第2話 楽園の島、聖王国聖騎士団
――覚えているか?十八年前の君よ
あの日、君はたった一人のかけがえのない友を失い、
愛する希望を失い、
そして――『悪魔王』の
俺は……そんな悲しい
絶望の世界を変える為に、
そして何より――もう一度、君に会う為に
――此処に居るんだ
⚫︎
『楽園の島』――ブリテン島。
惑星フェリアス――その
人々は、新たな未開の地を探す事を諦めた。
そして、畑を耕し、作物により生活を豊かにしていった。
国が生まれ、都市が生まれ、法を
統治者――聖王国聖騎士王は、魔獣や悪人に対して、法の下、聖剣を扱いその正義を執行する
耀星歴1009年――『楽園の島』で繁栄を続けていた人類を、遙か大海の彼方より生まれた異種族が、脅威となって
『物質』――そして、『魔族』
飛行するその2種族は、突如として、『楽園の島』へと飛来した。その2種族は、
人類滅亡の危機。その脅威に、敢然と立ち向かったのは、聖王国聖騎士団の
後の世において、『悪魔大戦』と呼ばれる――その『物質』と『魔族』との一年戦争は、自らを『悪魔王』と名乗る、
『悪魔王』に敢然と立ち向かったのは、聖王国聖騎士王シャルルマーニュ。
シャルルマーニュの忠実なる配下、シャルルマーニュ十二勇士。
若き十二勇士の騎士ローランの護衛隊である、閃光の聖騎士。
偉大なる大魔導師マーリンが残した聖剣エクスカリバーの所持者、アーサー。
聖なる湖の古き妖精の加護を受けた聖騎士、ランスロット。
『楽園の島』を救った彼らは、『英雄』として、国民に奉りあげられた。
今の世を生きる黒髪の少年アルルカイルと、赤髪の女騎士エマが出会うのは、それから15年の歳月が流れた後である――
⚫︎
聖王都デュリンダリア。
聖王国聖騎士王シャルルマーニュが住む、王城。
「――ほ、報告致します!!『悪魔王』……!そして……未だ消滅出来ていない数多の『魔族』――『物質』が…………一斉に……王城に向けて、侵攻を仕掛けています…………!!」
聖騎士王シャルルマーニュ。シャルルマーニュ十二勇士。そして、シャルルマーニュやローランの聖剣の奥義によって傷を負った『悪魔王』が、再び侵攻を仕掛けると予言をした、その初冬の日……数百名の
騎士王シャルルマーニュへ向かい、片膝を着いた伝令の騎士の言葉……彼ら
予言による『悪魔王』の直接侵攻。
がくりと力無く膝を着き、世界の終わりを嘆く若き聖騎士。或いは、
その動揺は……敗戦を色濃くし、伝播していく。
「…………どうする、ローラン……このままじゃ、
シャルルマーニュ十二勇士筆頭である若き聖騎士リナルドは、険しい
魔導の中でも最上位……聖光魔導の聖剣デュランダルを持つ聖騎士ローランは、苦渋の表情で、
(アルルカイル――………………………………)
「……アナタ…………私達は…………星へと、還されてしまうと、いうの………………?産まれたばかりの、この子の
最愛の妻アンジェリカの、その情に訴えかける悲嘆の声色に、夫でもあり、聖騎士でもあるローランの心の芯は、激しく震える。
黒髪の美女アンジェリカの胸元……両腕に抱かれているのは、産まれたばかりの乳飲み子。
親指を咥えた赤子は、
その様を見たローランは、
「――我が友、偉大なる大魔導師……マーリンよ」
安穏とした穏やかさの中にも、凛とした気品さを感じさせるその老賢者は、まるで未来を見透す
「ほっほ……なんじゃ、我が友……聖騎士ローランよ」
「『
聖騎士ローランは、まだ一歳にも満たない愛する息子を守る為……老賢者マーリンの元へと息子……アルルカイルを託す事を決めた。
「ほっほ……ローラン……誰あろう其方の頼みとあらば……聞こうかのぉ………………何、心配せずとも……儂ならば、何人たりとも手出しの出来ぬ異空間の中で、安全に匿う事も出来ようぞ」
