第3話 灰壁の鎖に繋がれる囚われの姫君

 石畳に囲まれた、薄暗がりの狭い一室。

 ランプ一つしかない四畳半の小さな部屋で、金糸に揺れる長い髪を両後頭で柔く結わえた碧瞳へきとうの少女は、悲嘆に暮れながら、ただ無為に、『人生』とも言うべき、自身の大切な一日一日を――蹂躙されていた。


「助けて………………誰か……誰か、私を……助けて………………」



      ⚫︎



 耀星歴1021年、8月20日――

 

 私の心の中に、『小さき未知の紅き影シャオ・クリムゾンハート』が転心された日――


 両親の顔も、故郷の景色も、『ほんとうのなまえ』も失った私の人生は、あの日から始まった――

 

 聖王都デュリンダリアより南西の森中。

 昨日、騎士ケヴィンを部隊長とする部隊『紫煙の雷しえんのいかづち』は、部隊を襲撃したデスギルド、『悪夢魅せる悪ヴィランズギブユーナイトメアズ』を撃退した二人の少年少女アルルカイルとエマを客人に加えると、森中に野広い原を見つけ、手際よくテントを設営し、そして……一夜を明かした。

 翌日の朝。薄暗い森中に白く淡く黎明が差し込む頃合い。部隊の騎士達は、近場にあった小川で木製のバケツに冷水を汲んで、眠気の残る顔にバシャバシャと乱雑に喝を入れる。

 客人として迎え入れられたアルルカイルとエマ。

 二人も、そんな騎士達に習い、朝の空気に触れる。

 

 ――リーンゴーンと、神聖な鐘の音の様な響き。

 耀光鳥フェリアス・バードが、蒼穹の蒼空に飛び立つ。

 

 ――『耀光燐音夢世界フォースフレセンス』。

 それは、午前6時を知らせる、世界のいびき

 

 黒髪の少年アルルカイルは、女騎士エマに対して、ぺろと舌を出した。そして、良い香りのする飯ごうの匂いに釣られた空腹の音を、少年の柔らかな両掌で抑える。

 二人は、森中……昨晩就寝したテントの側に切り倒された、腰掛け用の丸太に座り、騎士達が用意する朝食モーニングを、今かと待つ。


「お待たせ、二人とも、遅くなってごめん」


 焔魔導石で着火した焚き火で飯ごう調理を終えたエリオットとダニエルは、それぞれがアルルカイルとエマの分の朝食、椀と木の箸を両手で器用に持ち、アルルカイルとエマの前に現れると、それを二人に手渡した。

 腰掛け用の丸太は、向かい合う形でお互いを囲む様に四方に置かれ、四人は互いに顔を見合わせながら右手に箸を、そして左手に椀を持つ。


「……美味しいわ。これ……炊き込みご飯ね。ショウガの香りが、口の中一杯に広がって…………」


 木の箸を持ち、食欲を唆る薄茶の色合いに染まった白米を一口掬って口に入れたエマの感嘆の声。

 調理したダニエルとエリオットは、その声に嬉々として耳を傾ける。アルルカイルもまた飯ごうの椀の端に箸を付け、一心不乱に喉奥へ掻きこむ。


「……っげー美味ぇーなーこれ!…………このさ!デコボコの……コリコリした、噛みにくい…………何だろ、初めて食べるけど…………これも、メチャクチャ美味いぞ!」


 黒髪の少年アルルカイルは、空腹を満たす未知の食感の風味と樹々が醸す朝の香りに、ただただ無邪気に椀を啜る。

 

「……はは、それはタコさ。食べた事ないのかい?」

「タコ…………?海に住んでるヤツか?そういや、昔読んだ本に書いてあったな……」


 タコを知らないというアルルカイルの素っ頓狂な台詞に、食事をしながらも、エリオットとダニエルは顔を見合わせる。――どうやらこの少年は、どことなく世間からズレている。二人は、黒髪の少年アルルカイルに対して、そんな印象を受けた。


