第9話

「南雲先輩、カーディガンありがとうございました」


紙袋にこの間借りたカーディガンと、お礼のお菓子を幾つか入れた。先輩は意外と甘いものが好きなので、新作のお菓子にした。


「返すの遅くなってすみませんでした。ありがとうございました」


無駄な話はしないようにして、自分のデスクに戻る。そんな私のことを部署のみんながチラチラ見ていたことには気がつかなかった。


『最近なにかあったの?』


「なにかってなんでしょうか?」


『南雲くんにしっぽ振ってないじゃない』


給湯室で一緒になった先輩に尋ねられ、すぐに答えることができない。諦めることにしました、なんて言うのも恥ずかしい。そもそも南雲先輩と付き合えるとか周りは思ってない。私がネタとして追いかけてると思ってる気がする。私の本気度合いなんて、静音しか知らない。


「特に意識してなかったです」


『なんか、北田さんが南雲くんにしっぽ振ってないと変な感じするわ』


ふふっと笑いながら給湯室を出て行く先輩。その後を、なんとも言えない気持ちで追いかけた。



『…最近なにかあったか?』


「なにか、とは?」


今度は部長に提出する書類を出したときに聞かれた。そんなに、分かり易かったのだろうか。


『南雲にしっぽ振ってないじゃないか』


「しっぽってなんですか。私人間ですよ」


『見えてた見えてた。で、どしたん?』


「特に意識してなかったです!じゃ、書類よろしくお願いします!」


これ以上長引かせたくない話題だったので、さっきと同じ逃げ方をした。そんなに気になることなのだろうか。最近と言っても、飲み会があった金曜日からまだ土日挟んで3日しか経ってない。本日は水曜日だ。


休み明けから、前を先輩が歩いていても追いかけることはやめたし、必要以上に話しかけに行くのもやめた。仕事が立て込み始めたのもいい理由だけど。本当の理由は。


南雲先輩を諦めたかったからだ。


入社してから3年。ずっと南雲先輩が好きだった。その間、南雲先輩と西川先輩のお似合い具合も見ていた。


そこでこの間の電話を盗み聞きしたこと。そろそろ潮時かなって思った。


飲み会の時南雲先輩から言われた「忘れてること」を考えて考えて考えてはいるけれど、なんのことなのか。揶揄われただけなのか。そこもわからない。


私が覚えていて、先輩が忘れていること。

先輩が覚えていて、私が忘れていること。


それぞれが何か。


私は思い出そうとする間に、先輩を諦められたらいいなと思った。

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