「承知した……老賢者マーリン……その心遣いに、感謝する」
聖騎士ローランは、彼の頼みを快く承諾してくれた友……老賢者マーリンへと、深々と
聖王国聖騎士王シャルルマーニュ。玉座で事を静観していた彼は、ぎりと、人類を脅かす憎悪の対象である『悪魔王』を、必ずや消滅し、滅亡させる……と、その、
「……さて、アンジェリカや、儂にその子を預けてはくれんかのぉ」
「は、はい……………………マーリン様……………………」
透き通る鈴の音の様なマーリンの言の葉の響き。
「…………大賢者マーリン様、どうか……どうか……我が子を……アルルカイルを…………お頼み申しますわ………………」
「――ほっほ、任された。アンジェリカよ、其方の小さな命……しかと預かるぞぃ」
愛する我が子を老賢者へと託さねばならない、その『悪魔王』の軍勢との一大決戦。聖騎士ローランは、妻が
そして、彼は、『幽玄の間』の真中へと、その重きたたらを踏んだ。
「――――皆の者ッッ!!――我が声を、聞けィ!!」
山の大なりの様な、深く轟く大きな一声。張り上げた
「――敵は、『悪魔王』の軍勢!!……しかして、我らには……悪を滅する、聖光魔導の光がある!!臆する事はない!!闇に屈するな!!光の聖剣を抜け!!そして……天高く掲げよ!!『悪魔王』は…………悪魔達は……必ず、その全てを……我ら聖王国聖騎士団の
ビリビリと響く、声高らかに幽玄の間を轟かせる、十二勇士筆頭騎士ローランの、打ちひしがれていた聖騎士を力強く鼓舞する、彼の闘志の焔。
膝を屈し、絶望に涙を流していた聖王国聖騎士団の若き聖騎士達は、
聖騎士達は、皆、顔を合わせると、直様時空魔導によって異空間に仕舞われた自らの聖剣を腰付近の宙空から取り出すと、そして、絶望を振り払うかの様に、雄々しき雄叫びと共に、この国の……人類の勝利を信じて、頭上高く、掲げるのであった――――
「――――ウォォォォォォォォオオオオオ!!!!」
⚫︎
『……助けて』
……なんだ?
暗闇の中
俺に助けを求める――声がした
『……誰か、誰か、誰でもいい……私の声が、聴こえますか?』
彼女の姿は見えない
暗中模索の中……俺は、必死に両腕をもがく
「……お前は、誰だ?俺に、助けを求めてるってのか?」
喉元から発した俺の声は、暗闇の中に溶けて……消えていく
『……私は……――ッ、お願い、私の声が聴こえるのなら、届いているのなら……私を、この牢獄から、救い出して……!』
「ま、待ってくれ……!俺は、アルルカイル!お前の――…………名前、は……………………!!」
その透き通る、儚げな声の真実を知りたくて、俺は必死に、幾度となく、暗闇を掴んだ
だけど、暗闇に実体は無くて、両手は、霧の様に
「……騎士王?お前みたいなガキンチョが?ハハハ、ママに習わなかったのか?『悪魔王』を滅亡させた騎士王が、どれ程偉大な存在なのかをな」
……うるせぇ!馬鹿にするな!
――俺は、なってやる!
この国の――騎士王ってヤツに!
⚫︎
「…………いつまで寝てるつもりなのかしら……?全く……この
「…………………………ウミャ??」
宿部屋に響き渡る呆れた様な女性の高い声色。彼にとってまだ知り合ったばかりの、聞き慣れないその高い
乱れた白のブランケット。片足をベッドに乗せたまま
「あれ…………俺…………床………………??」
「――床よ!まったく……寝相の悪い事、悪夢にでもうなされたのかしら?」
彼が身体を起こして顔を上げると、目の前に現れたのは、
「……俺…………夢を、見ていたんだ…………女の子の声でさ……助けてくれ、私を、この牢獄から救い出してくれ……って…………俺に訴えかけてた…………………………」
(あれは一体…………誰だった、んだ…………………………??)