「はあ…………全く、アンタってどんな育ち方してきたのよ?」

「うっせー!俺は小さい頃から、じぃちゃんとずっと、二人暮らしだったんだ!知らない人と話すのだって、ついこないだが初めてだったんだぞ?」

「…………ふーん。で、どうしてアンタは、『半耀星魔導共感覚者デミ・フェリアス・シンクロナイザー』なんて、ひどく半端な魔導師なのかしら?」

「それは……えと………………」

「…………『半耀星魔導共感覚者デミ・フェリアス・シンクロナイザー』?」


 朝の空気。時刻は午後6時過ぎ――癒しの泉の沸く森中は、薄い朝靄あさもやに包まれている。

 アルルカイルとエマの他愛無い話しを呆、と聴きながら薄茶色のタコ飯を頬張っていたエリオットは、二人の話しに割って入る。


「…………コイツね。……ホントかどうか知らないけれど、無限ある『魔導マギア・ロウ』の全てを、生涯で一度きりずつ、使えるみたいなの」

「なっ……………………?!それは、本当かい、アルルカイル?」

「カイルでいいぜ!長いし、呼びづらいだろ?……本当だぜ!だけどさ……俺ってば、継承されたその能力チカラが嬉しくて、直ぐにバンバン魔導を使っちまってさ………………だから、もう殆どなんの魔導も、使えないんだ………………」


 黒髪の少年アルルカイルは、もう殆どなんの魔導も使えない――

 彼が語ったその事実に、エマ、エリオット、ダニエル……三人は、言葉を失う。


「ハァ……………………?!あ、アンタ…………じゃ、何…………焔魔導とか、雷魔導とか、風魔導とか………………!!」

「……そ〜ゆ〜派手派手でカッケェ〜〜ヤツは、あらかたもう使っちまったぜ…………」


 黒髪の少年の後悔のげん。少女エマは彼のその表情に、無鉄砲で考え無しな彼を内心でくすりと笑みながらも、ハァ、と呆気あっけな溜息を吐いた。人差し指と中指を揃えると、眉間の皺にトントンと突く。


「………………馬鹿ね、アンタって」

「な、馬鹿ゆーな!!」

「ゴホン…………では……カイル、君は見たところ騎士ではないようだが……どうして、聖剣を帯剣しているんだい?」

「……ぶふぉぁっっ!」


 食べながら話しを続けていた四人。アルルカイルは、わしわしと勢いよく掻き込み過ぎた朝食タコめしを喉に詰まらせる。咳き込む彼は、茶色の米粒を宙空へと勢いよく噴き出す。


「…………馬鹿!何やってんのよ、みっともないわね」

「ごほっ…………!わ、わりぃ、エマ……だってよ…………!」


 聖王国最強の聖剣キングダムソードをアルルカイルが所持しているという事実は、聖騎士団の騎士である二人には伏せなければならない。

 思わず喉をえずいたアルルカイルの背中を、やれやれとエマは優しくさすった。


(……はぁ、いい?アンタがキングダムソードの所持者で、騎士王ローランの息子だって事は、秘密よ?この人達は聖王国聖騎士団。事と次第によっては、アンタの身柄は保護されて、もう二度と、自由な生活は送れなくなるわ)

(そ、っか…………お、おう………………)

 

 耳元で囁くエマの言葉にしかと頷くアルルカイル。気道が戻り喉の支えが取れると、彼はごまかしの言葉を喉元で作り、そして大きく咳払いした。


「……ええと、さ。俺ってば、訳あってじぃちゃんから聖剣を託されてさ、冒険してる。夢は騎士王に御前試合を挑んで、勝つ!そんで、この国のおうさまになる事さ!」


 騎士王。

 少年アルルカイルの壮大な夢物語に、エリオットとダニエルは食べる手を止め、呆気あっけに取られる。


「……なあなあ!エリオットもダニエルも、聖王都で働く聖騎士団なんだろ?騎士王に会ったことあるか?騎士王って、一体どんなヤツなんだ?」


 自らの夢をこれ以上笑われまいと彼は二人に向かい早口で矢継ぎ早に捲し立てる。少年騎士エリオットはそんな彼の心情を感じ取ると、箸を止め、ゆっくりと彼に語り掛ける。

 

「……聖騎士団といっても、僕達は第四位。まだ新米でさ、騎士王様の居られる王城には、行ったことすらないんだ」

「そうなのか?」

「そうだぜ?俺達も早く出世して、王城勤めになりたいんだよな……まぁ王城勤めなんて第二位なのが絶対条件だし、まだ聖剣すら、貸与されてねーしなー」

「聖王都……って、どんな所なんだ?」

「ここから更に北にある、緩やかな斜面に沿って造られた都さ、この島の最北の大雪山をバックに王城がそびえ立っている。……城下街は、一番街から七番街まであるんだ」


 大雪山の威容を讃えた王城の様を想像し、アルルカイルは感嘆の息を吐いた。


(聖王都デュリンダリア……か……!)


