第4話 パパ・会社で
「へぇ、お弁当屋さんですか。おにぎりもあると嬉しいですね」
「天野さんは、本当におにぎりがお好きなんですね。……でもおにぎり、良いかもしれません。検討してみます」
庶務課の午後の仕事は、備品倉庫から消耗品をピックアップすることから始まった。
「天野さん、その箱もカートに載せちゃって下さい」
こまごまとした消耗品の箱を載せたカートを押すのは、高田さんだ。
「これくらい大丈夫ですよ。最初はどこの課ですか?」
「はい。最上階の秘書課から順々に降りましょうか」
言いながら、高田さんと備品倉庫の奥から出てきたパパは、倉庫の入口に立つ人影に目をとめる。
「あのぅ、庶務課の天野さん、ですね?」
パステルピンクのセットアップは、ふわっとしたフレアースカート。
小首を傾げる仕草で、セミロングの巻き髪が揺れた。
高田さんは、不審そうに女性を見返す。
「備品倉庫に入るには庶務課の許可が必要ですよ。社員証を見せて下さい。今日、そんな申請は無かったですけど?」
庶務課の事務を仕切っている高田さんとしては、見過ごせないらしく、言いようはトゲトゲしい。
「……高田さん、この方には私からしっかり注意しておきますから、先に納品に行って下さい」
女子社員を見据えて、パパが言った。
「でも……」
「お願いします」
高田さんは
「……良かったぁ。社員証なんて作ってこなかったもの。ありがとー天野さん」
女子社員はぐーにした両手を顎に当てて、きゅるるんと笑った。
「そういうの、すごーく嫌われますよ」
それをきつく見据えて、パパが言う。
「やだぁ、天野さん怖ーい」
きゅるるんポーズのまま俯いた女子社員は、その低い体勢でパパの間合いに飛び込んで来た。
鋭く突き上げられた拳を、パパが間一髪でかわす。
女子社員はダンスでもするように、クルリと一回転しながら、パパの胴体めがけて蹴りを出してくる。
その足首を受け止めたパパは、そのまま女子社員を後ろへ投げ払う。
女子社員は、倉庫の扉に身体を打ち付けて倒れた。
「痛ぁーい、泣いちゃうからぁ」
ゆらりと女子社員が立ち上がる。
パパは持っていた箱の中味を取り出して、箱を捨てた。
「泣いても許しませんからね」
パパは細長いカッターの刃を、風斬り音が立つほどの速さで、女子社員めがけて放つ。
刃は彼女の巻き髪を、ハラリと切った。
「あーっ! ひどーい! 2時間かけて巻いたのにーっ! うわーん、うわーん」
髪を押さえて泣いている隙に、パパは倉庫の棚をジグザグと走り抜けて、奥まった所に身を潜めた。
「ママ、音声で応答。ママ」
タイピンに声を落とすが、応答は無い。
パパはタイピンに一度触れてから、もう一度声を入れる。
「パパより子供たちへ。子供たち、聞こえますか? 咲良、大雅、応答を……」
「天野さんってば、ひどーい。女の子の髪切るなんて、さいてー。もうプンプンだぞぉ」
すぐ近くから聞こえた声に、パパは即座に身構える。
気配に気づいた時、女子は上から降ってきた。
パパともみ合いながら床を転がって、最後に制したのはパパだった。
床に押し付けた女子社員の首元に、カッターの刃を当てる。
「やぁだぁ天野さん、こういう人だったなんて、意外。好きにしてい・い・わ・よ♡」
「……まったく、うちの子供たちといい、どうしてそういう言葉はすぐに覚えるんでしょうね」
はぁ〜、とため息を付きながらも、パパのカッターは急所を狙って動かない。
「……本当に切りますよ。擬態の身体を放棄すれば、地球に居られなくなるでしょう? 私の妻をどうしたのか答えなさい」
「だあって天野さん、お人形遊びに夢中で、つまんないんだもーん」
女子社員はクスクスと笑う。
パパはその笑い顔に冷ややかな視線を落として、カッターの刃を引いた。
だが手応えは無く、刃はただ虚しく空を切り裂く。
「チッ……」
大きく舌打ちしたパパは、倉庫の天井を仰いだ。
その時、パパの胸ポケットのスマホが震えて、着信を伝えた。
続く。
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