第4話

「はいはい」


 気もなく返事をすると、カミラはパタパタと駆けていった。大変だなぁ。



 さて、食堂に着いたぞ。まだ誰も来ていない。長テーブルには、パンの入ったカゴがいくつか置かれている。


 うーん、暇だな。わたしは台所にひょっこり顔を出す。

 カミラ達がバタバタと準備をしていた。


「カミラー、手伝おうかー?」

 と、声をかけたが、「モルナ、正装しているんだから大人しくしててください!」

 と怒られてしまった。


 仕方ない。わたしは椅子にも座らず、仁王立ちで誰か来るのをまっていた。


 そのうちに、ガレディン兄上を伴って父上である、カドガン・ソーンヒルがやってきた。


 わたしは胸に右手を当ててペコリとお辞儀をする。


 父上は苦笑いをしながら手を上げた。ガレディン兄上も微笑んでいる。父上、今日は機嫌が良いようだった。


 父上は上座に、その近くにガレディン兄上が座った。


 そして、主賓であるサー・エリスがアレクと一緒に談笑しながらやってきた。わたしはサー・エリスにもペコリとお辞儀。


 サー・エリスはつかつかとわたしの前まで歩いてくる。なんだなんだ。


 立ち止まったサー・エリスは背筋をピッと伸ばし、恭しくひざまずいた。右手を握って胸に当てている。


 ひぇ。大げさ!


 サー・エリスは頭を垂れて、言った。

「麗しき姫君よ。貴女にかしずくは騎士の誉れ。貴女の輝きは我が心を照らします」



 ふえー! 恥ずかしいぃ! 顔あっついよー!


 さっきは部屋の中で二人きり(!)だったけど、いまここでは父上や兄上も見ている。ついでにメイドたちもこっちを凝視していた。


「わっ、わっ」

 言葉にならない声を上げ、おもわず手を差し出す。


 すると、サー・エリスはその手をサッと自然な動作でとって、ちゅ、と口付けをした。


「〜〜〜〜っ!?」


 もう本当に声なんかちゃんと出ない。



 わたしはそのまま固まった。サー・エリスも跪いたまま。どうしようこれ、どうするんだっけ。


 わたしは目下混乱中。するとアレクが横に来て、肘でツンツン突いてくる。


「おい、モルナ。立ち上がる許可を与えないと」


 あっ、ああ。そうだった。普段されないことだから。作法の勉強も、普段やらなきゃあんまり役には立たないな。



「どっどうぞ」

 ちょっと上擦ったけど、なんとか言語にまとまった。


 サー・エリスはスっと立ち上がり、わたしの目を見て微笑んだ。


 ど、ドキドキするよー!


「はっはっは。さて、みんなこっちに来なさい」

 事態を傍観していた父上が呼びかける。

 立ち上がって、サー・エリスを迎える。


 サー・エリスはわたしをチラっと見てから、父上の方に歩いていく。


「おっと、サー・エリス。わたしにはあんな大仰な挨拶はいらんぞ」


 サー・エリスは胸に右手を当て、左手を後ろ手に回して、腰を深く曲げる。


「お招き頂きありがとうございます。カドカン卿。ご機嫌麗しく存じます」


「はっはっは。そうかしこまらんでよい。さぁ、こちらに座るがよい」


 そういって上座の近く、ガレディン兄上の対面に座らせる。


「モルナ。エリスの隣に座れよ」

 と、アレクが耳うちしてきたが、それを無視してガレディン兄上の隣に座る。


「あーあ」


 アレクが肩をすくめてサー・エリスの隣に座った。


「よーし、食事を頼むぞ!」


 父上が手を鳴らしていった。いつもは父上の騎士たちも食卓を一緒に囲むが、今日は家族だけらしい。あっ、サー・エリスとは、まだ家族じゃないからね!



 給仕のメイドたちが、次々と料理を並べていく。

 イノシシ肉のソテー、豆とカブとイノシシ肉のシチュー。川魚のグリル。イノシシ肉多いな。


「サー・エリスよ。この猪肉は先週モルナが獲ってきたものでな。ちょうどよく熟成されておる。食べて見てくれ」


 わ、わたしが獲ったって、いう必要あった!?

