第3話 大雅・中学校で

「なぁなぁ、大雅たいが、昨日の観たか? 『異世界転生・天下無双剣士はトリの布団でダンスする』の最終回」

「……かなり強引だな。録画して、まだ観てない」

「んだよ〜、観ろよ〜、面白かったぞ〜。とうとうトリの降臨が……」

「あーっ! 言うなよ、品川しながわ。ネタバレ最低だぞ!」

 大雅が、持っていた竹箒たけぼうきで、同級生品川を叩こうとする。

「わははは、『簡単には打たれまいぞ!』」

 品川は、アニメの主人公のセリフを真似をしながら、くるくると逃げ回った。


 卒業式も、期末テストも終わってしまった中学校は、球技大会で終業式までの日数を消化している。

 けれど放課後の掃除当番は残っていて、大雅たちは、裏庭の掃き掃除が担当だった。


 この頃大雅は、この品川からアニメの話を聞くことが多い。

 品川はアニメに詳しくて、ひょんな事からアニメヲタクを装わなければならなくなった大雅に、あれこれと助言をしてくれる。

 品川に勧められて、何本かのアニメを視聴するようになったが、これがなかなか面白い。


「ほら品川、さっさとやらないと終わらないぞ!」

 箒を剣に見立てているのか、ぶんぶん振り回しているだけの品川を、大雅が注意する。


 大雅としては、早く掃除を終わらせて家に帰りたい。

 小学校も、もう短縮授業だから、咲良もそろそろ家に帰る頃だ。


 そうしたら、咲良と二丁目更科に行きたい。大将の蕎麦打ちを見て、夕方になったら、スーパー恵比寿屋で買い物をして、家に帰って、ご飯を炊きながらパパの帰りを待っていたい。


 自分たち天野家が目指していた、地球の普通家族の、普通の生活。


 大雅は今、それが自分にとって欠かすことのできないものになっていると感じている。

 それは全て偽装であり、ただの擬態であるのは承知だけれど、少しでもその時間が永らえてほしいと思っている。


 諜報部員としては、まだまだ甘いと言われるのも承知だから、自分の胸のなかに留めておくだけだが。


 

 パシン!!

