第3話

「実は、モルナ嬢に一目お会いできればと思っていただけだったのですが。貴女の太陽のごときその魅力に、わたしくはすっかり虜となってしまいまして」


 きゃー! 照れるー! 照れるよー! わたしは両手で顔を覆う。


 いままでにない方向からの攻撃に、わたしは膝を着く寸前だった。顔熱い、あっついよ。


 もういいか。女の子同士なんて些末な問題か! サー・エリスこそ、わたしの理想の騎士様なんだ!


 いやいやいや、まてまてわたし。なにを世俗の娘のような事を考えてるんだ。


 わたしは誇り高き、ソーンヒル領主カドガン・ブリングール・ソーンヒルの娘、モルナ・カスウィルト・ソーンヒルだぞ。だぞ?


 そんじょそこらの、騎士道物語を読んできゃいきゃいしている娘とは違うのだ。父上は戦で武功を立てて、先祖代々受け継がれるここ、ソーンヒルを立派に盛り立ててきたのだ。


 そのわたしが、ちょーっと美形な騎士なんかにー!


 わたしはバッとサー・エリスを睨め付けた。サー・エリスがわたしの不遜な態度(自分でもわかっている)も気にされず、優しく微笑んでおられた。


 きゃー! 美形! わたしはまたまた両手で顔を覆った。もう、きゃー! どうしようー?


 横目でチラっとサー・エリスの様子をうかがうと、いままでの柔和な笑みが崩れ、それはもうニッコニコしていた。


 うあ、かわいいー! ニッコニコのサー・エリスかわいいー!


「それで決闘を挑ませていただいた、というわけです。それにですね、モルナ嬢。わたくし達の結婚には、ソーンヒルにも利益があるのですよ」


 少し笑を抑えたサー・エリスが真面目そうなトーンで言う。


「とっとととと?(と、仰いますと?)」


「わがブレンノールの領地は作物の生育に向いておらず、鉄鉱石などの資源も乏しいです。そのため、我が領の騎士たちは、他領の戦にも参戦します。早い話が傭兵ですね」


 傭兵……。急な争いと鉄のにおいを嗅ぎ取って、わたしはふわふわしていた気持ちが引き締まる。


「そのため、わが領は勇猛な騎士の国と名高い。そんなわたくしたちブレンノールとの同盟は、ソーンヒルの外敵を戦わずに退けることにも繋がります」


 わたしの結婚が、ソーンヒルのためになる。


 思えば父上だって、わたしのわがままを聞き入れてくれていた節もある。無理に結婚を決めることもできたはずなんだ。


 でも、父上はそんなことはしないで、決闘を認めてくださっていた。わたしが、納得の上嫁入りできるように。相手についても、他領の領主の息子たちを選んでいて、政略的な側面もあっただろう。


 母上は亡くなっていて、後妻をとる素振りもない父上には、政治的に利用できる娘はわたしだけだ。


 わかってはいたんだ。わたしの結婚がソーンヒルのためになることを。


 それでも、サー・エリスの提案に関してはどうだ。実利に限っていえば。


 ブレンノールが勇猛な騎士の国といえども、馬に乗って片道10日。いくさの装備をしていれば、もっと遅くなることもあるだろう。


 対してソーンヒル。父の騎士は少なく、10人に満たない。騎士を持つのは、非常にお金がかかるからだ。あとは領民のみんなを、ごくたまに訓練してもらって有事の際に備えている。


 領民はみんな、協力的だ。領主の権力を振りかざさなくても。


 いままでは、せいぜい野党集団の襲撃があるくらいだった。それも、わたしが知るかぎり1回だけだ。父上のカドガン・ソーンヒルは、武勇で名を馳せた騎士で、その領地を脅かそうとする集団は少ない。


 ブレンノールと比べてどうかは分からないが、鉄鉱石だって満足に取れない。森や川なんかの自然に恵まれていて、作物もよく育つ土地柄だけど、それだけだからあんまり狙われたりしないだけかもしれないけど。


 それでも、今後どうなるかわからない。隣領のストーンヴェイルは鉄の産地で、争いが絶えないと聞いたこともある。そのストーンヴェイルへの足がかりの、ソーンヒルを狙われてもおかしくはない。

 これは、ガレディン兄上が常日頃いっていることだけど。


「もちろん、無理強いはいたしません。決闘の結果は忘れていただいて結構です。決闘の褒美は、貴女とのこのひとときで充分ですので」


 きゃ! まーたそういう事を。気障ったらしく聞こえないのは、そのお人柄ゆえか。美形だかんね。


 でもね、決闘のことは忘れないよ、一生ね。わたしに初めてひざをつかせたんだから! だから、サー・エリスは初めての人ってコト?