「俺もエリオットもまだ聖王都に上京して半年……って所だが、色々と遊べる所や美味い飯屋も知ってるぜ。二人とも、どうだい?俺達と一緒に聖王都まで行くってのはよ。ああ、エマが良いってんなら、二人で飯屋に行くのもありだがよ、聖王都ならどんな料理も食べられるぜ?エマは、何か食べたい料理はあるか?」

「……そうね。申し出は嬉しいけど、私にもやるべき使命があって、そう時間の余裕はなさそうなの、ごめんなさいね」


 ダニエルの気障きざな口説き文句に対して、エマは冷静にその言葉をさらりと躱す。

 その空中戦たたかいが理解できず、アルルカイルとエリオット……二人の無垢な少年は、顔を見合わし、そして、ただ黙して二人のおもてをはてと見遣った。

 

「…………エマ、君は中々に手強いな」

「それはどうも、貴方は良い男ね。私なんかより、聖王都には他に良い人がいるんじゃないかしら?」

「…………ハハ、まぁな」


 エマの手厳しい物言いに、観念した様子のダニエル。

 良い女と見ると見境なく口説きにかかる彼の信念は、当たって砕けろの精神だった。


「……あーうん、そうだね……カイルにも改めて聞くけど、どうだい?僕達と一緒に聖王都まで行くと言うのは?僕達は昨晩任務を終えて、これから帰還の途につくだけだし、客人である君達は、馬車に揺られているだけでいいんだが…………」


 徒歩での冒険だったアルルカイルとエマにとって、馬車旅の提案は、願っても無い事。しかしてアルルカイルは、エリオットの提案に、う〜ん、と首を捻り、賛同の意を示さなかった。

 

「んー……ワリィなエリオット、そう言ってくれるのはありがたいんだけど、俺は自分の目でこの世界を見て、自分の足で冒険してみてぇんだ。だから…………」

「そう……か、それなら、無理に誘う事はしないが…………」


 アルルカイルの言葉に、エリオットは視線を落とす。彼は、アルルカイルの自由奔放さを羨ましいとさえ思った。

 

 聖騎士団に入団し、剣を持たない弱き人々を守る立派な騎士となる事を夢見たエリオット。しかしてアルルカイルの夢は、実現不可能とも言える壮大な夢物語に過ぎない。

 そんな……聞けば誰もが一笑に伏す様な夢を、おくびもなく他人に聞かせる黒髪の少年の度量どりょうに、彼は心惹かれていた。


「……はぁ、アンタね、今の台詞、絶対に後悔する事になるわよ」


 エマは苛立たしげに、皺の寄った眉間を、人差し指と中指でトントンと軽く叩く。

 

 ――エマの予言じみた物言いは、後に現実の物となる



      ⚫︎



「……はは、じゃあな、カイル、エマ!もし聖王都で再会できたら、みんなで飯を食いに行こう!……エマも、みんなとなら、良いだろ?」


 部隊『紫煙の雷』出立の刻――

 少年騎士ダニエルは、朗らかに笑う。アルルカイルとエマに整った白い歯を見せつけると、片手を振って背を向ける。そして、聖王都の帰路へと着く為進攻する部隊の騎士達の元へと加わっていった。


「……じゃあ、二人とも、元気で!……旅の無事を祈る」

「ああ……エリオット達もな!」


 アルルカイルとエリオットは目配せで、お互いの安寧を祈る。

 馬車を連れた部隊の騎士達……エリオットとダニエルを見送ると、アルルカイルは両手を組んで大きく伸びをする。


「ん〜………………!……ふぅ!よし、じゃあ俺達も行くか!」

「……そうね。聖なる泉の水はもう水筒に入ってるし、一度聖王国街道へと戻りましょうか」


 馬車を見送ると、二人は何事もなく歩き出す。

 聖なる泉の沸く森中を抜けた二人。再び聖王国街道の短い草原くさはらに辿り着く。

 長く伸びる街道を北上する。水、食料は充分。

 

 そして、5日後――辿り着いたのは、聖王都デュリンダリアから南に位置する、宿場街ユハイルとの中継地点にある、とある街だった――



      ⚫︎

 