 乾いた音が鳴って、大雅は我に返った。


「す、すみませんっ!」

 品川の切羽詰まった声が聞こえた。

 見れば、誰かに向けて、頭を下げている。どうやら箒でふざけていて、ぶつけてしまったらしい。


 その誰かは、同じ制服を着ている男子生徒が、同学年では見かけないし、1年生とは到底思えない容貌だ。

 見ただけで、ヤンチャ系だとすぐに分かる。

 そんな相手に粗相をしてしまった品川は、真っ青になっていた。


「天野大雅だろー? あぁ?」

 ヤンチャ君は大雅を煽るように見て、

「コイツの落とし前、付けてくんねぇ?」

 品川に打たれた頭を、指さした。

つら貸しな」

 付いて来いと、顎でしゃくる。

 大雅は何も言わずに従った。だがその腕に、品川がすがりつく。


「あ、あれきっと卒業生だぞ、大雅。に、逃げよう、ヤバイよ」

「……品川、先生呼んできてくれ。生徒じゃない奴が校内に居るって。……早く!」

 最後の「早く」に弾かれて、品川は箒を持ったまま校舎の方へ走って行った。 




「……生徒じゃ無い奴はお前もじゃ無ぇの?」

 ニヤリと笑うヤンチャ君の顔めがけて、大雅はいきなり、箒の柄を突き出した。

 柄は頬にめり込み、その勢いのまま、相手は地面に倒れた。

 転がった身体に向けて、大雅の二撃目が振り下ろされる。

 だがその瞬間、ヤンチャ君の身体が消えた。

「遅ぇよ」

 大雅の背後から、延髄を狙って手刀が来る。咄嗟、その腕を取って背負い投げを決めた。

 受け身を取れなかったヤンチャ君が、したたかに背中を地面に打ち付けて、うめき声を上げる。

 今度こそ、その身体を踏みつけて、大雅は相手を制した。


「擬態でも、受け身ぐらいは覚えておくんだな。地球の中学生は、体育で習うんだぞ」

 言って大雅は、襟の校章に向けて声を入れた。


「大雅より咲良へ。咲良、応答して下さい。……大佐?」

 校章からは何の応答も無い。

 足の下のヤンチャ君が、不敵な笑い声を上げた。

「無駄だよ。あんたたちの隊長も、大事なお人形も、もうこの地球ほしには居ない。今ごろは機械屋にも手が回っている」

「それ……」

 大雅の言葉が終わる前に、足の下のヤンチャ君が消える。

 ハッと、大雅は周囲に目を配るが、全く気配を感じない。


「……転送された、か」


 大雅は箒を放り投げる。

 裏庭を走り抜け、学校を囲う高い柵を一気に飛び越えて、人気ひとけの無い通りを全速力で走って行く。

 その足は、家である銀河ハイツに向かっていた。



「大雅ーーっ!」

 二丁目商店街に差し掛かったところで、大声で呼ばれる。

 更科の大将が、店の前に出ていて、大きく手招きするのが見えた。


「早く来い! 咲良ちゃんが大変なんだ! 早く来い!」

 そのまま走って行くと、大将が店の中へ入れてくれる。


 昼1時を過ぎたとはいえ、普通ならまだまだランチタイム中の蕎麦屋なのに、店の中に客は居ない。

 代わりに、田端家の面々と、咲良の同級生の涼君が居た。


「あ、咲良ちゃんのお兄ちゃん! 咲良ちゃんが、咲良ちゃんが……」

 結菜ちゃんがワッと泣き出す。その背中を、お姉さんの莉子ちゃんが抱き寄せた。


「咲良ちゃんな、結菜と涼君とで学校から帰る途中、変な女につれて行かれたそうだよ。高架下の手前辺りだそうだ」

 大将がゆっくりと、大雅に話して聞かせた。

「……電話借りていいですか? 家に……」

 大雅の言葉が終わらないうちに、

「それがな、大雅。お母さんも居ないんだよ」

 と、大将が付け加えた。


「大雅君、落ち着いて聞いてね」

 大将の脇から、奥さんが口を開く。

 奥さんは自分が見てきた、銀河ハイツの家の状況を、事細かに話してくれた。


「……それでね、今、天野さんちには大塚さんが居てくれてるのよ。鍵がかかって無かったからね。咲良ちゃんがもし帰ってきたら、ここに電話してくれる事になってるの」

「大雅、結菜と涼君の話だと、咲良ちゃんはその女を『知ってる人』だって言ってたらしいが、どうもこの辺りじゃ見かけない女なんだよ」

 大将の言葉に、奥さんも大きくうなずいた。


「知らないおばさんだった。通学路で見かけたこと無いのに、格好は普段着で、すごく変だった」

 涼君が的確な説明をしてくれる。


「だから! 早く警察に電話した方がいいってば! お父さん!」

 莉子ちゃんが大将に向かって大きい声を上げる。結菜ちゃんはますます泣き出してしまった。



「警察は大丈夫です」

 大雅が口走る。全員が視線を大雅に向けた。

「あ……えっと、そのおばさんは、その……俺んちとゴタゴタしている相手でして……すいません」

 そう言って、大雅は皆に向かって頭を下げた。


「結菜ちゃん、涼君、怖い思いさせてごめんな。そのおばさんは、もうこの町に来させないようにするから、安心して」

 大雅が言うと、結菜ちゃんは泣きじゃくった顔を上げる。


「じゃあ、じゃあ、咲良ちゃんは大丈夫なの?」

 大丈夫……?

 大雅の胸が締め付けられる。

 

「大丈夫だよ」

 そう答えた。

 それは大雅の願いでもあった。


「お騒がせしてすみません。とりあえず家に帰ります」

 大雅はもう一度深く頭を下げると、二丁目更科を後にした。


 

続く

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