瞼を擦りながら、夢の中で出会ったその少女の面立ちを必死に形作ろうと、彼は脳裏を冒険する。そんな、未だ寝ぼけ眼の彼を、赤髪の女騎士エマは、かくも真顔で見据える。
「…………ふぅん……それって、誰かの夢と混線したのかもね。夢は精神世界だもの、知らずに、誰かと繋がるわ」
「そっ……か………………そんな簡単に、繋がるのか………………」
未だ眠気の残る気怠さ。その時、リーンゴーンと、宿部屋の外から神聖な鐘の音色が響き渡る。『
「あ……………………お昼、か…………………………」
「…………ま、いいわ。とっとと顔洗って来なさいな。洗ったら、宿の人に話して、
「出掛ける…………?って、何処へ……………………?」
彼のその素っ頓狂な彼女への問い掛けに、赤髪の女騎士エマは、はあと、苛立たし気に溜息を吐くと、人差し指と中指で、眉間をトントンと軽く叩いた。
「……聖王都デュリンダリア!!…………まったく……!アンタが、
――今の
鎖に繋がれた牢獄からの助けを求めるその声の
⚫︎
「……っぷはーっ!美味かった!」
白に、枝葉模様の入った陶器の皿の上に微かに残るパン屑と卵とハム。遅めの
「……妻の、ジュリエットのモンだ……坊主、もしも……攫われた妻と娘を見つけたら…………渡してやってくれ」
「……ああ、任せろ、あの悪人は、俺が必ずブチのめすからよ」
木製のラウンジ。若木の柱に背を預けたエマもまた、アルルカイルと同じ想いで、悲しみに暮れる
⚫︎
アルルカイルが遅めの
時刻は、午後1時過ぎ。
南西の宿場通りから、昨日の爆破魔導による破壊工作によって破壊された中央噴水広場を通り過ぎ、劇場のある北通りまで歩き、宿場街ユハイルを出立したアルルカイルとエマは、遥か北の先に王城を構える聖王都デュリンダリアへと、まっすぐに伸びる一本の聖王国街道を、
「だぁぁぁつかれたぁーー歩きたくねぇぇーー」
「……泣き言言わないで、こっちまで気が滅入る」
季節は初夏の頃――『楽園の島』の空は、雲ひとつない快晴。初夏の柔らかな日差しが、
街道にぽつんと聳え立つ、木製の標識を見つけた二人は、はたと立ち止まる。
その標識には『北:ヴェルアラフタ 南:ユハイル』と、書かれていた。
「……ちょっと、休憩しましょ。流石に、水分を取りたいわ」
エマは、人が座れそうな平たい大岩を見つけ、ちょこんと腰掛ける。アルルカイルも彼女に倣い、断りも入れず、
柔らかな初夏の陽光。エマは、背中から地に降ろした大きなベージュ色のリュックサックのチャックを開けると、中から氷雪魔導を応用して造られた水筒を取り出し、別途のストローを取り出し、その口に差して、唇を付けた。
「……はぁ、生き返ったわ。ホント」
人心地付く。砂丘にひっくり返した桶の水がどくどくと染み渡る様に、カラカラだったエマの全身を、潤いに満ちた水分が行き渡る。
エマは再び脚元のリュックサックの中をまさぐると、『
「ええと…………そうね。
「そんなに水も食料もねぇじゃねーか、どうすんだよ。飢え死にしろってのかよ?」
「はぁ…………そうね……ええと……まった、ここから少し北西に癒しの泉の森があるわ。そこである程度、食料と水を調達しましょう」
エマは羊皮紙の地図上に人差し指を置くと、つつつと北西の森の位置まで、指先を這わせる。
「……どうやら、そこの森奥には、聖なる泉もあるみたい。泉の水を水筒に汲めれば、消耗した
「そっ、か…………へへ、よし、じゃあ行くか!聖なる泉のある、北西の癒しの泉の森へ!」
癒しの泉。水と食糧を調達出来ると分かり、気を楽にしたアルルカイルは、両脚をバネの様にして腰を跳ね起こすと、気合いを入れて、腕を振る。一本道の聖王国街道を北西へと外れ、膝程ある短い
「……はぁ、さっきまでの泣き言は、一体、何処にいったのかしらね…………?」