「荒くれ者の街、ヴェルアラフタ……か」


 街の入り口に建てられたラクガキだらけの看板を、エマが読み上げる。

 つむじ風が吹くと小さな木綿屑きわたくずが、コロコロと街中を転げ回る。街を往く人の往来は、安物の洋服ドレスに鼻をさす香水の匂いを振りまく女性を侍らせた、荒くれ者と言った風体の男が多かった。


「……で、どうするの?聖王都まで徒歩で行くには、まだここから一週間は掛かるみたいだけれど」


 一週間。

 それは、エマがアルルカイルの脳天に直撃させた絶望的な数字。雷に打たれた様にへろへろとその場にへたり込むアルルカイル。5日間。休まず歩き続けた疲労は、アルルカイルの両脚に、鉛の様に蓄積している。


「……やっぱり、あの時意地張らずに、エリオット達の誘いに乗っといた方が良かったのかなぁ……」


 徒歩での冒険の旅。広大な『楽園の島』を、その両脚で踏破していく脆弱な旅。その弱音をおくびもなく吐露するアルルカイル。

 そんな彼に、それみたことか、とエマは盛大に溜息を吐いた。


「……そうね。馬車を買うにしても、お金ドラが必要……か、アンタってお金……は、持ってる訳ないか…………」

「な、そ、そーゆうお前はどうなんだよ!」

「そりゃ、少しは手持ちはあるけど……流石に、馬車が買える程の大金はないわよ」


 エマは懐から財布を取り出して中身を確認するが、紙幣の枚数は、せいぜいが二人分の一日の宿と食事代位だ。馬車と言えば金持ちか騎士団の所有物というのが、この国の人々の想像イメージする代物であり、個人で買える様な代物では……到底、ない。

 

「じゃあ、どーすんだよ?俺もうクタクタだ、歩きたくねーぞー」

「そうね……一か八かになるけれど、クエストを受けて、報酬を貰ってみるのも、手なのかも……」

「クエスト……?って、なんだ?」


 クエスト。

 アルルカイルは、エマの発したその聞き慣れない単語に、頭を捻る。


「街や、都市に住む人々の困り事や相談事なんかを、依頼書として聖騎士団に提出すると、聖騎士団の騎士は解決してくれたりするんだけれどね……あまり大っぴらに出来ない、後ろくらい内容だったり、聖騎士団に断られたりする依頼書なんかは、民間の作った組合ギルドっていうチームに依頼書が回ってくることもあるの――それが、クエスト。勿論、依頼を達成すれば、報酬としてお金ドラなり、品物と交換されるわ」

「そっか……なら、俺達もそのクエストをクリアして、カネドラを貰えれば……」

「馬車が買えるかもしれない……まあ、事はそう簡単には行かない物だけれど……アレを見て」


 エマは、二人が立っている街の中央通り沿いに居を構える、麦芽酒ビールのジョッキが大きく描かれた看板のある建物を指差した。どうやらそこは酒場で、店の入り口には『ラフィアン』と店名が大きく書かれていた。


「依頼書……クエストは、酒場で受注するのが決まりなの。アンタ、ちょっといって、中の様子を見てきてくれないかしら?」

「俺が?一人で、か?わ、分かったよ……」


 アルルカイルはエマの命令に、渋々といった調子で、錆がかった入り口の蝶番ちょうつがいで出来た扉を押して、中へと足を踏み入れた。ギィギィと、心地の悪い不協和音。中に居たのは、逞しい髭を編み込みで纏めた山賊じみた歯抜けの大男や、卑小さを絵に描いた様な眼球が飛び出た目つきの悪い痩せ男。彼らは、下卑た笑い声で昼日中から喉を鳴らして酒を煽り尽くしていた。


(うはぁ………………く、クッセェ………………!)


