたものか」


 うーむとうなるエリスさま。さすがのエリスさまも、熊は無理なの?


 わたしは泣きそうになる。こうなったら、刺し違える覚悟だぞ。思いっきり弓を引き絞った。


「モルナ、待って」


 エリスさまがわたしを制止した。

 手にはロング・ソードを抜いている。


 熊の脂肪と筋肉は驚くほど強靭で、矢では貫くのは難しい。剣のような刃物も深く刺さらないことが多く、一人や二人で退治するのは至難の業だ。











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