 !


 なんだか分からないけど、また顔が熱くなってきたぞ! なんでぇ?



 目を白黒させている間に、サー・エリスはわたしのすぐそばまで近づいてきて、耳元で囁く。


「これだけは覚えていてください。わたくしの貴女への愛は本物だ、と」


 そういった直後、ほっぺたに柔らかい感触。


「ぴぇ……」


 なんと、サー・エリスはわたしの頬に口付けをしたのだった。離れ際、わたしの鼻をサー・エリスの甘い香りがくすぐった。




 わたしは自室の戻ってきた。どんな風にサー・エリスとわかれて自分の部屋まで戻ってきたのか、ふわふわして覚えていない。


 なんだか夢の中にいるみたいだった。


「モルナ、どうでした?」


 カミラが近よってきた。声には心配そうなトーンが宿る。


「う、うん。大丈夫だったよ」


 ポワポワしたまま答える。大丈夫って、いったい何が? 全然大丈夫じゃないよ!


「それはよかった。それで、結婚のお話は?」


「うん、ああ、さ、されたよ」


 うあ、なんか恥ずかしい! カミラとこんな話するの!


「きゃ! それで、それでなんとお答えしたのですか!?」


 な、なんかグイグイくるな、今日のカミラ。


「ほ、保留かな。無理強いはしないって仰ってくださったから」


「きゃー! それは、それはモルナがサー・エリスの愛を受け入れるか委ねられたってことですかぁ!?」


 わたしの答えに、なぞに興奮しているカミラ。初めてみたぞ、こんな彼女。


「カ、カミラ落ち着いて。まだなんにも決まってないから」


 わたしの言葉に、カミラは目に見えてハッとした様子。コホン、とひとつ咳払いをする。


「そうでした。モルナ、本日は正装で晩餐にでるよう領主様のご命令です」

「えー、ヤダ!」


 正装ってドレスか? 冗談じゃない。あんなヒラヒラ、着られるかってんだ。


「カミラ! チュニックと羊毛のズボンを出して。あと、儀礼用の短剣と、マントもね!」


「い、いけません、モルナ。こちらのドレスをお召しください。わたしが領主さまに叱られてしまいます」


 カミラが慌てたように、手に持った緑のドレスを突き出した。


「叱られない! 父上は『正装で』って言ったんでしょ。完璧な正装で行ってやるわ!」


「そ、そんな。モルナ、わからないことを言わないでください。サー・エリスがおいでなんですよ」


 いつも冷静なカミラが、わたわたしているのが面白かった。べつに、カミラに意地悪をしたいわけじゃないんだけど。


「カミラ、サー・エリスはわたしの噂をソーンヒルまでやって来られたのよ。そんなわたしに、ドレス姿なんかを期待されてると思う?」


 これぞまさしく屁理屈という。


「そ、そうでしたね。そ、そうでしょうか?」


 カミラが混乱している。もう一押しだ。


「ほらほら、カミラ。こんなことしているとお給仕の仕事に遅れるよ。父上がわたしのことでカミラを叱るわけないでしょ。とっくに諦めているよ」


「そ、そうですねぇ?」

 納得されるのもなんか複雑ではある。


「それに、こわーいメイド長に怒られる方が嫌ではなくて?」


 そう言いながら、わたしは『正装』に着替え始める。


「わっ、そうでした。もう時間が……。えーい、もう。しょうがない子!」


 お姉ちゃんっぷりを発揮して、カミラはわたしの着替えを手伝ってくれた。革ベルト付きのズボンにチュニック。マントを羽織って、アレクお下がりの馬の文様のブローチで留める。

 腰へは儀礼用の短剣を装着。肩までしかない短めの髪を、カミラに後ろで無理やり結ってもらった。


 鏡を見ると、うーんどう見ても領主の子息だ。歳の頃、12、3歳ってところか。


「うーん、かわいい……。ハッ! では、モルナ。わたしは給仕に参りますからね、遅れずに行って、お客様をお迎えしてください!」

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