第2話

 気が重い。サー・エリスに宿舎に来いって言われたんだ。


 さんざんカミラの胸の中で泣いた。泣いて、泣いて泣き疲れていまのいままで寝ていた。もう日が暮れていた。


 泣きすぎて頭がいたい。


 いったい何を言われるのやら。アレクの知り合いだから、ひどいことはされないと思うんだけど?


 アレクに宿舎を聞いたところ、なんとうちに泊まっているらしい。うちかよ! 気まずいなぁ。屋敷内でばったり会うこともあるのか。


 しかし、約束は約束だ。騎士に二言はない(まだ騎士じゃないけど)。



「じゃ、ちょっと行ってくるね」


 心配そうなカミラを安心させようと、努めて明るく言う。


「モルナ。やはりわたしも……」

 着いてきてくれると言うけれど、それでは相手にナメられる。あくまで対等な存在として向き合いたい。


 対等かな? ボロ負けしたけど。


 うん。いっぱい泣いてスッキリしたぞ。もうなるようになれ。運命の流れには逆らえないのが人間だ。その運命に逆らうのもまた、人間なのだ。


 わけのわからない事を考えながら、サー・エリスの部屋の前。意を決してノックする。


「どうぞ」


 サー・エリスの声。ゴクリとつばを飲み込む。心臓はドッキドキ。ノブに手をかける手がブッルブルで膝はガックガク。


 そして、わたしはドアを開ける、


 前に深呼吸だ。すーはー、すーはー。


 よし、開けるぞ。開けるよ? いいのほんとに。


 やっぱ一回部屋に戻って、カミラを連れて来ようかな。ああ、でも一回断った手前恥ずかしいなぁ。


 よし、いったん撤退だ。敵(?)に背中は見せられないけど、まだ目の前にいないから大丈夫、背中は見えないはず。


 そうぐだぐだ結論づけて、結局踵を返そうとした瞬間。


 ガチャ。


 ドア、開いたね。


 そうだよね。ノックして、ずいぶんうだうだしてたもんね。それはわかる。わかるけど、急に開けるなぁ!


「お待ちしておりました。モルナ嬢」

 サー・エリスは柔和な笑顔を浮かべている。


「ど、ど、ど、」


 どうも、お招きいただきましてってちゃんと言えたかな。わたしの感覚では言えてない気もするな。


「どうぞ」

 サー・エリスが身体をずらしてわたしを中に招き入れる。相変わらず柔和な笑顔っていうか、たおやかな笑顔を浮かべている。たおやかって男性に使っていいんだっけ。


 いい加減、覚悟を決めて部屋の中に入る。この屋敷はわたしのホームだぞ。文字通り。ドッスドス足音を立ててやる。


「さて、お話の前に見ていただきたいものがあるのです」


 わたしの態度になんの反応も示さず、サー・エリスは着ているシャツに手をかけて、一気にスルッと脱ぐ。


 きゃー!? なにやってるのこの人!


 わたしは両手で顔を覆う。しかし、指のあいだから覗くのも忘れない。


 シャツを脱いだサー・エリスは、胸のところに白い布を何重にも巻き付けていた。アレはなんだ?


 とか思っていたら、その白い布もハラリと外す。


 ふたたび、きゃー!?


 きゃ?


 サー・エリスの身体付きは、どうひいき目に見ても、中性的な容姿であることを差し引いても。


「そう。わたくしは女です」


 ええー!?



 サー・エリスの肌は、薄暗い部屋においてもなお、月明かりを浴びて青く妖しく輝いていた。

 わたしよりずっと白い肌。お胸はそんなに豊かな感じではないけれど(わたしが言えたことではないけれど)女性らしい丸みを帯びて、なんというか、こう、ど、ドキドキした。


「それで――どうでしょうか、モルナ嬢」


「はぇっ?」


 ヤバっ。何も聞いていなかった。そういえばサー・エリス、ずっと何か言ってた気がした。


 ちなみにもうシャツは着てらっしゃるよ。


「もう一度、最初から申し上げましょう」


 そうしてもらえると助かる。


「わたくしは、貴女をブレンノールに、花嫁として迎えたいのです」


 え、えー!? ど、どういうこと!?