 アルルカイルは店内に充満するアルコールの臭いで曲がりそうになる鼻を抑えると、客の飲み終えた大ジョッキを水道水で乱雑に洗う酒場のマスターの目の前のカウンター席に腰掛けた。酒場という場に似つかわしくない少年アルルカイルの登場に、男達のがなり声は、凪の様に静まる。酒場のマスターは顔色ひとつ変える事なく、アルルカイルに対して目もくれない。


「……坊や、ここは酒場だ。坊やみたいな子供に出す物はないんだがなぁ」

「俺さ、クエストをやりてーんだ。依頼書ってのを見せてくれるか?」


 途端。凪の様に静まり返っていた酒場は、再びどっとがなり声で充満する。そのがなり声オーケストラに、アルルカイルは気圧される。


「ガハハハ!おい、ガキ……クエストってのは、ギルドに入らなきゃ受けられねえぞ?」


 山賊じみた大男の配慮アドバイスに、アルルカイルは喉を鳴らす。

 

「……ふーん、そうなのか…………?うーん、困ったな……馬車が必要なんだ、そのギルドってのに入れば、カネが手に入るのか?」


 アルルカイルを小馬鹿にした大男達の下卑た笑い声は、通りの外、荒くれ者の街ヴェルアラフタの南通りにまで響き渡る。


「ハハハハ!馬車が欲しいのか?だがなあ……お前みたいな生っちょろいガキは、『刃の虎サーベルタイガー』や『竜の息吹ドラゴンブレス』へ出向いた所で、即不採用だな!!ギャハハハ!!」


 壮大な夢物語を持ち、人に笑われる事に慣れていたアルルカイル。

 そんな彼でも、大男らの下卑た笑い声には、憤慨、という感情を抱いた。


「……馬車を買おうと思ったら、S級クエストの成功報酬位でなければ手に入らない……坊や、他をあたりな」

「……分かった、おっちゃん、教えてくれてありがとな」


 いつもの調子と目を伏せ、ジョッキを布巾で拭く酒場のマスターに礼を言うと、アルルカイルは肩を怒らせて踵を返した。黙したままギィギィと耳障りな蝶番の扉を押す。それから彼は、通り沿いを渡り街の名前が彫られた看板のある付近へと戻る。最中、鼓膜には、彼を小馬鹿にする下卑た笑い声がいつまでも耳にこびりついた。


「……おかえり、どうだったかしら?」

「ムカつく!!なんだよ、アイツら!人の事酒の肴くれーにしか思ってねー!」

「……収穫は無し、ってとこか」


 街の名前ヴェルアラフタが書かれたラクガキだらけの看板の前で、二人はあーでもないこーでもないと、頭を捻らせる。


「馬車……馬車……あー、何か、馬車を手に入れるいい方法はないかしら?」

「お困りの様ですね」

「――だ、誰?!」


 二人の背中越しから耳朶じだに響いた凛とした低い男性の声。アルルカイルとエマは心臓を鷲掴みにされた様に驚き後退あとじさる。

 ラクガキだらけの看板の先――そこに立っていたのは、紺の燕尾服に身を包んだ眼鏡の伊達男だった。


「失礼、わたくしは、怪しい者では御座いません」

「いきなり話しかけてきて、怪しくないはないわよ!……ふーん、見た所、執事さんかしら?私達立て込んでいるの。物乞いか何かなら、他を当たって」

「いえ……私は、決して物乞い等では…………」

「……じゃあ、何?」

「貴女様が、たった今、馬車が必要と申したもので、つい……」

「…………言ったけれど、それが?」


 怪しい執事風の伊達男に、怪訝な表情を示すエマ。

 アルルカイルも、そしてエマも、執事風の伊達男の意図が読めず、困惑する。


「お申しつけます。どうか、わたくしの願いを聞き入れては下さいませんでしょうか?もし、私の依頼クエストを達成して頂けたのなら……その時は、私の持つ馬車をお貸ししても構わない……と、事は、そう言ったお話なので御座います」

「なんですって?!」

 

 依頼クエスト達成の報酬として、馬車を貸与する――

 

 都合よく現れた美味い執事はなしに、二人は怪訝な表情で、顔を見合わせる。


「……話を、詳しく聞かせてくれるかしら?どうして、そんな依頼を、私達なんかに?」


 エマは真剣な表情で、眼鏡の伊達男しつじに先を促した。


「申し遅れました――わたくし、名をクロヴィスと申します。どうかお見知り置きを……私が何故、貴女様方に依頼をしたか…………お話し致します。それは、聖騎士団に正式に依頼を出す事が出来ず、そして、民間の委託業者……組合ギルドに依頼をする事も出来ないたぐいの依頼であるからです」