 うーん、家族や領民に対しては狩の成功は誇らしいけど、あまりサー・エリスにアピールして欲しくないのはなぜ?


「もちろん、頂戴いたします」


 わたしの葛藤も知らず、サー・エリスは優雅な手つきで肉を切り分け、口に運んだ。咀嚼して、嚥下する。その一連の動作から、どうしてか目が離せなかった。


「美味しいです」


 サー・エリスはにっこり笑って父上に言った。そしてわたしにも微笑みかける。


 わたしはというと、下を向きながら、肉を小さく小さく切って口に運ぶ。


「どうした、モルナ。そんなにちまちま食ってるなんて。いつもみたいにかぶりついて食わないのか」

 と、アレクがからかうように言ってきた。


「〜〜〜っ!」


 くっそー、アレクのヤツ! サー・エリスの前でなんてことを言うんだ! 手に持ったナイフを投げつけてやりたい!


 わたしの名誉のためにいうと、かぶりついたりしないやい。もっと大きく切り分けるけど!


「すまないね、エリス。食事時に騒がしくて。うちはいつもこうなんだ。恥ずかしいね」


 事態を傍観していたガレディン兄上が口を開いた。


「なんの、兄者。ブレンノールのエリスの家はもっと騒がしかったぜ!」


 サー・エリスの代わりにアレクが答えた。そういえば、アレクはブレンノールに行っていたんだった。エリスの家に厄介になってたのかな?


「その通りです、サー・ガレディン。わたくしも賑やかな方が好みですので。どうぞ、いつものようにやってください」


 上品に肉を切りながらサー・エリスが言った。

 常に微笑みを忘れない。いつもの家族に紛れたよそのひとなのに、すっかり景色に馴染んでいた。


「それはいいな。ブレンノール家とはウマがあいそうだ」


 父上も上機嫌でエールをあおっていた。


「そりゃそうだろう、父上。静かで上品なのが好きなら、わざわざうちの山猫を貰いになんて来ねぇって!」


 きーっ! アレクのやつー!



 晩餐会は和やかな空気のまま進んだ。父上もすっかりサー・エリスを気に入ったようだった。



「いやぁ、エリスよ」


 ちょっと顔を赤くして、父上が言った。

「よくこんな立派な騎士が、うちの山猫娘を貰ってくれる気になったな。神に感謝しなければ。おお、我らが主神エカシュトラよ! 貴方のご加護により、うちのじゃじゃ馬が嫁ぐ事ができますわい」


 父上、ちょっと酔っ払っている?


「ふーむ。しかしこの猪肉は美味いな。……モルナが嫁げば、こんな美味い肉が食える機会も減ってしまうな」


 ちょっとしんみりした空気になった。そうか、わたしが本当に嫁に行ったら、もうソーンヒルで狩はできなくなるんだな……。


「おお、いかんいかん。貰い手があるうちに行って貰わねばな。しかし、うちで一番狩の腕が良いのはモルナでの。アレクにもっと頑張ってもらわねば」


「ちょ、父上! 俺だって腕はモルナに負けないぜ! ただ単に、狩に行く時間が取れないだけだ」


 父上とアレクが、やいやいやっている横では。


「……なので、騎士を三人ほど、境界線に配置したいのだ」

「なるほど。滞在費については」

「衣食住はこちらでもつが、装備は揃えて来て頂きたい。代わりにこちらの農作物を定期的に送ろう」

「助かります。ですが、騎士たちの扶持については……」


 サー・エリスとガレディン兄上で、難しいそうな話をしていた。


 なんだもう、わたしがブレンノールに嫁ぐのは決定事項みたいになっていた。でも、ここで仮にわたしが、

『わたしは嫁に行きません! サー・エリスも無理強いしないって言ってました!』

 って主張するのもな。空気ぶち壊しだしそれに。

 チラっとサー・エリスの横顔をみる。真剣な表情でガレディン兄上と議論していた。


 嫌われたく、ないな。





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