意気揚々と、すたこらと歩き出した少年。
呆れた少女は、ゆっくりとリュックサックを背負い直す。
――彼らの冒険の旅は、未だ始まったばかりだ
⚫︎
おかしい
何かが、噛み合わない
――そんな感覚がする
聖王都デュリンダリアより南西にある、聖なる癒しの泉の湧き出る森中を、聖王国聖騎士団のとある部隊が任務の為、大きな荷馬車と共に進攻を仕掛けていた。聖騎士団第四位に所属する若き少年騎士エリオットは、見知った部隊の面々との進攻の最中、暗澹たる感情に揺らいでいた。
「……どうしたよ……ははぁ、また妹の心配か、ん、エリオットよ?」
肩を並べて隣を歩く同郷の幼馴染である少年騎士ダニエルは、思い悩む様子の騎士エリオットの顔色を見やると、いつもの調子で、親友である
「……
「
「ランチ、って……僕達は、まだ未成年だよ?相手になんて、されっこないってば」
「美味い食事をしながら、軽く話せるだけで良いじゃねーか。そう硬く考えすぎるなって……そういやお前って、騎士団の同期じゃ、誰が好みなんだ?」
「こ、好み……?って、同期の中で?」
同期の女性の好み……
「受付のソフィア、事務のリナ、司書のクララ……同期で歳の近い女なら……そんな所か?なぁおい?オマエはこの中なら、誰が一番だ?」
「ぼ、僕は……!べ、別に、女の子が好きとか嫌いとか……!僕が、大切に思ってるのは……今は
女性の話題に、羞恥心からか、ぼそぼそとその言葉端は小さく消えていく。ダニエルは、そんな親友エリオットの動揺に目を丸くすると、彼の肩をばしばしと叩き、声を上げて笑い飛ばした。
(――妹を一番大切に想って、何が悪いんだ!全く、コイツって奴は――!)
「……おい、任務中だ。黙って行進しろ」
「あ、……ケヴィン隊長、すみません……」
少年騎士エリオットとダニエル。二人の前を歩くこの部隊の部隊長ケヴィンは、しなやかながらも、雄々しい背中を向けたまま、おしゃべりに夢中になっていた二人を諫めた。
正午過ぎまで雲一つなかった晴れの天気は、午後を過ぎるにつれ、曇り空となり、
「あの…………ケヴィン隊長」
「……なんだ?」
しとしととした弱い雨粒。遅々とした速度で進攻を続ける、部隊長ケヴィンが指揮を執る部隊。
少年騎士エリオットは、先程の注意を踏まえ、おずおずと遠慮がちに、エリオットが抱えるその暗澹とした想いを、
「この任務……何故、僕達第四位が……?第四位の僕達には、荷が重過ぎる様に思えてなりません」
「……何故、そう思う?」
「それは…………」
壮年に差し掛かる男ケヴィンは、片腕を上げて一時部隊の進攻を止めると、その泰然とした背広から目線だけを、後ろを往く少年騎士エリオットへと向ける。
弱い雨粒は、しとしとと、樹々の葉を揺らす。
「……魔導都市の領主が『悪魔大戦』の際、万が一の為にと隠した財宝の回収……森中なら、魔獣に出くわす事もある……デスギルドも狙っているだろう……危険な任務だ。本来なら俺も、第三位のみで、部隊を編成しようと思ったが………………」
「それが……どうして…………僕達、第四位を……?」
整備されていない森道の真中で、部隊の進攻は中断される。一刻も早く任務を終えて
ケヴィンは、懐からソフトパックの煙草を取り出す。少々の間を置いた
「……この任務が事もなく終われば、お前達は晴れて第三位……聖剣の帯剣を許される」
騎士ケヴィンは、火の付いた煙草から煙を吸い込むと、深く長く肺に入れ、そしてゆっくりと、曇り空の薄暗い森中へと吐き出す。
「……見込みがあると思ったから選抜した……エリオット、迷い悩みは、心を鈍らせる。魔獣、デスギルド……常に最悪の事態を、想定していろ」
「は、はい…………分かりました、隊長!」
ケヴィンは、煙草の
(隊長……僕は、期待に応えなきゃ…………!)