「それって……要するに、すっげー危険、って事か?」

「アンタは黙ってて、馬鹿っぽいから」

「な!馬鹿ゆーな!」


 暢気に口を挟むアルルカイルを、ぴしゃりと制すエマ。


「続きを、クロヴィスさん」

「依頼内容を単刀直入に申し上げます……ここより北東に聳える塔の頂上に幽閉された、私のお仕えする水上都市スイレーンの姫君、マリィ姫様を……救い出して欲しいのです」

「姫の救出……何故、姫様は、囚われの身に?」


 エマの問いかけに、クロヴィスは陰を落とす。

 ずれた眼鏡をくいと直すと、重苦しい口を開く。


「現在、このブリテン島北部の聖王国レッドハントと、南部の神聖皇国ブリタニアが小康状態にあるということは、ご存知かと思われます。――とある日、水上都市の領主であるチャイルディ様の元へ、神聖皇国の大都市の一つ、学術都市ログヒストリアの王子を名乗る男が、和平調停の為と、マリィ姫様との縁談を持ちかけてきました」

「政略結婚……ね」

「……はい、マリィ姫様は、その縁談を大層拒絶なさり……その事に激怒なされた領主チャイルディ様は、マリィ姫様が首を縦に振るまでと、ここより北東に建つルインの塔と呼ばれる古き塔へと、マリィ姫様を幽閉なされたのです」

「成程……ね……読めてきた。だけど、領主様の取り決めた事を、私達ただの国民がどうこうしようだなんて、難しい話だと思うけれど」

「……学術都市ログヒストリアの王子を名乗る男、ミスレプレーリアは……その実、学術都市の王子ではありません」

「………………何ですって?」


 王子を騙る男。それは――


「領主チャイルディ様を騙し、マリィ姫様を我が物とする為に、この犯罪計画を企てた、れっきとした悪人なのです」

「非道い…………」


 絶句するエマ。

 エマに言いくるめられ黙って話に耳を傾けていたアルルカイル。

 彼のその拳の腹は、やり場のない怒りに、食い込んだ爪から血が滲む程、硬く握りしめられていた。


『……私は……――ッ、お願い、私の声が聴こえるのなら、届いているのなら……私を、この牢獄から、救い出して……!』


 アルルカイルの脳裏には、夢で出会った、透き通る可憐な少女の声音。


「…………俺が助ける、……その、姫サマって女の子」


 アルルカイルは憤怒の焔を両瞳に宿し、真っ直ぐに執事クロヴィスを見据える。


「アンタ……」

「だってよ、可哀想じゃねーかよ。その姫サマ……親父に幽閉されて、そのミスレなんとかって野郎にも騙されて……今も酷い目に遭ってるんだろ?」


 執事クロヴィスは、重苦しい表情で、こくりと顎を揺らす。


「……学術都市の王子を騙る男、ミスレプレーリアは、神聖皇国から許可を貰い、国境の魔導壁を超えて、数名の神聖皇国騎士団の騎士を引き連れて、既にルインの塔に数日滞在しています。表向きはマリィ姫様の説得という名目でしたが、恐らく、虐待行為も……」

「許せないわ……そんな外道行為」


 エマは腹立たしげに舌を打つ。

 アルルカイルもまた、心情は同様だった。


「クロヴィス……受けるぜ、そのクエスト。早速だけど、姫サマを助ける為に、そのルインの塔って所へ案内してくれよ」


 アルルカイルが決意に膝を叩くと、執事クロヴィスは、眼鏡の奥に希望の光を見出した。

 

「……畏まりました。すぐに案内いたします、馬車を出します故、着いてきて頂けますか?」



      ⚫︎



 ルインの塔。

 荒くれ者の街ヴェルアラフタから北東に位置する、平原沿いに建てられた朽ち果てた古き塔。

 

 執事クロヴィスが御者を務める馬車で荒くれ者の街ヴェルアラフタを出立したアルルカイルとエマ……やがて辿り着いたルインの塔が見える森中にゆっくりと馬車を停車させると、草陰に降り立ち、そっとルインの塔を確認する。

 塔の入り口には見張りなのか、神聖皇国騎士団の騎士鎧を着た騎士が、二人立っていた。


「ルインの塔――かつての『悪魔大戦』の折、大海の向こうより飛来した『魔族』や『物質』を監視する為に使われた……魔導都市ヨルメイジステラの領主ラファエル様の建てた塔もちもの……で、御座います」