「だだだだだだだだって、サー・エリスは女性なんでしょ!?」


 思わず大声を出しちゃった。そんなわたしの唇に、そっと人差し指を添えるサー・エリス。


「お静かに。ガレディンやアレクウェンは知っていますが、貴女のお父上はご存知ないのです」


 むぐぐ。いったいぜんたい、どういうつもりなんだろう、サー・エリスは。


「わたくしの言葉に他意はありません。貴女さえ良ければ、花嫁になっていただけますか」


「女どうしですけど、いちおう」

 どうしよう。まさかわたし、男の子と間違われてないよね!?


「承知しておりますよ」


 とりあえず女だとは思われていてホッとした。ほっとした? してないよ!


「ではなぜ、わたしなんですか」


「もちろん、貴女を愛しているからです」


 あ、愛っ!?


 事も無げに言うサー・エリスだが、こっちは衝撃的であたま回んないよ!


 木剣であたまをぶっ叩かれたみたいだ!


 どどどどどうしよう? そんな事いわれたの初めて!


 ああ、もう。顔あっついよ。子供のころ、鍛冶屋さんの炉に顔を近づけたときより熱いよ!


 あのときの鍛冶屋のおじさん、おかしかったな。慌ててわたしを雑草みたいに引っこ抜いて、後ろに思いっきり倒れてあたま打って……いけないいけない。思考が明後日のほうに飛んでっちゃった。


 でも、おかげでちょっと冷静になれた。


「女同士でも、いいと?」

「はい、もちろん」

「その、えーと、貴方のお父上は何も言わないにですか?」


 わたしの父上は事あるごとに結婚しろとうるさいぞ。サー・エリスが領主の娘なら、現代の価値観からいって他家に嫁に出されるのが道理だ。お前がいうなって感じだけど。


「ええ。幸いわたしくには二人の兄と、二人の姉がおりまして。父は末っ子のわたくしのわがままを許してくださっています」



 サー・エリスは口元に手を当てて、クックと楽しそうに笑う。


 あっ、その指、さっきわたしの唇に当たってた……。


 余計な事に気づき、顔がまたカーッと赤くなる。か、間接キッスじゃない?


「それどころか。父上はわたしが男性のように振る舞うのを面白がってさえいらっしゃいます」


「えー! いいなぁ!」


 おもわず敬語を忘れてしまい、わたしはハッと両手で口をおおう。でも、本当にうらやましいな。


「フフっ。いいんですよ、モルナ嬢。わたしは貴女のそんな天真爛漫なところに惹かれて仕方がないのです。貴女の噂を聞きつけ、サー・ガレディンに書状をしたためたのです。モルナ嬢との面会は叶うか、と」


「えっ、そうだったのですか」


 初めてお会いした時も、『お噂はかねがね』と仰っていたな、サー・エリス。兄上と懇意だったのだろうか。騎士同士のつながりがあるのかな


 それにしても、いったいどんな噂だろう。ソーンヒルにとびきりキュートで、清楚な令嬢がいるとか? そんなわけないか。

 領民のみんなったら、まるで猫みたいに敏捷、山猫のように獰猛、まな板のように平たいとか、そんな事ばっかりいってるんだから。



「そこへ、サー・アレクウェンがわざわざ、ブレンノールまで書状の返事を届けてくださったのです」


 なるほど、道理で最近、アレクの事を見かけなかったわけだ。ブレンノールまで言っていたとは。


 でも、待って? わたしの二人の兄上たちは、サー・エリスが女性だと知っている。それなのに、わたしの婿(?)候補として連れてきた。


 わたしの結婚相手に、サー・エリスがいいんじゃないかって、考えてくれたってこと?


「それで、サー・アレクウェンにソーンヒルにご招待いただきまして、こうして馳せ参じたといった次第です」


 うーん。わからん。兄上たちは、いったい何をお考えで? わたしがぐるぐる考えているのも気にされず、サー・エリスは続けた。


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