部隊『
聖騎士団教会から通達を受け、彼の下へと部隊が編成され、任務を言い渡された時から感じていた違和感……その噛み合わない歯車が、エリオットの中で、今ようやく、廻り始める。
エリオットは任務を全力でこなす為、
「……そうだぜ、エリオット?悩むのは無しだ、それにこの任務……領主の隠した金銀財宝を生で拝める、またとない機会なんだぜ?…………胸が高鳴らねーのかよ、おい?」
真顔のまま語り掛けるダニエルの、
「……自分の物に出来る訳じゃないし、持ち帰るだけの任務に、さして意味はないよ」
⚫︎
少年騎士エリオット、そして、その親友ダニエル。
二人は、聖王国の北西の外れにある小さな山奥の村リトラナットで、妹であるシャルロットと共に、三人で良き少年時代を過ごした。
風見鶏の廻る小高い丘上の広場。剣術の稽古に励む二人と、そんな二人を木製のベンチに座り込んで傍観する
「――取ったッッ!!」
エリオットの手繰る樫の木剣が、ダニエルの手元から木剣を弾く。木剣はくるくると天高く回転し、広場の更地へと落ちる。カラカランと、木の空洞が高い音を鳴らす。
「……だぁぁくっそー!!これで、俺の356敗かぁ!」
「……僕が382敗だから、まだまだ君の方が強いよ、ダニエル」
ダニエルは、汗まみれの顔面をぷるぷると振ると、広場の更地へと腰を落とした。激しい剣術稽古に、はあはあと肩で息を整える二人。
少年エリオットとダニエルは、互いに目線を合わせる。
「……はーぁ、今日で兄さん達の稽古を見るのは最後、か……全く……私を置いて村を出るなんて、本当、つくづく許せないわ」
風見鶏の廻る小さな丘上の広場の木製のベンチに腰を落としたシャルロットは、両掌を頬に当て眉根を寄せると、尻餅をついた二人に対して、不機嫌な態度を見せる。
「……ちゃんと、毎週手紙を書くよ。シャルロット」
そんな、いじらしい
「……毎週?せめて、三日に一度にしてくれないかしら?」
「はは……寂しいのか?大好きな兄貴が出て行くのが」
小憎らしい台詞を吐くシャルロットを、地面にへたり込んだままからかうダニエル。
「……フン、良い御身分ね!ダニエル、貴方のその軽薄な態度は、いっそ見れなくなってせいせいするわ!」
シャルロットは立ち上がると、ふい、と彼らから目線を切り、その小さな背中を彼らへと向ける。そのまま黙って短い歩幅で歩き出した彼女の震える肩越しからは、彼ら二人の少年との別離の哀愁が感じられた。
「……兄さん、ダニエル」
「……なんだ?」
「……なに、シャルロット?」
震える背中越しに聞こえるその声音からは、彼女が涙ぐむ様子が窺えた。
「……お正月には、必ず、帰ってきて……必ずよ…………もしも任務でしんだりなんかしたら……絶対に……私、許さないんですから」
それは、エリオットとダニエル……少年達にとって、愛する妹の、いじらしい捨て台詞だった。泣き腫らした赤い頬を悟られない様に走って丘を
どかと、全身を更地に付け、寝転ぶ。
見上げた青空の雲の切れ間には、数羽の
「……エリオット」
「……なんだい、ダニエル?」
穏やかな秋口の陽気。
風見鶏の廻る小高い丘上の広場には、小鳥の
空に浮かぶ雲。
時間が止まった様な感覚。
二人は――同じ青空を、見上げていた。
