第5話

「カドガン卿」

 晩餐会も佳境になったとき、サー・エリスが父上に声をかけた。


「なにかね、エリス」


 父上はすっかりサー・エリスに気を許して、呼び捨てになんてしちゃってる。


「実はまだ、モルナ嬢に婚姻の承諾をいただいていないのです」


「うむうーむ。頑固な娘だ。そう簡単に首を縦に振らないだろう。たとえ心が決まっていてもな」


 うーん、本人を前にする話かな?


「はい。それで、一度モルナをブレンノールに招待したいのですが、お許し願えますか。我が故郷を見ていただいて、気持ちを定めて頂きたいと存じます」


 えっ。わたしがブレンノールに!?

 行きたいか行きたくないかと問われれば、ものすごーく行きたい。まして、馬で10日の長旅だ。ソーンヒルを出たことがないわたしにとって、それは大冒険と呼んで差し支えない。


「そんなことか。もちろん構わん。なんならそのまま嫁がせてよいと思っているぞ」


 父上め、軽いなぁ。娘の一大事だぞ。


「ありがとうございます。カドカン卿」


 恭しく頭を垂れたあと、サー・エリスはわたしに向き直った。


「お聞きの通りです。モルナ嬢。わたくしめと、ブレンノールまでご同行願えますか?」


 サー・エリスは右手を胸に当て、わたしをまっすぐ見つめてくる。


「い、行くっ! ……ますわ」

 ついつい勢い余っちゃった。けど、遠く北の地ブレンノールへの冒険を思い描くと、ワクワクしてとまらない。


「ありがとうございます。モルナ嬢」


 サー・エリスはにっこり笑って言ったのだった。




 それからバタバタと出立の準備をした。そんなに荷物も持って行けない。

 フード付きの質素な、けれども頑丈な外套。鉄製のショートソードに、短剣。軽めの着替え。干し肉と革製の水袋。水分を抜いたパンに干しぶどう。毛布にロープ。火起こし具。

 最低限にしたつもりなのに、結構な大荷物になってしまった。


 出発を明日に控えたわたしは、ソーンヒルの領内を、愛馬ナイトメアと見回っていた。

 領民に見つかる度に捕まって、別れを惜しまれた。その度にわたしは泣いてしまいそうになる。

 これが、マリッジブルーか。違うか。


 それでも、ブレンノールまでの旅は危険を伴うだろうから、最悪生きて帰れない。領内と、ここに住むみんな、森や川を目に焼き付けておきたかった。


 イノシシを狩って、みんなで運んだり、カブや豆を収穫したり、鍛冶屋の火を起こしたり。わたしはお手伝いしているつもりだったけど、実はみんな、わたしと遊んでくれていたんだなと気づく。


 そんなソーンヒルが、どうしようもなく愛おしい。

 それでも、まだ見ぬ世界への憧れも止められなかった。


 最後の晩。わたしはカミラに寝巻きに着替えさせられていた。シャツとズボンのままでいいって言っているのに。




「カミラ?」

 わたしの髪を梳いていたカミラの手が止まった。

「……っ」

「泣いているの?」


 カミラはわたしが小さな時から一緒だった。使用人というよりは、姉や友達としてあてがわれたようなものだった。


「すみませんっ、モルナ」

 わたしは立ち上がって、カミラを抱きしめる。

「ちょっとブレンノールを見物したら、また戻ってくるよ。もし、わたしがまたブレンノールに行く時は、カミラも一緒だよ」

 カミラはぎゅっとわたしを抱きしめ返してきた。

「すみ、ませんっ……。泣くつもりはっ、無かったんです、けどっ」

 ひーん、と声をあげて泣くカミラに、わたしも耐えきれず泣いてしまう。ふたりでわんわん泣いた。ベッドに入ったあとも、ふたりでぐすぐす泣いていて、いつしか泣き疲れて眠ってしまった。



 出発の朝。


 サー・エリスは父上の前にひざまずいて、また大げさな挨拶をしている。父上はいいから立て、とやっている。


 わたしはというと、朝も早いというのに集まってきた領地のみんなに囲まれていた。

「姫さま! こいつを持っていってください! 」


 と、お手製のお守りを山のように渡される。

 こんなに持って行けないよ!

 石に文字が刻まれたものや、ハーブを乾燥させたもの、木の枝を加工したものと、バリエーション豊かだ。


 そのうち、ハーブのお守りだけ持っていくことにした。魔除の効果があるみたい。残りはカミラに頼んでわたしの部屋に置いてもらうことにした。


 量はともかくとして、みんなの気持ちがありがたかった。本当なら、全部もっていきたいくらいだった。

 他にも干し肉とか、貴重なお金とかを渡してくれる人もいたけど、丁重に断った。みんなの生活の方が大事だった。


 わたしは丈夫なシャツに革の胸当てとブーツ、羊毛でできた暖かいズボンと手袋という格好だった。


「モルナ、これを」


 と、カミラがわたしの弓と矢を持ってきてくれた。狩に行くわけではないので迷ったけど、持っていく事にした。


 思えば、いつもカミラが弓の手入れをしてくれていて、わたしの求めに応じてスッとわたしてくれていた。

 弓はカミラとおおの絆の象徴だった。


「モルナ嬢。準備はいいですか」


 挨拶を終えたサー・エリスが馬を引いてやってきた。鎖帷子に革のズボン。フード付きの青いマントの後ろには、ブレンノールの紋章だろうか、狼が剣を咥えた姿が描かれていた。革の腕あてに、手袋。長い黒髪を束ね、馬のしっぽみたいに下ろしていた。


 ……。


 か、かっこいい。


 おもわず見とれてしまった。サー・エリスを見てからというもの、キレイ、かわいい、かっこいいと印象が二転三転していた。美形ってすごいね。ガレディン兄上も美形だけどさ。かわいいとはなんないもんね。


「モルナ嬢?」

「はっ、はいぃ!」


 いけね。ぼーっとしちゃったい。


 サー・エリスが怪訝そうな顔で見つめてくる。


「大丈夫ぶっス! 行きましょう!」


 ああ、もう最悪。へんな口調になった。

 どうにも調子がくるうな。サー・エリスといると。


 サー・エリスはちょっと心配そうな顔をしたが、何も言わずに馬に飛び乗った。わたしもペイジが連れてきていた愛馬、ナイトメアにまたがった。


「モルナ。道中の無事を祈る」

 ガレディン兄上は淡々というけれど、その言葉には確かな温かみがあった。


「モルナぁ! ちゃんと帰ってこいよ! お前が輿入れの日にゃあ、一族揃ってブレンノールだ!」

 アレクウェン兄上ったら、ちょっと涙声じゃない。言わないけどね。


「モルナ。気をつけて行けよ。エリスに迷惑をかけるなよ」

 厳しくも優しい父上。威厳に満ちたその声に、わたしの身は引き締まる。


「モルナ必ず、必ず帰ってきてください。わたしを迎えにきてください」

 カミラ。貴女の存在が、わたしの人生でどれだけ大きかった事か。


「姫さまー!」

「山猫姫ー!」

「ご無事でー!」

「すぐ帰ってきてくださいー!」

「まな板姫ー!」


 みんな……。まったく、仕事があるだろうに、わたしなんかのために集まってくれて。


 目頭が熱くなった。


「みんな! 行ってきます!」

 わたしは涙を拭って、みんなに手を振った。ナイトメアが歩き出しても、振り返ってずっと手を振っていた。みんなが見えなくなるまで、ずっと。


 あとまな板って言ったやつ、特定したからな。帰ってきたら覚えてろ。

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