「……で、どうしても一人で助けに行きたい、ってのね、アンタは」


 呆れた様な顔色の、赤髪の女騎士の口調。

 黒髪の少年アルルカイルはただ憤怒の表情を湛えると、瞳に焔を滾らせ、こくりと頷く。


「…………俺がこの手で助けたいんだ、だから……頼む」

「ま、良いけどね……危なくなったら、聖剣解放させなさい。もしもアンタの聖光の光がここから見えたら、私も突入するわ」

「……ああ」

「アルルカイル様」


 囚われの姫君を救出するクエストミッション――ルインの塔へ向かおうと、短い草陰からざざと立ち上がったアルルカイルを、執事クロヴィスは腹に支える姫君への想いを抱え込んだその瞳で、呼び止めた。


「……エマ様の助けを借りず、一人で姫様を救いたいというお気持ち……それは、貴方様の心の芯の、何処から湧き上がる物、なのでしょうか?」

「え、えと………………それは…………なんていうか…………」


 執事クロヴィスの、少年への覚悟の大きさを試す様な言葉。黒髪の少年アルルカイルは、執事のその問い掛けに、はたと自らの子供だった時代を……回想していた。

 幼い頃、まだ偉大なる魔導師マーリンと、山奥の煙突小屋で二人きりで暮らしていた頃……書庫に眠っていた様々な騎士道物語の絵本を読み――そして、騎士の王に憧れた……あの日々の事を――


「…………俺は、聖騎士団に所属する騎士じゃねぇ…………だけど、さ………………心は、誰かを守る、騎士でありたい…………俺は、そう願って生きているんだ。困っている人、泣いている人を助けたい、自分勝手な都合をつけて、無慈悲に人を虐げるヤツを…………俺は、許せないんだ」

「…………それは……貴方様なりの、『騎士道シヴァルリ』…………と、いうものですか?」


 『騎士道シヴァルリ』。

 それは……黒髪の少年アルルカイルの心の芯を支える、柱の様な物。

 

「『騎士道シヴァルリ』………………か、確かに…………そうなのかも、しれないな……………………」


 その覚悟の程を執事に告げ終わると、黒髪の少年アルルカイルは草葉を掻き分け、囚われの姫君のいる呪われた塔……ルインの塔へと、敢然と、歩を進めていく。

 ――蒼穹の空に、銀色の雲。

 彼が、陽の光に眩い塔頂を見上げても、その塔の頂上はかすみがかり、地上からその天辺を把握する事は……出来なかった…………


(――高い、な………………)


 天空そらを照らす陽は、アルルカイルの瞼を細めた。

 右掌で、世界そらを遮る。

 眩さに視線を塔の入り口へと戻すと、ゆらゆらとした陽炎の視界の中……塔の見張りの神聖皇国騎士団の騎士達もまた、アルルカイルの姿に気付く。

 

 ――姫君マリィは、必ず助け出す

 

 彼は、その万感たる想いを胸に、一歩、また一歩と、その呪われた塔へと、接近する。


「――止まれ!!……何だ貴様!!この塔に、何の用だ!!」

「――ここはルインの塔!!ここは、現在、我ら神聖皇国が使用中だ!!無断で立ち入るというのなら、水上都市チャイルディ様の許可を得てからえぶぶぶぶぶ――――」

「――退けよ」


 見張りの騎士のその与太話を聞き終わる前に、黒髪の少年アルルカイルは、素早くその見張りの騎士の顎を右手で握り潰しながら持ち上げた。

 見張りの騎士のつま先は少年の手によって浮き上がり、地面から離れ、その途方もない握力に、哀れな騎士は泡を吹く。

 そして、黒髪の少年はぶんと、紙屑の様にその騎士を軽々と放り投げる。


「――なっ、…………何だ貴様は?!……名を名乗れ!!」


 紙屑同然に投げ飛ばされたその同僚騎士を呆気に取られながら傍観していたもう一人の騎士は、憤怒の表情で腰付近の宙空から剣を引き抜く。

 それを合図に、黒髪の少年もまた、腰付近の宙空へと片手を掛け、そして、怒髪天を突く形相で以て――自らの持つ聖王国デウス・エクス・マキナス最強の聖剣――キングダムソードを……雄然と、引き抜いた。


「――テメェみてぇな雑魚に教える名前なんてねーけどな…………教えてやるよ!!俺の名は、アルルカイル!!……いずれ騎士王となる男…………そして、姫サマを救いにきた…………騎士だッッ!!」


 ――囚われの姫君を救うクエストミッションは、これより、始まる

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