「……神聖皇国の神聖騎士王アーサーはさ……15年前の『悪魔大戦』の時に……『
「――うん、そうだね」
――それは、二人が幾度となく繰り返し話した、
「あーあ……俺達の村にも、そんなすっげー聖剣が突き立ってたらなぁ……そしたらさ、俺だって……おうさまにも成れたのかもしれないのによー」
「……それは違うよ、ダニエル。神聖騎士王アーサーは、王になる運命を持って、この世に生まれた人だった。生まれた場所、生まれた時代で……人は予め、運命を決められているんだ」
「ちぇー……生まれた時から人生って決まってるのかよ……つまんねーなー」
「そうだね。そこから成り上がりたかったら、それ相応の努力をしないと……だね」
「はは、そうだな……よっと」
話しが途切れると、少年ダニエルは、地面から頭を起こす。そして、横で未だ目を閉じたまま心地よい山の頂の空気に触れるエリオットの脇腹を、軽くくすぐる様に小突いた。
「ちょ、おい!やめろってば!」
「……はは!明日は、
にかと、白い歯を見せるダニエル。
そんな彼にエリオットもまた、ふふと微笑し、口端を緩めると、示し合わせたかの様に、お互いに拳を突き合わせる。
秋口の頃。
それは、二人が夢見た、誰もが認める
⚫︎
「……後ろだ、エリオット」
「……………………ッッ?!」
時刻は午後7時を過ぎる――午後過ぎから降り出した弱い雨は陽が落ちる頃、降り止んだ。
辺りに松明の火は無く、淡い月の光だけが、しとしとと枝葉を揺らす薄暗い森中に差し込む。
グルルル、と舌を出し、獰猛な瞳で魔獣は、エリオットの渾身の剣を、その牙の生え揃った強靭な両顎で受け止める。
「ま、不味いぞ…………このままでは…………!」
「
「……チッ、囲まれたか……!」
午後の始まりからしとしとと降り続いた小雨により、柔くぬかるんだ足元。部隊『紫煙の雷』の騎士達は、互いに背中合わせになりながら、人里離れた森中で出くわした獰猛な魔獣達と対峙していた――魔獣の群れに囲まれたその状況。他勢に無勢。救援は絶望的。
そんな中、『紫煙の雷』部隊長ケヴィンは、瞳に稲光を疾らせると、腰上に構えた聖剣を目下の魔獣達へと向けた。
「…………奥義を解き放つ。全員、身を屈めろ」
(ケヴィン隊長…………!!ほ、本気、だ……………………!!)
「――わ、分かりました!隊長!」
背中越しに、騎士ケヴィンの魔獣を殲滅せんという気迫の籠ったその言葉を聞いた部隊の騎士達は、舌を出して涎を垂らし、今にもこちらに襲い掛からんとする魔獣への恐怖を堪え、膝を折り、頭を抱えると、皆一様に瞼を閉じた。彼らニンゲンのその異様な光景に、思わず
「『
――途端。天から堕ちた
「うわっっ……………………ッッ?!」
腰を屈めた部隊の騎士達。彼らの頭上に放たれた眩い光とその衝撃音に、頭を押さえた騎士達は思わず叫声を上げる。
「――………………………………我が
騎士ケヴィンは、無感動に胴の真横に聖剣ライトニングイズナッシングアウトバーンを構えると、腰の
「――『斬り抉る雷光の戦刃』」
落雷の如き轟音。発動した対象を
「こ、これが…………聖剣のチカラ…………す、すげーぜ!!」
(凄い…………このチカラ、僕も…………僕も、聖剣を手に入れたい…………!!)
