第2話 ママ・銀河ハイツで 

「天野さーん、大塚ですー」


 呼び鈴のあとに声がかかり、ママは玄関へ向った。


 三丁目の銀河ハイツ102号室は、天野さんの家である。

 平日の昼間、家のなかにはママだけしか居なかった。


「声紋確認。大塚さん。入室許可」

 ママは玄関を開ける。

 隣に住む老婦人、大塚さんが笑顔で立っていた。


「奥さんこんにちは。今日はお加減いかがですか?」

「大丈夫です」

「ああ、それは何よりですね。さっきまで息子が来ていましてね、お隣に差し上げてくれって、これを。少しですけど……」

 大塚さんが菓子折りを差し出す。

「ありがとうございます」

 ママが受け取った。


「ご挨拶申し上げるべきところですが、仕事の途中で寄ったもので……なんて言ってましたけどね、ただお昼ごはんを食べに来ただけなんですよ。あの子、更科さんの……」

 大塚さんのおしゃべりが途切れた。


 すると横合いから、

「ご利用ありがとうございます、お布団クリーニングです。天野さん、お布団のお預かりに参りました」

 と、作業服を着た男が、帽子を取ってあいさつする。


「あらあらすみません、おしゃべりしちゃって。じゃあ奥さん、ごめんください」

 会釈した大塚さんは、玄関を離れた。

 布団屋は大塚さんにも愛想良く頭を下げて、入れ替わりに天野家の玄関に入る。

 そして後ろ手で、ドアを閉めた。


「お邪魔致します。お布団は押入れですか?」

 布団屋が言う。

「声紋未確認。入室許可できません」

 ママが言う。


 だが布団屋は、靴も脱がずに部屋に上がった。


「入室許可できません」

 ママが、布団屋の前に立ちはだかる。


「黙れ」

 布団屋は、作業服の胸ポケットからペンのような物を取り出すと、即座にママの身体に押し当てた。


 ピシッ! と電気が弾けるような音がして、一瞬、ママの身体が青白く光る。

「キョカ……デ……」

 固まったママは、そのまま後ろの床へ倒れた。


 布団屋はダイニングキッチンを通り抜け、和室へと入る。

 そして、押入れを開けた。


「……当たりだ」


 間口一間まぐちいっけん、奥行き半間はんげんのアパートの押入れ。

 だがそこに広がっていたのは、それよりもはるかに大きな空間で、奥行きも高さも、すでに銀河ハイツの建物の大きさを越えてしまっているだろう。

 その壁は、様々な機械設備で埋め尽くされていた。


「異空間と繋がっている。ここが奴らの心臓部か……」


 布団屋がその空間に足を踏み入れようとした時、

「……ガッ!」

 後ろから作業服の襟をつかまれ、そのまま勢いよく後ろへと引き戻される。

 布団屋の身体が、反対側の壁にぶち当たった。


「声紋ミカク認。入室キョカできマせん」

 ピリッピリッと電気を弾かせながら、ママは倒れた布団屋の首を掴んだ。



 102号室から聞こえる、ドタンバタンという大きな音に、隣の部屋の大塚さんは、隣との壁の方へ顔を向けた。

 布団を取り出す作業の音なのだと思ったのだが、それにしては大きいような気がする。

 

 ふと、大塚さんは窓の外から通りを見た。……車が無い。布団クリーニング屋の車がどこにも止まって無いのだ。

 胸騒ぎがした大塚さんは、玄関から顔を出して、隣の天野さんちを覗いてみた。


「あっ……!」

 天野さんちの玄関ドアが、大きく開いている。

 こんなことは今まで無かった。


 これは……どうしたことだろう。

 天野さんの奥さんはどうしたんだろう?

 部屋内を見た方が良いのだろうか?

 大塚さんは、オロオロとする。


「大塚さん」

 急に呼ばれて、大塚さんはビクッと身体を跳ね上げた。


「毎度ありがとうございます、更科さらしなです。うつわ、下げに参りました。……どうかされたんですか?」

 蕎麦屋「二丁目更科」の奥さんが、バイクのヘルメットを被ったまま、ちょっと不思議そうに、大塚さんと、天野さんちの方を見比べている。


「ああ〜更科さん。実はね……」

 大塚さんは心底からホッとして、これまでの経緯を更科の奥さんに話した。


 更科の奥さんは、厳しい目つきで天野さんちの方を見ると、

「家の中を見てみましょう。私も一緒に行きます」

 と、言って、先に立って天野さんちへ向かった。


「ごめんください。天野さん、更科の田端たばたですー。結菜の母ですー、いらっしゃいますかー?」

 開けっ放しの玄関から、更科の奥さんが声をかける。

 しかし、返事も無いし、玄関から見えるかぎりのところには、天野さんの奥さんの姿は無い。


 大塚さんと、更科の奥さんは顔を見合わせてから、天野さんちへと入って行った。


 右側の和室の押入れが開いていて、中にはきちんと布団が収められている。

 天野さんの奥さんは、どこにも居なかった。



続く

 

 

 

 

 



 




 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る