少年騎士エリオットとダニエルは、聖剣の持つその凄まじき力に、只々圧倒され、そして、感嘆の声を漏らした。
彼ら二人の少年騎士は、この任務の成功と共に、聖王国聖騎士団第三位となり、聖剣の帯剣を許可される事を、強く望んだのだった――
⚫︎
「…………発見しました、隊長…………どうやら、
獰猛な魔獣を撃退し、薄暗い森奥へと進攻する部隊。やがて辿り着いた森中で、部隊の騎士の一人の報告を受けた先に見えたのは、怪物の喉奥の様な不気味な暗闇が広がる洞窟。騎士達が声を荒げると、人の声に驚いた蝙蝠が洞窟の奥から羽ばたき、明かりのない夜の森へと消えていった――
「……ダニエル、エリオット、着いて来い……お前達は、馬車と共に待機だ」
「わ、分かりました!ご無事で!」
「ランプが要る……馬車に積んでいただろう」
「……おい!ランプを持って来い」
騎士ケヴィンは、部隊の騎士からランプを預かると、その焔魔導石を自らの
「……隊長、ダニエル、
先頭で
「これは……操作魔導か。宝を奪われない為の防衛装置、だな」
「くそっ!こんな数…………!それにこんな狭い洞窟の中じゃ、隊長の聖剣も使えないし…………!」
ダガーナイフを構えた無数の白骨が、わらわらと三人の目前に迫る。応戦するケヴィン。
「……胸だ、胸を狙え」
「胸……そ、そうか!そこが
「わ、わかりました……!ケヴィン隊長!」
三人はなんとか白骨の大群を退け、そしてその奥に待つ吊り天井や落とし穴、幾多の
中から出てきたのは、彩とりどりに眩く輝く金銀財宝。
「うおー!はは、すげぇ……おい、やったな、エリオット!」
「はは、うん、これは凄い……凄いや!」
拳を突き合わせ、意気を交わす二人。
後は財宝を荷馬車へと運び、
「二人とも、油断はするな……油断は死を招く。俺達は黙って、任務を遂行する。それだけだ」
「……そうだぜ、エリオット?『油断は死を招く』――騎士団の教訓にもあるだろ?」
「それは、君だって…………まったく、君ってば、本当に都合がいいなぁ、もう」
用意したズタ袋に宝箱の
「お帰りなさい、ケヴィン隊長!エリオット、ダニエルも!……それで、収穫は?」
エリオットとダニエルが重いズタ袋を地面に置き、財宝をその泥濘んだ地面にばらけさせる。部隊の騎士達は思わず、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。
「よし……手早く馬車に積み込むぞ――」
「クク…………待ちなぁ!その財宝、そこに置いていけ!」
「…………何者だ!?」
三下の台詞と共に森陰の茂みから現れたのは、赤いバンダナを巻いた、下卑たなりの男達。
ケヴィンは男達を侮蔑の表情で見据え、じと睨みを効かせる。彼ら聖王国聖騎士団の騎士達に静止の声を発した、一番後ろに立っていた頭目と思われる痩せ細った下卑たなりの男は、赤いバンダナを巻く男達を掻き分け、部隊の騎士達の真中に立つ。
そして、腰付近の宙空から魔剣を取り出し、その
「デスギルド……『
「まさか…………コイツらが、デスギルド…………!」
頭目と思われるその男は、自らの魔剣に憎き騎士の血の味を教えさせようと、その
「『
そして――魔剣解放の呪文を唱えた。
「魔剣…………!デスギルド共が使う、
「カニングさん!やっちゃって下さい!」
デスギルド『
「――ヒャハハ!!『沸き上がる
「な、なに……?!うわぁ…………ッッ!!」
カニングの土魔導の魔剣の奥義『沸き上がる土竜の地団駄』によって変化した地形に足を取られ、騎士ケヴィンは、自らの
「……ぐわっ…………ッッ?!……隊長!……ダニエル!……くそ!一体、どうすれば…………?!」
絶体絶命。
カニングは魔剣を夜天に光り輝く紅き月へと掲げ、三日月の如く口端を吊り上げると、エリオットの心臓目掛けて魔剣を振り下ろす。
「グ……だ、駄目だ……!エリオット、逃げろ…………!!こんな、こんな所で終わったら…………俺は……シャルロットに、なんて謝ればいいんだよ………………!!」
「ぐ……………………くそ――――」
(シャルロット………………ダニエル……………………!!)
「終わりだ…………!!ヒャハハハ――――」
「え――?!い、一体…………な、何、が……………………?!」
驚天動地のエリオット。聖光の
「はぁ…………もう!アンタね……無闇矢鱈に
「……い、いや、だってさ……アイツら、危ない所だったじゃねーか!…………あ、よう、怪我ねーか?」
『
「は、ハハ…………ダニエル、僕達、助かったみたい………………だね」
「はは、ああ……聖騎士団でもないのに、聖剣持ち…………か」
エリオットとダニエルが生きる人の道は、今――
二人にとって、かけがえの無い絆で結ばれた仲間となる、少年少女。
この日の衝撃的な出会いを忘れる事はない……と、
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